セラーノ彗星

 この彗星の正式名はセラーノ・パブロウスキ・ヤコノビッチ彗星なのですが、これじゃ長すぎるのと頭文字をとってSPY彗星とするにも、これじゃスパイ彗星になってしまうので世間ではセラーノ彗星と呼ばれています。

 この彗星も見つかった当初は地球に接近する可能性と、大彗星による天文ショーが見られる可能性が話題になった程度なのですが、接近するどころか地球に激突する可能性が出始めた頃から風向きが変わって来ています。

 これだって当初はNASAが、せいぜい百万キロメートルぐらいしか近づかないと発表して落ち着きかけたのですが、各国の観測チームが次々に反論を発表し、今では衝突する可能性が否定できないにまでになっています。国会でも質疑が行われましたし、緊急国際会議も開かれています。クレイエールでも重役会議の話題に出たことがあるのですが、


「とりあえず本社ビルはわたしとコトリが守る」

「ユッキー、海にでも逸らしといたらエエよな」

「船に当てないように注意してね」

「でも津波が起るで」

「それも防いだらイイじゃないの」


 お二人にとってはその程度の関心ですが、世間ではツングース隕石や、さらには恐竜を絶滅に追いやったといわれるユカタン半島への大隕石並の被害が出ると大騒ぎです。これについても、


「それぐらいでも逸らせるけど、押し返すんは無理やな。ユッキー、出来る?」

「ちょっと無理かなぁ」

「二人で力を合わせたらどやろ」

「大きさによるけどね。まだ遠いし」


 出来るんかいな思いましたけど、お二人ならやりかねないと思った次第です。このセラーノ彗星なんですが、動きが若干不自然の話題が特集で出てました。言い方が変かもしれませんが、地球に当たるように、当たるように微妙にコース変更してるんじゃないかの専門家の見方が紹介されてます。

 彗星に意思などあるはずがないのですが、新たな彗星予想が出るたびに地球への命中確率が上がっているのは間違いありません。近づくにつれて彗星情報は増えるのですが、世間はセミ・パニック状態になっていくのはミサキも感じます。マルコでさえ、


「庭に防空壕掘ろうか」


 そんなもの掘ったところで当たれば意味がありません。そういえば核シェルターが飛ぶように売れてるなんてのも話題になっています。被害予想はマスコミが煽るものだから、陸地に当たれば水爆百個分ぐらいとか、海に当たれば沿岸都市は津波で壊滅なんてのが連日出ています。人類滅亡みたいな盛り上がりとすれば良いでしょうか。

 そんな時に聖ルチア教会のフェランド司祭の訪問がありました。聖ルチア教会とクレイエールは結婚式場の優先利用で提携関係にありますから、フェランド司祭の訪問自体は不自然ではないのですが、切りだされた話がミサキには最初はトンチンカンでした。


「今度の彗星騒ぎについて、エウスターキオ枢機卿が是非相談したいことがあると仰っております」

「どうしてヴァチカンが彗星対策を。それもクレイエールに相談は筋違いですわ」

「エウスターキオ枢機卿が仰るにはルチアの天使に相談があるとのことでした」

「日本に来られるのですか、それともヴァチカンに出向く必要があるのですか」

「枢機卿はどちらもお互いにとって良くないので、第三国としてハワイでお会いしたいとのことです」


 ミサキにもようやく話見えてきました。エウスターキオ枢機癰は国務大臣でもあるのですが、ヴァチカン銀行にも深く関わっています。ヴァチカンの財政の最高責任者みたいなものですが、そういう地位にあってクレイエールの女神を知り、さらに日本でもイタリアでも会いたくない人物は一人しか思い浮かびません。フェランド司祭が帰った後に、


「コトリ副社長、エウスターキオ枢機卿って」

「そうよ、イスカリオテのユダよ」

「なんの用事でしょうか」

「そうねぇ、ポイントは協定を守りたいってところかな」

「でも、おびき寄せておいてだまし討ちとか」

「ないとは言えないけど、神は神にしか倒せないの。ユダの力は強大だけど、ユダは神としては変わってて、平気で戦いを回避できるの」


 ユッキー社長も、


「今回は決闘の為でないでイイと思うわ。クレイエールにはわたしとコトリがいるのよ。二人を相手にするほどユダはバカではない」

「じゃあ、なんのために」


 社長と副社長は顔を合わせて、


「おもしろうそうやんか」

「そうねぇ、ちょっとワクワクする」

「退屈しのぎにハワイに行こうや」

「あら、時差ボケは?」

「こんな楽しいことやったら喜んで我慢する」


 あちゃ、これも段々とわかってきたのですが、優等生タイプで常に冷静沈着に見えるユッキー社長も、実はコトリ社長と同じぐらいハラハラ・ドキドキ体験が大好きなのです。最近では一皮剥けば同じじゃないかと思うぐらいです。


「それでコトリはどう思う」

「ユダには、うちらにない記憶があるやんか」

「そうよねぇ、やっぱりコトリもそう思うんだ。あの彗星の動きからすると、ありえるものね」


 ここでミサキは、


「社長、先はどう見えてるのですか」

「今は見えないわ。でもユダに会う価値はあるわ。行くのはわたしとコトリとミサキちゃんの三人で、シノブちゃんにはお留守番してもらうことにする」

「ミサキも行くのですか」

「うん、この仕事はクレイエール・レベルの仕事で収まりそうな気がしないの。間違いなく女神のお仕事よ。女神の秘書は悪いけど三座の女神のお仕事なの。三人で行くわ。フェランド司祭と連絡取ってハワイ旅行の手配をしといてちょうだい」


 ユッキー社長とコトリ副社長の見方ではユダとの決闘騒ぎは起りそうにないし、たとえそうなっても首座と次座の二人の女神に勝てる神がこの世に生き残っているかどうかは疑問。ユダだって一対一ならまだしも、コンビで来られたら勝てないと思う。まあ、こういうワクワク・ドキドキ体験の時のお二人は呆れるほど息が合うし、喧嘩もしませんからハワイでは大事は起らないと思っておきましょう。

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