第41話 昼休みと事情説明

「……なるほど、そういうことだったんだ」


 昼休み、空き教室。


 俺の話を聞き終えた遥が合点がいったというように頷いた。


「なんと言うか、理玖らしいね」


「俺らしいっていうのはよく分からないけど、怪我させそうになった分の責任はちゃんと取らないとだろ」


 追われていたので仕方ないという言葉だけで済ますわけにはいかないしな。


 何度も言うけど、1歩間違えれば怪我じゃ済まなかったかもしれなかったんだから。


 鼻を軽く鳴らすと、遥が微笑みながら「そういうところ」と微笑んだ。


「でも、しばらく同棲を辞めることになるなんて……よく高嶋さんたちがその条件呑んだよね」


「それなぁ……なんならその提案断ったの俺だけだったからな」


 なんかるなの考え方に共感するものがあったみたいだけど、あそこまであっさりと承諾するのは俺も予想外だった。


「まあ、僕は高嶋さんたちがどうしてそんなにあっさりと峰月さんの提案を呑んだのかっていうのは分かるんだけどさ」


「マジか。ちなみにそれ聞いて教えてくれるもん?」


「うーん……ダメ。やっぱりこれは理玖が自分で気が付かないといけないことだと思うから」


 真剣味を帯びた表情でそう言われてしまえば、俺に言えることはない。

 

 諦めた俺が、遥が卵焼きを口に入れるのを手持ち無沙汰に眺めていると、


「理玖先輩っ、お待たせしました! 準備出来ましたよ!」

「あ、ああ……」


 遥と俺が話してる間、隣で昼食の準備を進めてくれていたるなが声をかけてきた。


 それはいいんだけど……。


「なあ、るな?」


「はい、なんですか?」


「弁当を用意してくれたのは嬉しいんだけどさ……重箱はいくらなんでも重い」


 机の上にデンと置かれた存在感を放つ重箱。


 学生の昼食にしては似つかわしく無さ過ぎると思う。


「愛もたっぷり、重量もたっぷりの特別性ですからっ」


 うーん笑顔は可愛い。100点満点。ただちょっとばかし重過ぎる。色々と。


「そ、そうか……」


 まあ、るなが休み時間になる度に教室に来てくれたお陰で、俺はクラスメイトの連中に襲われずに済んで、逃げ回らずに済んだんだし、用意してくれたものに文句を付けるのもアレだ。


 感謝の意味を込めてなるべく残さないように食べるのが筋ってもんだよな。


 ちなみに昼休みの襲撃を防ぐ為に、集合場所をこの空き教室に指定して、クラスメイトの1人が女子と話していたと嘘を流して1人犠牲になったが、全く心は痛んでいない。


「それ、峰月さんが全部作ったの?」


「そうですっ。……と言いたいところなんですけど、料理はまだ練習中でして、残念ながらこれはうちのシェフが作ってくれたものなんです」


「……平然とうちのシェフって単語が出てくるのすげえな」


「なので、味は保証します! るなの手料理はもう少し上手くなったらということで、楽しみにしておいてください!」


 俺のツッコミはスルーされ、笑顔で打ち返された。


「ああ、楽しみにしとくよ」


 偽カップルの関係が終わったあと、俺たちの関係がどうなってるのかは分からない。


 だけど、それは嘘偽りなく純粋に楽しみだった。


「はいっ! では、理玖先輩。はい、あーん♪」


 可愛いらしい笑みと共に、箸で掴まれた鶏のからあげが俺に向けて差し出される。


「えっと、るな?」


「なんですか?」


「一応聞くけど、なにしてるんだ?」


「恋人してますっ」


 ものすごくざっくりとした答えが返ってきた。


「あ、もしかしてからあげお嫌いでしたか? だったら……」


「いや、からあげは好物だし俺が気にしてるのはそこじゃなくてさ……」


「……?」


 きょとんとして小首を傾げんな可愛いなこんちくしょうこれだから美少女は……!


 るなと話してるといつの間にかペースが狂う。


 これを天然でやってるのか計算でやってるのか、分からないけど、どちらにしても怖い。


「別にこんなことしてくれなくても1人で食べられるからさ……」


「ダメですよ、理玖先輩っ! るなと先輩は今カップルなんですから!」


「カップルだからって食べさせてあげないといけないみたいなルールはないと思うぞ?」


「そうじゃないですよ。いいですか、理玖先輩。るなたちはカップルにならないといけないんです」


 ……うん? どういうことだ?


 発言の意図が汲めず、首を捻ると、るなは人差し指をビシリと立てて口を開く。


「理玖先輩って付き合ったらもうカップルになると思ってますよね?」


「あ、ああ。そうじゃないのか?」


「違いますっ。カップルっていうのは、徐々になっていくものなんですっ。付き合いを続けていって、少しずつ彼氏彼女になっていくんですよ」


「そういうものなのか……?」


 付き合ったことがない=年齢の俺にはすんなりと飲み込むのには時間がかかりそうな話だ。


 遥は箸を持つ手を止めて、ほう、と感心したようにるなを見てるし、るなが適当に言っているわけじゃなさそうだけど。


「従って、るなと先輩はお爺ちゃんがこっちに来るまでにちゃんとカップルになっておく必要があるんですっ。分かりましたか?」


 るながくるくると回していた人差し指を、教師が指揮棒で生徒を指した時みたいに突きつけてくる。


「それは分かったけど……そんな付け焼き刃でお爺さんを騙せるもんなのか?」


「……なにもしないよりはマシ、くらいだと思います」


 俺の追求にるなが一瞬難しそうな顔をした。


 やっぱりるなもそれだけでお爺さんを騙し通せるものだとは思っていないらしい。


 協力すると言った以上、どうにかしてそこを乗り越えないといけないだろう。


「うーん、それはそれでいいんじゃない?」


 眉を顰めていると、遥が俺たち2人を見回しながら口を開いた。


「どういうことだ?」


「だって、峰月さんのお爺さんがこっちに来るのってテスト週間よりあとのことなんだよね?」


「はい、そう聞いていますけど……」


「だったらさ、峰月さんの考えで言うなら、逆に彼氏彼女になり過ぎててもよくないんじゃないかな?」


「なり過ぎてても?」


「うん。人によると思うけど、たった数週間程度でそんな風に熟練のカップルみたいにしてると、逆に怪しく見えちゃうと思うんだよ。ほら、あえて初々しさを残すって言うかさ」


「な、なるほど……!」


 遥の指摘にるなが目から鱗が落ちた、言わんばかりに目を見開いた。

 

「確かにその通りかもしれません……! るな、小鳥遊先輩……いえ、遥先輩の慧眼に感服です!」

 

「あはは、大げさだよ」


 ストレートに褒められて面映くなったのか、遥ははにかむような笑みを浮かべる。


 ……超可愛い。


 遥の笑みにこっそりと見惚れていると、るながくるりとこっちに向き直った。


「では、理玖先輩。気を取り直して、あーん♪」


「結局するのかよ!?」


「やり過ぎはよくないということは、やらな過ぎてもよくないということですからね! このくらいは全然全く許容範囲だと思います!」


「……まさかとは思うけど、さっきまでの話、ただあーんしたりされたりしたいだけの口実じゃないだろうな」


「……」


「おいこら」


 分かりやすいぐらい目を逸らしてんじゃねえよ。


「嘘は言ってないですよ? 遥先輩だって頷いてましたし。まあ、るなが理玖先輩といちゃいちゃしたいというのも偽らざる本音ですけども」


「おい」


 あまりに欲望に忠実過ぎる。


 行動力がある人間はその反面ブレーキが壊れてたりするし、薄々分かっていたけど、るなもそういうタイプらしい。


 その部分は俺がきっちりとラインを引いてやらないと、過度なスキンシップをしてくるかもしれないからな。


 ……かもしれないはいらないか。


 脳内で昨日と今日のるなのことを思い返していると、


「——僕、正直言うと、峰月さんのことを素直に応援出来ないかもと思ってたんだよね」


「へえ、そうなのか。……は!?」


 あまりにするりと言うもんだから、1度すぐに相槌を打ってしまってから、俺は耳を疑った。


 表情こそにこやかなままだけど、遥の今の言葉には微量の毒が含まれていたように思える。


 るなも「え!?」と俺と同じように面食らって固まっていた。


「理玖の友達で、理玖自身とか、その周りのことがいつも目に入ってる僕の方にも色々と事情があるんだよ。峰月さんなら多分分かるよね?」


「……はい」


 俺には分からなかったけど、るなは遥の言っていることに心当たりがあったんだろう。


 神妙な面持ちで頷いたるなに、遥は続ける。


「だからさ、もし、峰月さんの事情に納得出来なかったりとか、峰月さんがものすごく嫌な子だったら、絶対に応援なんか出来なかったと思う」


「遥先輩……」


 不安そうに瞳を揺らするなに、遥が微笑んだ。


「まあ、その心配はなくなったから安心していいよ。峰月さんが理玖のことを好きなのはどうやら本当っぽいし」


「は、はいっ! 理玖先輩のことは本当に大好きですっ!」


「……恥ずかしいから宣言しないでくれ……」


 恋愛感情があるわけじゃないけど、そこまで真っ直ぐに好意を告げられるのは悪い気はしない。


 というか普通に嬉しい。けど照れる。


 るなの好意に少しだけ顔を赤くしていると、遥が「でもね」と口を開いた。


「誰かのことが好きになって、真っ直ぐに気持ちを伝えられて、行動出来るのはすごいことだよ? 誰にも出来ることじゃない。でも、それで少なくとも、高嶋さんや竜胆さん、それに理玖にも迷惑がかかっているってことは覚えておいてほしい、かな」


 口調こそ柔らかいままだったけど、遥の目には真剣さが宿っていた。


 言葉を受けたるなが、もう1度神妙な顔をして「はい」と頷く。


 それを見た遥が俺の方を見てきた。


「理玖が言いたそうなこと、最後に自分なりに噛み砕いて言ってみたんだけど……これで合ってたかな?」


「結婚してくれ」


 思わずプロポーズしてしまったぐらいには、パーフェクトだ。


 自分なりに責任を取るとは言ったけど、それで陽菜や有彩にまで迷惑がかかったことに対してなにも思っていなかったわけじゃない。


 もちろん、るなに悪気があったわけじゃないだろうし、俺が偽の彼氏役を引き受けたせいでもある。


 でも、こればかりはいずれ伝えておかないといけないことだったと思う。


 俺の意図を、遥は見事に汲んでくれていたわけだ。


「……理玖? 仮にも彼女の前でプロポーズはどうかと思うんだけど?」


「そ、そうですよっ! そういうセリフは彼女であるるなに言ってください!」


「すまん。反省はしてるけど後悔は微塵も無い」


「男の僕にプロポーズをしてることは後悔してほしいかな。気持ちだけ受け取らせてもらうよ」


 苦笑する遥もまた可愛い。


 ……やっぱこいつ生まれる性別間違えてるよなぁ。


 もし遥が女性だったなら、学校一の美少女の称号を有彩と取り合っていたに違いない。


「むぅーっ! むぅーっ!」


「……悪かったって。そろそろ空腹も限界だし、からあげ、食べさせてくれるか?」


「え!? いいんですか!?」


 一瞬でふくれっ面から輝かんばかりの笑顔になったるなに、俺は苦笑を浮かべた。


「ではでは今度こそ、あーん♪」


「……ん」


 三度、嬉々として差し出されたからあげを口に入れる為に口を開けて、からあげが口に触れそうになった時だった、


「——そのあーんちょっと待ったぁぁぁあああッ!」


 ガシャンと大きな音を立てて扉が開き、教室内に誰かが勢いよく転がり込んできた。

 

「和仁!?」


 驚いた遥が乱入者の名前を呼ぶ。


「チッ、思ったよりも早かったな。……山田の処刑は済んだのか?」


「山田が女子と話してたなんて嘘じゃねえかこの野郎! うっかり両手足を縛って屋上まで運び込んじまっただろうが! 汚ねえ手使いやがって!」


「それを選んだのはお前らだからな」


「うるせえ! そんなにあーんが欲しいなら俺がくれてやるよあぁん?」


 言いながら、和仁は至近距離でメンチを切ってきた。


 あーんの意味が違い過ぎる。


「な、なんなんですか、この人は……?」


 突然乱入してきて、俺にメンチを切り始めた和仁を見て、るなが唖然として呟く。


 そんなるなに対し、和仁は。


「改めて自己紹介させてもらうよ。俺は桐島和仁。昨日、少し状況が違えば君と出会うことになっていたかもしれない、君の本当の運命の相手さ」


 一瞬前まで俺にメンチを切っていたとは思えないほどの切り替えの速さで、恐らく本人が1番イケてると思ってる顔と爽やかな声を作り、そうのたまった。


「ちょっとなにを言ってるのかよく分からないです」


「戯言が過ぎるだろ」


 キメ顔をしている和仁と、心の底から呆れているるなを尻目に、俺はため息をつく。


「……るな、今更だけど言っておく。俺と付き合うってことは、今後もこういう奴らが俺たちの邪魔をしてくるってことなんだ」


「……それはかなり困りますね。まあ、理玖先輩が追い回されていたお陰でるなに運命の出会いが訪れた、というのは事実なんですけど……」


 2人して眉根を寄せる。


「とりあえずるなの専属SPに護衛をお願いしましょうか? それなら襲撃されても安心かと」


「いや、SPって……」


「ちなみに様々な特殊訓練を受けてきた選りすぐりの人ばかりですよ。格闘はもちろん、銃器の扱いも心得て——」


「もしもし俺だ。橘理玖襲撃計画はただちに中止にしろ。命が危ない」


 効果は抜群だった。


 ただ、それだけの為に本職の方々の時間を取らせるのは申し訳ない。


 るなを守るのが仕事なんだしそっちに集中してもらった方がいいよな。


「気持ち的に護衛はありがたいけど、そこまで大事にしなくても解決出来る術があるぞ」


「と、言うと?」


「るな、お前知り合いは多い方か?」


「えーっと、はい。親から人脈は大事だと言われて育てられたので、学外学内問わずそこそこに多い方です」


 それなら問題なくいけそうだな。


「……おい、和仁」


「んだよ。言っとくけどSPがいないなら俺らは容赦なくお前を襲って——」


「俺たちの邪魔をしないなら、俺がるなに頼んで合コンを開いてやろうと思ったんだけどな」


「——理玖、お前のことを今日から大親友と呼ばせてもらう」


「ははっ、よせよ大珍獣。反吐が出るだろ」


 一瞬で手のひらを返してみせた和仁に爽やかに笑い返す。


 ともあれ、これでしばらくは俺の身の安全は保証されたのだった。

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