第21話 味音痴の挑戦

「なんかこうやってダラダラ過ごす休日も久々な気がするな」


「最近はずっとバタバタしてましたからね」


 やっぱ何もない休日が1番だな、と休む日と書いて休日の意味を再確認しながら、リビングで有彩と一緒にくつろぐ。

 有彩がタイピングする度に一定のリズムでカタカタッターンと聞こえるのが耳に心地良すぎて少し眠くなってきたぐらいだ。


 ……もうこのまま寝るか、今日は予定も無いし。


 心地良さに身を委ね、力を抜いて目を閉じると同時にリビングの扉が開く音が。

 タイピングの音はずっと聞こえてるし、どこかに行ってた陽菜が戻ってきたんだな。


「あれ? 陽菜ちゃん、なんですかその荷物」


「有彩、りっくん……あたし、料理の練習がしたい」


 1発で目が覚めた。

 陽菜が料理の練習!? まずい、逃げよう!!

 料理の練習=教えるのが面倒+試食役がいる=死の構図が眠気に誘われていたはずの俺の脳内に瞬時に浮かんだ。


「お、そうか。悪い俺今からちょっと寝るから部屋に戻るわ」


「理玖くん。さては部屋に戻る振りして1人でそのまま家から出て逃げるつもりですね?」


「ええい!! 殺人鬼なんかと同じ空間にいられるか!! 俺は帰らせてもらう!!」


「まるで推理小説だと真っ先に殺されてしまう人みたいなセリフ!? まさかこの耳で聞く羽目になるとは思いませんでしたよ!!」


「2人ともちょっと酷くない!?」


 酷くないもなにもお前の戦績思い出してみろよ! 田中君大咆哮事件から始まり、高嶋家食中毒事件だぞ!? ある意味完勝してんだぞ!?

 くそっ、陽菜はこうなったら割と頑固でめんどくさいんだよなぁ……。


「分かった、料理を教えてやる」


「わぁい!! りっくんありがとー!!」


 大丈夫なんですか? と目で訴えてくる有彩に目で大丈夫だと返し、俺は調理の準備に取り掛かる。

 

「まず、お湯を沸かします」


「うんうん、それで?」


「待ってる間に、蓋を開けます」


「なるほど……」


 よし、ここまでは順調だな。

 

「お湯が沸いたら中に注ぎ入れて、3分待って、はい完成。有彩、お前どれがいい?」


「あ、じゃあシーフードで」


「あたしカレーのやつ……ってこれカップラーメンじゃん!」


「よくもまぁ完成までノリ良く付き合ってくれたもんだな」


 俺は余った普通のやつを手に取る。……うん、美味い。昼飯まだだったからちょうどよかった。

 これで腹も膨れることだし、作られても食えないから料理の練習なんて出来ないな。


「美味しいけど!! じゃなくてもっと高度な料理を作りたいの!!」


「分かった分かった……じゃあ次はインスタントラーメンの作り方を……」


「カップラーメンと変わらない上に料理じゃないじゃん!!」


「は? インスタントは自分で具材追加したりして味変えられるんだぞ? その上お手軽だ、1人暮らしの最大の味方だろうが舐めてんのかてめえ」


「なんか物凄くガチギレされた!?」


「理玖くんはたまによく分からないことでスイッチが入りますからね。ごちそうさまでした」


「俺ちょっと外歩いてくるわ。腹も膨れたし」


 とりあえず、これで料理のことは誤魔化せただろ。ふぅ……全くもって心臓に悪い。


「とにかく!! 今日の晩御飯はあたしが作るから!!」


「よせやめろストップ勘弁してください」


「一言の間に4回も否定しなくていいじゃん!!」


 気持ちだけなら4回じゃ足りないんだけど……。


「有彩、今日の晩飯は外で食うか出前頼むかした方がいいかも知れない」


「あ、そうですね。たまにはいいかも知れません」


「もうっ!! 2人とも!!」


「……分かったよ。ちゃんと教えてやるから」


 結局、口で何を言ってようと最後には俺が折れてしまう辺り……俺は陽菜に甘すぎるような気がしてならない。

 でも、陽菜に料理……教えられるのか? 


『――あ、もしもし遥? 今日うちに晩御飯食べに来ないか?』


 ……悪い、遥。あ、遺書でも書いとくか。


♦♦♦


「ねえ、理玖。……どうして僕を呼んだの?」


「そりゃ天下の女子力を持つ遥さんに天下の料理下手である陽菜さんに料理を教えてやってほしくてですね……」


「正直に言ってよ」


「すんません、なんか俺たちだけ不幸な目に遭うのは理不尽だと思いまして」


「巻き込まれた僕が1番理不尽だよ!!」


 怒った姿も可愛らしいそんな遥にサムズアップ。


「心配すんな、地獄には一緒に落ちてやるから」


「そりゃこんな行いしたら落ちる先は地獄だよ!! 友達巻き込んでおいていい感じのセリフ吐いたって誤魔化されないからね!?」


「小鳥遊君は陽菜ちゃんのアレを知ってるんですか?」


「あぁ、遥とは一応中学から一緒だからな。当然アレのことも知ってる」


「そのアレを知っておいてよくこんな非道な真似が出来るよね?」


「3人揃って人の料理をそんな名前を呼んではいけない例のあの人みたいな呼び方しないでよ!! 聞こえてるからね!!」


 あぁ、口にしやがったな!? 呪われるぞ!? -100点もの。


「……それでシェフ、今日のメニューは?」


 聞きたくはないけど聞くしかない。だって料理名を聞いとかないと得体の知れない何かが出てきそうだし。だったらまだ料理名を聞いておいて対応出来るようにしておいた方がマシだ。


「えっと、色々と材料買ってきたけど何がいい?」


「なんででしょうね、私には死刑方法を選ばせてやるって聞こえるんですよ」


「奇遇だな、俺もどうやって死にたいかって聞かれてるようにしか思えない」


 有彩の特徴的な眠たげな半眼が遠い目をして、目から光が失せている。多分俺も似たような表情してるけど。


「……出来るなら、煮込む系よりは炒める系の料理の方が難易度低いと思うし、まずは簡単なところから始めない?」


 え? 痛める系? やだ、痛そう。


「炒飯とか? うん、分かった。よろしくね、小鳥遊先生!」


 俺たちの命運は遥に託したぞ。

 まぁ、炒飯なら男が1人暮らしをする時には必ず自炊代表として通る道だから、いくら陽菜でも遥がいるし、変な失敗はしないはずだ。


「待って、はちみつは炒飯には使えないから! え!? 卵に混ぜようと思った? 何言ってるの!? ……そのチョコ何に使う気!? え!? 隠し味!? 無くていいから!!」


 キッチンからなにやら不穏な単語が聞こえてしまったような気がするが、気のせいであってほしい。どうして甘くしたがるんだろう。

 遺書書いておいてよかった。短い人生でした。


「本当に炒飯が作られてるのかも怪しい材料ですね」


「言わなくていい。見ないのも怖いけど、見てる方がもっと怖いから」


 調理に入る前の食材準備の段階でこの後の展開が予想出来るだろ? 予想したくもないと言うか予想だにしないものが出来上がる未来が見える。


「だから具材に桃缶は使えないんだって!! みかんもダメだから!! 桃単体が使えないんじゃなくてフルーツは炒飯の具材に使えないんだよ!!」


「流石陽菜、発想が常人のそれじゃねえや……ははっ」


「私たちにはとても真似出来ない感性ですね……あははっ」


 口から乾いた笑いが漏れつつも、正直遥だけに任せているっていう事実に半端なく心が痛む。

 ……もし、変な物が出来上がっても、俺1人で片付けよう。それが、俺が出来る唯一の事だ。有彩に食わすわけにもいかないし……。


「はぁ……はぁ……これ、本当に塩コショウだよね?」


「遂には本来使う正しい調味料でも疑わないといけなくなったのか……?」


「一体代わりに何を入れようとしたんですかね……?」


 大丈夫? あれ料理作ってるんだよな? 地獄作ってるんじゃないよな? 料理教えるだけなのになんで遥は息切らしてるんだろう……。

 市販の胃薬で効果見込める範囲だといいんだけどなぁ。


「あれ? 聞こえてくる言葉は不安なものばかりでしたけど、ちゃんと炒飯の匂いがしてきましたね」


「本当だ……遥、まさかまともな物を作らせることに成功したのか? 神かな?」


「大げさだなぁ……とりあえず、あとは盛り付けるだけだから失敗はしないと思うよ……」


「なんか本当、悪いな。今度なんかプレゼントするよ。いや、させてくれ」


「私も。あ、現金の方がいいですか? ちょっと銀行行っておろしてきますね。おいくら万円がいいですか?」


「そこまでやられると流石にこっちが気を遣うから! 別にいいよ。料理は嫌いじゃないし誰かに教えるのって結構楽しいから」


 仏かな? 俺もう遥の家の方向に足向けて寝られねえわ。

 でもそれじゃ俺の気が済まないから、今度下駄箱に遥が喜びそうな物を入れておこう。新作ゲームとか、簡易的な筋トレグッズとか。


「出来たよー! これは自信作!!」


 満面の笑みと共に出てきた陽菜が、お盆に乗せた炒飯をテーブルの上に置く。

 

「見た目が普通の安心感がやばい」


「いえ、見た目が普通なほど中身がヤバかった時の衝撃は計り知れないものになりますよ」


「とりあえずモザイクかけなきゃいけない事態は避けることが出来て良かったよ……」


「ほら! 食べてみてよ!」


 どうしよう、まだ食べてないのになんか腹が痛くなってきたわ。

 え、マジで食わなきゃダメ? 味見ってか毒見だよなこれ……いや、有彩や遥に食わすぐらいなら俺が責任持って食うのが筋ってもんだ!


「そ、それじゃ……いただきます」


 こ……これはっ!?


「ど、どう!?」


「まっず……」


「えっ!? 僕が見た時は普通だったのに!? 本当だ!? ……もしかして僕が目を離した一瞬で何か入れたね!?」


「うん、味見してみたら物足りなかったから砂糖を入れてみたんだけど……」


「なんで甘くしたがるんですか!! 炒飯の味を知らないんですか!?」


「いや、完成してた分に付け足しただけだから、まだ食えるんだけどさ……何がまずいとか明確なこと言えなくてただただシンプルにくそまずい」


 なんか不快過ぎて首の辺りが痛くなってきた。

 でも陽菜1人で作ってたら多分食えもしなかっただろうし、上達したと言えばそうなんだろうなぁ……。


「結論、陽菜はちゃんとレシピ通りに作って絶対に味見するな」


「えー? 味見しないと味分からないじゃん」


「味見しても味分かんねー奴がそれを言うな!!」


 やっぱり、陽菜が料理をちゃんと作れるようになるにはまだまだ時間を要することになりそうだった。

 ……ちなみにくそまずい炒飯は俺と陽菜で片付けたけど、陽菜的にはかなり美味しい味だったみたいで、殆ど陽菜が食べてしまった。


 有彩と遥には悪いけど、ファーストフードでハンバーガーを食べてもらうことになった。

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