第16話 曇りのち一雨の予感

「あーあ、もう旅行終わっちゃうのかぁ……」


 2泊3日の旅行の2日目の夜。

 天音さんのおすすめの店に行って時間の許す限りの観光をしてきた俺たちは、旅館に戻り、もうすぐ終わろうとするこの旅行の過ぎ去っていく時間を手繰り寄せるように掴んで、離さないように最後の一瞬まで思い思いの時間を楽しんでいた。


「こういうイベントって時間過ぎるの早いよな。学校ある時の1日なら感覚的にまだ3時間目ぐらいって感じがする」


「あはは、ちょっと分かるな。それ」


 窓際に配置された椅子に座り、あれがああだったこれがこうだった、とか感想を言い合う。時間が経つのが早いってことは、俺たちはこの旅行を十分に楽しんでいたという証拠に他ならない。

 机を挟んで正面に座る遥もアイスバーを食べながら、窓から見える月を見上げ思い出を振り返るように遠い目をしていた。


 釣られるように月を見ると、2階からの景色のおかげでほんの少しだけ満月が近く感じられた。


「ねえ理玖? ちょっと聞いていい?」


「どうした?」


 聞き返して、手元にあったお茶を喉に流し込む。


「理玖はさ……高嶋さんと竜胆さん、どっちが好きなの?」


「ぶはっ!!」


 まさかそんな質問してくるとは思ってなかったせいで口の中の飲み物は喉を滑り落ちることなく勢いよく外に吐き出してしまうことになった!

 ついでに少し気管に入ってきやがったせいでめちゃくちゃ苦しい!!


「がはっ! ごほっ!! なんだよ急に!?」


「ご、ごめんね? まさかそこまで動揺するとは思ってなかったから!」


 一呼吸置いて、苦しさが遠のくのを待ってから、もう一度お茶を飲む。

 そう言えば遥とこういう話をしたことがなかったな。

 陽菜と有彩か……正直、そういう目で考えたこともなかった。


 陽菜なんか物心がついた時からずっと一緒にいるから、そういう意識を覚える前に家族と同じっていう感覚になっちまったわけだし。

 そりゃ可愛いとは思ってるし、異性としては認識してる。そうじゃなきゃ浴衣姿見た時とかあんなにドキッとしない。


 昨日陽菜を助けた時に動いたのは間違いなく陽菜が泣かされたことにムカついたってことだけど、それが恋愛的な好意を抱いているからとかってよりも……やっぱり家族としてのそれに近い。


 ――じゃあ有彩はどうだ? 


 異性の友達って感覚だ。でも、やっぱ意識してるってことには違いがない気がする。

 同棲を始める前と今とじゃ大分イメージも変わっちまったけど。

 しっかりしてるように見えて意外と抜けてるし、子供っぽいところもある。


 昨日のあれを有彩に置き換えたとしても、やっぱり俺はキレて有彩を守ろうとするだろうなってことはなんとなく分かる。


「……悪い、自分でもちょっとよく分かんねえ。そもそも恋愛的に好きなのかもハッキリしてないと思う」


「うん、そっか」


「けど、俺の中にある感覚が間違ってないなら……家族と友達って感覚に目を瞑るなら間違いなく異性として最も意識してるのがあの2人だって言っていいとも思った」


「そっか! なんか理玖らしい答えだね!」


 俺らしいってなんだよ……。


「逆に聞くけどさ、お前好きな奴いんの? お前モテるだろ?」


 女性らしく見える中性的な顔立ちに誰とでも分け隔てなく接することが出来る心の広さ、モテない理由がない。

 って言うのにこいつの浮いた話は一切聞かない。恋バナってやつをこいつとするのも初めてなんだけどな。


「僕は男として扱われてないと思うよ? 見た目こんなんだし、頼りないから」


 あはは、と月明かりに照らされて笑う顔は綺麗で一瞬こいつが男ということも忘れて見惚れてしまった。……あれ? これって恋? なんで神様こいつを男に作っちまったかなぁ? おいおい、地球誕生して以来1番のミスじゃねえか。


 どうやら俺が異性として1番意識してるのは幼馴染でも学校一の美少女でもなく見た目が異性に見える男の友人らしい! ……冗談はさておき。


「で、結局質問の答えは?」


「さあ? どうだろうね?」


 悪戯に微笑む遥。え? これが男? うっそだろお前!


「答えたくないならいいわ。悪かったな」


「そんな拗ねないでよ! ……一応いる、かな。ってなんでそんな険しい顔してるの!?」


 誰だそいつはとりあえず階段駆け上がってる最中で躓いて脛強打しろ。俺が許さんしお義父さんだって許さねえだろほんとふざけんな。……俺マジで疲れてんのかな?


「なんでもない。しかしお前に好きな人が、ね」


「そりゃ高校生だよ? 恋愛の1つや2つ普通だよ」


「そういうもんか……誰なのか聞いてもいいのか?」


 遥は動揺を隠そうともせずに視線を泳がせると、意を決したように口を開こうとする。


「ただいまーっ! なんでお前ら電気付けてねえの?」


 遥が口を開いて何かを言いかけた瞬間どこかに行っていた和仁が帰ってきてしまった。場の緊張感が一気に無くなっちまったな。

 まあ改めて聞くって雰囲気じゃないし、日にちの方を改めて覚えてたらまた聞いてみるか。


 旅行最後の夜はこうして更けていくのだった。


♦♦♦


「ここまで送っておいてもらってなんですけど……本当に良かったんですか、天音さん?」


「ん? いいのいいの! どうせ今日も有給使って休み取ってて1日暇だから!」


 さて、俺たちは今帰りの新幹線の中、ではなく天音さんが運転する車の中でもうすぐ目的地である俺たちが住んでいる町に着こうとしていた。

 

「それにしてもビックリしたよー。天音ちゃんが駅まで送ってくれるのは分かってたけど京都の駅をスルーしちゃうんだもん!」


「駅には変わりないでしょ? その分少し時間はかかったけど、お金が浮いたと思えばいいの!」


 流石に高速に乗り始めた時はこの人どこに行こうとしてんだろって思ったけど、新幹線代はバカにならないからな。送ってくれてありがたい限りだ。

 と言っても皆で話し合ってガソリン代と高速料金は分け合って出すってことになったけど。

 

 ……これに関して天音さんは不服そうだったし、年下の俺たちに気を遣われるのが嫌だったらしい。

 

「俺の人生を賭けてでもこのお礼はします!! 絶対に!!!!」


「ありがとー、でも重いからいいや」


 この数日で和仁に対する扱い方も慣れてみたいで、猛アプローチをことごとく躱し続ける様子を何度も目撃する羽目になった。

 こいつこの3日間で何回振られたんだろ? 20回から先は数えてないけど、3桁はいっていないと信じたい。


「りっくんりっくん、こっちに荷物置きたいからもう少しそっちに寄っていい?」


「ん? いいけど、どうした急に?」

 

 見た感じそんなにスペースが無いわけじゃないし、わざわざこっちに寄ってくる必要も無いよな?

 でも断る理由も無いしな……ってかめっちゃ寄ってきたな。


「えへへ。りっくんの匂いがするー」


「そりゃ俺から俺以外の匂いがしたらおかしいだろ」


 ――理玖は高嶋さんと竜胆さん、どっちが好きなの?


 ……やべえ、このタイミングで思い出してしまった。

 陽菜が近くにいることとか、めちゃくちゃ意識してしまう。

 触れ合ってる肩から伝わる体温とか……なんかもういい匂いするし、柔らかいし。


「……おいちょっと暑いから離れろよ」


「えー? やーだよー! えへへー!」


「むう……理玖くんのバカ」


 なんで急に罵倒された? 有彩に頬を膨らませながら睨まれる意味が分からないんだが?


「天音さーん! 車内がラブコメの空気になってきたんで換気してもいいですかー?」


 言いつつ、既に和仁はげんなりした顔をして窓を開け終わってるし。

 やめろ、あとで殺すとか呟きながらこっち見んな。ってか誰がラブでコメディしてんだよ。


「大変だね、理玖」


「何がだよ?」


「それを分かってないってことがこれから苦労することになると思うなー、なるちゃん的には」


「だから何がだよ?」


 正直陽菜のこの行動の意味が俺には分からないって言うか……まあナンパから助けた日からなんとなくいつもより距離が近いなーぐらいには思ってたけど。


 こいつのこれは好きとかそういうんじゃなくてただのスキンシップだろ。恋愛に興味無いってこの間言ってたし。

 俺も多少は異性として意識してると近いことは言ったけど、陽菜だって昔からこの距離感だしやっぱりお互いを家族と思っているからこその行動だよな。


 と1人で納得していると……窓の外の景色が見慣れたものになってることに気が付いた。話してる間にもうすぐ着きそうになっていたらしい。


「駅でいいかな?」


「うん! ありがとね天音ちゃん!」


 やがて、俺たちを乗せた車は駅の駐車場に停車した。

 伸びをしながら車から降りると空気が懐かしいような、そんな感じがする。


「さて、せっかくだし私は叔父さんと叔母さんに挨拶していこうかな」


「あ、じゃあ私このまま天音ちゃんの車に乗ってるよ。じゃあ皆、また学校でね!」


「楽しかったよ、また遊びに来てね!」


 天音さんと柏木を乗せた車が段々と遠ざかって行くのを残った5人で見送ると、それぞれの家に向かって歩き出す。


「和仁? 立ち止まったりしてどうかしたの?」


「いや、なんか忘れてる気がすんだよなぁ……」


「まさか旅館になんか忘れ物でもしたのかよ?」


 お前は羞恥心とか生まれてきた瞬間に母親のお腹の中に忘れてきてるだろうに。

 ……でも、しきりに首を傾げてる和仁を見てるとなんか俺も何かを忘れてるような気がしてきた。


「あ、天音さんからメッセージがきてる」


 陽菜がスマホの画面に指を滑らせて天音さんからのメッセージを確認していると和仁がわなわなと震えだし叫んだ。


「それだ!! 俺天音さんに連絡先聞いてねえ!!!!」


「おーし帰るぞー。遥と和仁は方向同じだよな? 遥、もしあれだったらそいつその辺に捨てて帰ってもいいからな?」


「そんなことしないよ! ほら、和仁! あとで僕から柏木さんに聞いて連絡先を聞いておくから今は帰ろう?」


「神って呼んでもいいか?」


「……ごめん理玖やっぱり約束は出来ないかもしれない。とりあえず、また休み明けに!」


 ややげんなりとした顔をしながら遥は和仁を押してこの場から去っていく。

 ……あの野郎遥にあんな顔させやがって次会ったら覚えとけよ?


「さて、私たちも帰りましょうか……陽菜ちゃん?」


「んー? あたしもなにか忘れてる気がするんだよね……あ! りっくん!! 結局ソフトクリーム奢ってもらってないよ!! 嘘つき!!」


「すまんすっかり忘れてた。ほら、お金やるからコンビニでアイスでも買って来いよ。俺たち先に帰ってるから」


「うん! それじゃまたあとで!!」


 ここから1番近いコンビニの位置を考えたら陽菜が家に戻って来るのは俺たちより5分は遅くなるはずだ。


「全く、くっついたり離れたり忙しいやつだな」


「でもしょうがないと思いますよ? 聞いた話だとナンパされたことがトラウマになりかかってるみたいですし」


「あいつなら今までも男に声かけられたりとかあったと思うんだけどな。そういうの一切俺に言わんし。この間みたいな強引な感じは初めてだったんだろうな」


「きっと理玖くんに心配をかけたくないんですよ。私でも多分話さないと思いますから」


 有彩の風になびく黒髪を横目で見つつ、見えてきた自分たちの住むマンションに目を向ける。


 陽菜も護身術として柔道の投げ技を教えてもらっているけど、やっぱりちょっと齧っただけだし実際にそういうことがあると足がすくんで何も出来なくなってしまうケースの方が多いんだろう。


「でも、心配ぐらいさせてくれよ? 言ってくれないと相談に乗ることも出来ないからな。解決策が出るとは限らないけど、話聞いてやるぐらいは出来るからさ」


「はい! もちろん頼りにしてますよ!」


「っ……! そんなに信頼されても困るけどな」


 その笑顔は不意打ちって言うか、もう卑怯って言えるレベルだろ。ビックリし過ぎて心臓が止まるかと思ったぞ……!


「ふふっ! いえ、頼りにしてますよ! ……とりあえずまだGWも2日ほど残ってますけど、どうしましょうか?」


「あー、もう家でゆっくりしとこうぜ。旅行で疲れただろ?」


「そうですね。あ、あとで夕飯のお買い物に行かないといけませんね!」


「――有彩!!!!!」


「……え?」


 もうすぐ家に着こうとしていた時に、後ろからかけられた声に有彩は目を丸くし、振り返る。

 遅れて振り返ると、そこにはメガネをかけた知的な男性が立っていて、少々息を切らしていた。


 ……誰だ? 有彩の知り合い、だよな?


「お父さん!? どうして!?」


 有彩の驚きを含んだ声は俺にも驚きを伝えることになった。

 よく見れば、有彩がお父さんと呼んだ人物の後方でどんよりとした重い雲がこっちに向かって流れてきているのが分かる。


 ――その雲に、俺はどうしても雨の予感を感じてしまったのだった。

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