第20話
王様
白一色の回廊を抜けて、白の大広間の先の螺旋階段を上り、男に誘われて辿り着いた場所は、質素な何もない小さな白壁の部屋だった。
壁際に設えられた何の飾りもない小さな木の椅子。そこに一人の男が…先刻窓から覗いていた細面の男が座っている。男の顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
案内の男は私をその場に残すと、恭しく頭を垂れたまま部屋を出て行く。
私は細面の男と二人だけになる。
これが王か…
間近で見るその姿は、王というより…詩を統べる人、または学を為す人…野にあって一人思索する者のように見える。
「おまえのことは聞いている」
近くで聞く王の声は、細いが、澄んでよく通る声だ。
年齢(とし)は…若いようにも見える。しかし…女の父親。それなりの年齢には違いない。
「おまえには特別な知恵がある。ただ喋れるだけの『砂人』ではないな」
王は私の目をまっすぐ見る。
「おまえは何者だ」
それは…私にも分からない。
「おまえのあの知恵はどこで学んだ」
知恵も何も、あの程度のことなら、誰でも知っていそうなことではないか…もっとも、子供たちを使っていた男は知らなかったようだけれど。
子供たち…
そういえば、「砂人」の子供が使役に供されていることを、王はいったいどう思っているのだろう。
「おまえの知恵のおかげで子供が一人助かった」
どうやら王はずっと見ていたらしい。
そして…子供が「助かった」と言うからには、少なくとも王は、「砂人」の子供を「人」と考えている…。
しかし、人でありながら使役に供される…それは「奴隷」ではないのか…王はそこまで考えているのか…もちろん、明らかに他の「山人」とは王の考えは違うのだけれど…
「おまえはほかにどのような知恵を持っているのだ」
王は、黙したままの私…答えるに答えられぬまま黙っている私に構わず、話し続ける。そして、私の答えを待たずに席を立ち、窓辺に歩み寄る。
「私はこの島(くに)を変えたいと思っている。常により良い島(くに)にしたいと思っている。そのためには知恵が必要だ。今までにない、新しいものをもたらす知恵だ」
王はそう言いながら窓から眼下を見渡す。峰の上、そのさらに高まったところにあるこの部屋からは、麓の市街(まち)、さらにはその向こうに広がる砂の海を一望できるに違いない。
私は王のその横顔に、理想の地平を夢見る若人の姿を垣間見る。
城の「山人」は日々の暮らしに追われ、王一人夢の世界に遊ぶ…
しかし、それだからこそ、他の「山人」と違う何かが生まれ、王はそれを形にしようと独り思索する…
一人で話し続けるのも、それが故。
私は、そこで、王の夢…理想を聞き続けた。
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