10話 ようこそこちら側の世界へ。


 10話 ようこそこちら側の世界へ。


「あなたは、これまでずっと、多くの弱者のために苦しんできた。そんなあなたを、人類は裏切った……この世界は、カスみたいなゴミ溜め……それなのに……なぜ、まだ……」


 などと、涙ながらに心底からの疑問を口にするゾーヤに、

 センは、シレっとした顔で、


「人類のために苦しんだことは一度もねぇ。裏切られたとも思ってねぇ。俺は俺が思うまま、自由に生きてきただけだ。そのツケが回ってきたから、自分で自分のケツをふく。当たり前の話なんだよ。そんな、泣かれるようなことはしていない」


「……」


「あと、全人類から憎悪を向けられたわけじゃねぇ。少なくとも、お前らは俺に、その手の感情を向けていない」


「……」


「ま、仮に、全員から漏れなく嫌われたとしても、別に結果は変わらないけどな。俺は俺がやりたいことをやるだけだから。俺の『ワガママ』と『孤高力』をナメるなよ」


 センの言動に触れるたび、

 ゾーヤの中で、何かが、一つずつ壊れていく。


 それまでに信じていた概念や観念が崩れていって、

 新しい感情が、すさまじい速度で構築されていく。


 視点が変わっていく。

 人生観が変動していく。


「あなたは……尊すぎる……」


 思ったことを、そのまま垂れ流すゾーヤに対し、

 センは、


「安心しろ、ゾーヤ。その感情は錯覚だ」


 ファントムトークで、かろやかにかわしていく。


 いつだって、センのスタンスは変わらない。


 ――と、そこで、

 センの目の前に、時空の裂け目が出来て、

 その向こうから、




「――私の居場所を探す必要などない。私は、逃げも隠れもしない」




 イブが姿を現した。

 ちなみに、目を閉じると、そこにも彼女はいた。


 彼女だけではなく、センの姿も映し出されている。

 先ほどまでのイメージ映像ではなく、現実のセン挙動も、イブと一緒に、

 まぶたの裏に投影されていた。



「センエース。これから、貴様が死ぬところを、全人類に観戦してもらう。ちなみに、貴様がダメージを負うたび、全人類の負荷は軽くなる。すべての人間が『貴様が傷つくこと』を求める。どうだ? 絶望的だろう?」



 そんな言葉を投げかけられたセンは、

 フっと、鼻で笑い、


「いや、別に」


 と、まっすぐな目で言い放つ。


「つよがるな。本音を言え。これは命令である」


「お前の命令を聞かなければいけない理由がなさすぎるが……別に、今は、反発しているわけじゃねぇ。俺は本音を言っている」


 ゆったりと、全身をほぐしながら、


「不幸にも、今の俺は、全人類で一番の有名人だ。目立っている人間が苦しんでいるところを見て喜ぶ。それは、俺だけに向けられる特別じゃねぇ。シャーデンフロイデは、心の基盤だ。俺だって、『イケメン俳優と美人女優が破局した』と聞いた時は、握りしめた拳を天にかかげるぜ。俺はイケメンが嫌いだからなぁ」


 実際のところ、拳を握りしめるかというと、

 別に、そんなことはしない。

 高潔だからとか、そんな理由ではなく、

 『見知らぬ他者』に、そこまで特別な感情を持たないから。


 かるく『ようこそ、こちら側の世界へ』とニタニタしながら迎え入れるのが精々で、心から喜ぶようなことはしない。

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