90話 逃げちゃダメだ。
90話 逃げちゃダメだ。
そのバスは、ほとんど、巨大リムジンと言っても差し支えない様相をしていた。
冗談みたいに縦長で、ピッカピカの黒塗り。
とにもかくにも、ひたすら豪華で煌びやか。
『札束にタイヤをつけて走らせている』と言っても過言ではない、
『パリピな高級感』という概念を具現化したかのような、
庶民の心情を置き去りにしているストロングスタイル。
(……これに乗るのは、吐くほどハズいな……)
表情筋がゲニャリと歪んだ。
正直、このまま、瞬間移動で、
どこか遠くへ消え去りたかったが、
しかし、
(……ここで逃げたら、絶対に舞うよなぁ……)
別に何の確証もないが、
しかし、これまでの経験から、
『ここで逃げる』という選択肢をとった場合の『結果』が目にうつるようだった。
「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……」
つい、脳死でテンプレを口ずさんでしまうほど、
センの心は、目の前のパリピ感に圧倒されていた。
★
――走り始めてしまえば、
『快適さ』以外の感情を、センは見失った。
(さすがは『高級という概念の具現化』……なんというか、救われているかのような乗り心地……信号にすら邪魔されず、どこまでも自由で……)
一度も信号に捕まることがなかったのは、
決して偶然ではなく、300人委員会が無茶を通した結果。
そのことに、センは、薄々気づきつつも、
『ま、いいか』とテキトーに流した。
快適さに身を任せ、センは、
(……静かで、豊かで……これで『独り』だったら、完璧だったのに……)
心の中でそうつぶやきながら、
周囲を見渡す。
右隣には薬宮トコ、
左隣には紅院美麗、
正面には茶柱罪華。
両手に華どころか、華の三刀流。
※ ちなみに、黒木愛美は、席一つ分離れたところに座っている。
――車の駆動音は、
まるで、三千世界のカラスを殺したかのごとく、
凶悪に静かだというのに、
車内は、美少女たちの姦(かしま)しさで一杯だった。
えげつない居心地の悪さを感じながら、
センは、流れていく窓の外を眺める。
(シャガールみたいな空だ……)
などと、ガラに合っていない『ずいぶん小癪(こしゃく)な戯言』をつぶやいていると、
「オジキから、大方の話は聞かせてもろた」
隣に陣取っているトコが、
そんなふうに声をかけてきた。
セン的には、かなり唐突に声をかけられた感じだが、
トコの視点でいうと、
だいぶ、長尺で『機』をうかがった上での、
『意』を決してからの切り込み。
「色々と言いたいことはあるんやけど……なにはともかく、まずは、ありがとう。世界のために地獄を駆けずり回ってくれて」
その言葉に対し、
センは、数秒かけて、『想い』を整えてから、
「――世界のためじゃない」
『混じりっけなしの本音』を口にした。
ごまかしている部分がゼロとは言えないものの、
しかし、パッケージ単位で見た場合は嘘偽りない本音。
「ほな、なんのため?」
小首をかしげて、そう尋ねてくるトコに、
センは、まっすぐな瞳を向けて、
「なんのためでもない。一時のテンションに身を任せたら、ご覧の有様になった……すべてはそれだけの話だ」
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