伝わらないメッセージ。

 伝わらないメッセージ。


「俺が焦がれた『本物』は間違いなく存在したのに、聖典のせいで、俺は、長いあいだ、ニセモノに目を奪われていた。これじゃあ、あんまりだ……流れた血も、振り絞った勇気も……全部、センエースって偶像に塗りつぶされている……これじゃ……あんまりだろ……」


 かすれる声。


 強すぎる想いが、

 強固すぎる信念が、

 彼の心を苦しめる。


「俺みたいな悲劇は繰り返しちゃいけないんだ。子供が胸に抱いた本気の想いを、無為にもてあそんで、ふりまわして、絶望させるようなマネは……すべきじゃない。子供騙しのくだらない嘘で世界を穢すな。ゼノリカの事実は美しい。たのむから理解してくれ。これは、純粋な倫理の話なんだ」


 本気の想い。

 だからこそのメッセージ。

 重たい慟哭に乗せて、心からの叫びを届けようと必死。


 そんな彼に、

 パメラノは言う。


「主は実在する」


 装飾はしなかった。

 ただ事実だけを口にする。

 ゆえに、


「……ふ……ふざけるな……」


 当然、伝わることはない。

 言葉はいつだって完全に不完全だから、

 人間は、どこまでいっても正確にわかり合うことはできない。


 『誰もが輝く明日を想える未来』を手にしても、

 いまだ、人は『他者を完全に理解できる領域』には至っていない。


 『分かりあえていない』と思ったのは、スールも同じ。

 『パメラノには、自分の言葉がまるで伝わっていない』

 その事実が、彼を絶望させた。

 重たい絶望だった。

 本気で想いをぶつけたのに、わずかも響いている様子がない。


(どうして……そこまで、頑なに嘘をつきつづける……なにが、あなたにそうさせる……栄えあるゼノリカの天上、九華十傑の第二席。あなたの高潔さや誠実さは、すべての命の中でもハイエンドだというのに……なのに、どうして、当たり前の倫理が理解できないんだっ!)


 苦しさに包まれる。

 分かり合えないという絶望は重たい。

 ――しかし、この程度で折れるくらいならば、

 反聖典のメンバーになったりしない。


 第2~第9アルファにおいて、

 『聖典に反する』という行為は、

 決して『冗談』で出来ることではない。


 スールは、キっと強い視線で前を向き、


「こんなもんに騙されるのは頭の悪いガキだけだ。三至天帝以上の強さを持つ存在値1000のバケモノ……そんなバケモノ10000体を相手に一人で無双しまたって? バカすぎるだろ。せめて『全員で戦った結果、最も功績をあげたのがセンエースだった』……ってんなら、まだ無邪気に『さすがセンエース』と信じてもいられたが……いくらなんでも、これはひどすぎる」


 大人になって『命』を理解すればするほど、

 死ぬほど鍛錬して『武という器の作り方』に悩めば悩むほど、

 スールの中にある『センエースという概念』は、

 どんどん、どんどん、『安っぽい妄想』に堕(お)ちていった。


 『人の弱さ』とか『当たり前にある限界という名の壁』とか、

 そういう『超えられない現実』を知るにつれて、

 センエースという概念が、

 いかにくだらない妄想であるか、理解できてしまった。


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