何も覚えていない。

 何も覚えていない。


 ロコは、気絶しているゲンの頬をペシペシと叩く。


「聞きたいことがあるわ、起きなさい」


 言葉も交えつつ、何度かシバくと、


「ん……ん……」


 先ほどのロコと同じような寝ぼけ顔で顔をあげるゲン。


 目を覚ましたゲンは、


「あれ……ん? あん?」


 何やら混濁している様子で、

 周囲を見渡して、


「どこ、ここ……あれ、俺……車の中にいたような……いたようなっていうか、いたよな……家族会議から帰る途中で……え、俺、寝た? 遠出した帰りの車の中で寝るとか、そんな5歳児みたいな恥ずかしいマネ……てか、マジ、どこ、ここ?! なに、この状況、はぁ?!」


 そんなゲンの様子を見て、

 ヤマトは、


(……ほむほむ……どうやら『私がロコの車を襲撃する前』の段階まで記憶が改竄されている様子だねぇ……)


 『事情』を知っているため、そう認識したが、

 ゲンの事情をいっさい知らないロコは、

 当然、


「何を言っているの……あたしたちは、そこの男……女に襲われたでしょう」


「おそわれた? ……え、誰、この人……」


 本気で不思議そうな顔をしているゲンに、ヤマトが、


「私はヤマト。よろしくぅ」


「……はぁ……どうも……ぇと……あれ、ソウルさんは?」


 反射的に、父親の姿を探すが、

 周囲に毒組メンバーの姿はない。


 キョロキョロしているゲンに、ヤマトが続けて、


「向こうの方で気絶しているよぉ。殺してはいないから、安心してねぇ」


「気絶……殺してないって……え? どういう……」


 と、そこで、ロコが、しんどそうな顔でヤマトを睨み、


「ヤマト、あんた、ちょっと黙ってて」


「それは命令ですかぁ?」


「円滑なコミュニケーションのためのお願いに決まっているでしょ」


「じゃあ、黙りまぁす」


 チョケた口調でニタニタ笑っているヤマトを視界から外し、

 ロコは、ゲンの様子をジックリと観察しつつ、


「……どうやら、軽い記憶障害が起きているみたいね。直近の記憶……ヤマトに襲われて以降の記憶が飛んでいる様子……」


 ロコはため息をつきながらそう言った。

 交通事故などの『気絶するほどのショック』を受けた際に『メモリの一部に損傷が見られること』は、別段珍しいことでも、特別ありえない事でもないので、ロコは、現状のゲンに対して、さほど違和感を覚えることはなかった。


 ――ただ、


(ヤマトからは絶対に情報を引き出せそうにない以上、『ゲンから事情を聴取するしかない』……なのに……これじゃ、無理そう……記憶の回復を待つしかない……か)


 ヤマトの心変わりに関しては、

 これからの事を考えると、是非モノで知っておきたかったのだが、


(……しかたない)


 あきらめをつけると、


「ゲン、あとで説明してあげるから、今はちょっと我慢してくれる?」


 ゲンにそう声をかけてから、

 ヤマトに視線をうつして、


「……一つ聞いておきたいのだけど、あたしを暗殺しようとしているのはあんただけ?」


「でしょうねぇ。ロコ様の暗殺程度は、私一人いたらコトたりるチョロい仕事ですので、他の反社を雇うことはないでしょう」


「……不愉快だけれど、反論の余地はないわね」


「仮に『この私に依頼しておきながら他の者も雇う』だなんて『そんな失礼なこと』をされたら、私は、二度と、全宮アギト様の頼みは聞かないでしょうねぇ」


 などと言ってから、

 ニカっと微笑み、


「まあ、こうして裏切っているので、実際には、二の手を雇っておくべきだったのですが、しかし、まあ、それは結果論ですねぇ、あははぁ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る