もう、あきらめましょう。

もう、あきらめましょう。


『バフと薬が切れた……補充してくれ。今回は、いつもよりキツくしてもいい。この地獄にもだいぶ慣れてきた。俺は……まだ舞える』


 誰よりも壊れて、

 誰よりも苦しんで、

 なのに、


 ――それでも、センエースは『自分以外』の『弱い命』のために戦い続けた。


 こんな地獄のような状況には背を向けて、

 さっさと自殺して、別の世界に転生すれば、

 穏やかで楽しい毎日を過ごせるのに。


 けれど、センエースは抗い続けた。

 『死ねば楽になれる』のに、

 『死ぬよりも遥かに苦しい瀬戸際』で、

 延々に、黙々と、バカみたいに、

 ――戦い続けた。


『もう……あきらめましょう……これ以上やっても……あなたが壊れるだけ……もう……見ていられない……もう、あなたを……壊したくない……』


 直視できないほどズタボロの姿で、

 それでも、バグに立ち向かおうとする背中。


 さすがに耐えきれなくなって、ドナは想いを漏らした。


『おねがい……もうやめて……』


 ドナの想いを聞いて、

 センは、深く頷きながら、



『そうだな……諦めた方がいいな……』



 同意した。

 当然。

 センエースはバカじゃないから。


『さっさと諦めてしまったがいい。その方が絶対に楽……わかっているさ、そんなこと。俺は賢くないが、バカじゃない。だから、理解はできる』


『ここで諦めても、誰も、あなたを恨んだりしません……あなたは、十分すぎるほど戦ってくれました……弱い命のために……あなたは、誰よりも傷ついてくれた……みんな、知っている……ちゃんとわかっている……だから……』


 本気の言葉だった。

 もはや、懇願とも言えた。


『……幸福だった……幸運だった……あなたの配下になれたこと……あなたに尽くせたこと……すべて、すべて……だから……』


 このまま、センに絶望を押し付け続けるくらいなら、

 『世界滅亡の方が楽だ』と、本気で思ってしまった。


 普段ならそんなことは思わない。

 ドナは『世界』を大事に思っている。

 『なくしたくない』と願っている。

 だからこそ、鮮血時代では、遮二無二(しゃにむに)、朝も夜もなく闘い続けた。

 だからこそ、こんなにも長い間、センを壊し続けることができた。


 ほかの誰にも出来ない仕事。

 続けてこられたのは、

 真摯に世界を想っていたから。

 第2~第9アルファは『守るに値する世界だ』と信じていたから。


 命の暖かさを知っていたから。

 その尊さを理解していたから。


『あなたは、私に与えてくれた……この暖かさ……この想い……命の意味を、あなたは私に教えてくれた……』


 闇人形だからって、命が理解できないわけじゃない。

 むしろ、心に虚(うつろ)を飼う闇人形だからこそ、

 命の輝きについて、誰よりも理解できているという自負があった。


 センエースがくれたもの。

 ――それは、

 欲しいモノを欲しいと言っていい世界。

 本物の倫理的完成を求めてもいい土台。


 無数の地獄を乗り越えて、

 ありえないほどの奇跡を積んで、

 ようやく出来上がった理想の具現――ゼノリカ。


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