月と猿。

月と猿。


 これまでの経験から、バロールは勘違いをしていた。

 多少は『神を知っている』と思い込んでいた。


 しかし、バロールは何も知らなかった。

 神の遠さは、

 『今のバロールの頭』で理解できる範疇にはなかった。




(これが神! 私の神! 私の全てを包み込む光! ぁあ、尊い!)



 シアエガの力をフルに使っているバロールは、

 実際のところ『相当な高み』に届いている。

 限界の向こう側に達した、圧倒的な力。


 この世界における存在値カンスト。

 つまりは、神と同等。

 存在値という数値の上では同じ領域にある。


 だが、しかし、とても『同じ領域に立っている』とは思えなかった。


 強大な力を得たはずのバロールを、

 尊き神は、まるで、赤子のように扱っている。

 バロールの『魂こもった一手』を、まるであやすかのように、サラサラといなしていく。


 大人と赤子。

 月と猿。

 両者の間にある魂の距離を測るのに必要な単位は光年。


 ――途中で、偉大なる神が、ボソっと、



「……驚くほど、『流(りゅう)』の淀(よど)みが消えている。以前のお前は、もっと荒かった」



 たんたんと、しかし、少しだけ上機嫌に、


「その虹色のオーラは、とても静かだ。雑音がなく、ゆったりとしていて……しかし、芯には重量感がある」


 ゆるやかに、華麗に、

 神の王は、バロールの攻撃を受け流しながら、


「積み重ねた自重(じじゅう)がなければ、振り回されてしまうであろう深さ」


 そこで、センエースは、

 グンと、己の圧力を肥大させて、


「お前が積んできた努力が伝わってくる……」


 バンと、踏み込み、

 至近距離、

 バロールのふところで、


「だからこそ見せよう。お前の目に――『究極超神センエース』を」


 トンっと、軽く、左手の小指で、バロールの腹部を押した。


「うぐっ!」


 こみあげてくる吐き気。

 消化器系をギュっと締め付けられた気分。


 全身を貫いた悪心(おしん)により、

 頭重感が加速して、急激に脱力。


 その『丁寧なスキ』をさらっていく神。


 尊き神センエースは、グルンっと腰を鋭敏に回転させて、

 左のかかとで、バロールの左足をはじく。


「くぉっ!」


 しっかりとバランスが崩れたところに、




「――閃拳婆沙良(せんけんばさら)――」




 パァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!


 と、派手な音が響き渡り、

 バロールは『己の肉体が豪快に炸裂したイメージ』に包まれた。


 『とても美しい死だった』


 と、心が『納得』しているのを感じた。

 『生まれてきた理由』と、

 『死の美しさ』が一致して、

 バロールは『尊い幸福』を感じた。


 暖かな調和の中で、

 しかし、バロールは、


「――ん?」


 自分が傷一つ負っていないという事実に気づき、


「……これは……どういう……」


 戸惑っているバロールに、

 センが言う。


「少しは『俺(センエース)』が見えたか?」


 その問いに触れて、

 バロールは、

 つい、反射的に、

 片膝をつき、


「主よ……もうしわけございません……」


 両手を合わせ、

 空へ祈るように、


「私の目は、まだあなた様の影を追えるほどの高みには達してはおりません。……今の一撃……私には『美しい』としか思えませんでした」


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