センエースの前に立つ資格がない。

センエースの前に立つ資格がない。


 ドコスの死を目の当たりにして、

 まるで、リモコンのスイッチでも押されたみたいに、

 カルシィとエーパの脳内で、

 ドコスとの思い出が走馬灯のように流れていった。


 寂寞(せきばく)とか、

 沈鬱(ちんうつ)とか、

 憂患(ゆうかん)とか、

 真正面の虚無感とか、

 純粋な悲痛とか、

 色々なものが、

 溢れて、弾けて……


 心が凍結したみたいに、

 全身が冷たくなって、


 ただ、ただ、涙がこぼれた。

 理性と感情がないまぜになって、

 彼女達の『中』がいっぱいいっぱいになって……




「その悲しみごと殺してやるさ」




 言って、

 ボーレは、先ほどと同じように、

 いっさいの迷いもためらいもなく、

 エーパの首から上を、無残に吹き飛ばした。


 痛みを感じる余地すらない瞬殺。


 残されたカルシィは、


「……ぁ……」


 喉が詰まっていた。

 こぼれる涙と、

 震える体。


 脳内がグチャグチャになっていた。

 現状がまったく理解できない。


「……なんで……」


 なんの意味もない問いかけ。

 もし、仮に、答えを得たところで、本当に無意味な問い。


 ドコスとエーパは死んだ。

 その現実は変わらない。

 そして、

 直後、


「なんで、か。きわめて愚かな問いだな」


 カルシィの体が、グラリと倒れた。

 あまりに一瞬の出来事すぎて、気付かなかったが、

 首から上がなくなっていた。


 ドサリと、肉が地に落ちる音だけが静かに響いた。


 転がっている三つの屍。

 そんなゴミに、一瞥をくれることもなく、

 ボーレは、ピーツに、


「何か言いたいことはあるか?」


 そう問いかけながら、掴んでいる手を離した。


「ぶはっ!」


 解放され、思いっきり空気を吸い込んでから、

 ピーツは、


「てめぇえ! ふざけんなぁ、ごらぁあ!!」


 特に魔力もオーラも込められていない、ただ力一杯握っただけの拳を、ボーレの顔面に向けて叩きこむ。


 バキッッっと、重たい音がして、

 ピーツの手の骨が折れた。

 前腕の骨にもヒビが入っている。

 神経が悲鳴をあげた。


 激烈な痛みだったが、

 溢れ出るホルモンのせいか、

 余裕で我慢できてしまう。


 涙は流れたが、痛みにへたれこむことはない。



「何がしたいんだよ! なんで、あの三人を殺した! 意味がわからない!」


「邪魔だから、鬱陶しいから、だから、掃除した。それ以外の理由はない」


「……ふざけ……っざっけんあぁああ!」


 二度、三度と、

 ピーツは、ボーレに殴りかかった。


 もちろん、ボーレにダメージなど通らない。

 ピーツの行動は、ただただ、自身の骨をいじめているだけ。


 携帯ドラゴンを失ったピーツは、本当にただの落ちこぼれ。

 魔法のセンスゼロで、現状では剣もろくに扱えない、

 本当の本当に、なんの力も持たないただのガキ。


「……絶望を前にして……知人の死を前にして……しかし、一向に『開く気配』すらなし……だめだな……本当に貴様は使い物にならない。センエースの前に立つ資格がない」


「何言ってんだよ、てめぇ! さっきから、ほんと、なにひとつわけわかんねぇんだよ! てめぇ、何がしてぇんだよ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る