上品勇者

上品勇者


 ゼロとハルスとカースソルジャーが前線でダメージコントロールに勤め、彼らを後衛のセイラ(ニー)がサポートする。


 ちょいと戦力差が開いた状態なので、『命の危機がある激戦』にはならなかった――が、『なんとかツメ跡を残そうとしているヘルズ覇鬼』と『少しでも損耗を抑えようとしているハルスたち』の闘いは、高度な『有利の奪い合い』の様相を呈していた。


 ハルスたちが智謀を尽くして闘っている間、

 ゼンもまた、全力でベンチを温めていた。


(ヤベぇな。びっくりするくらい、俺、なんもしてねぇ)


 『蚊帳の外感』と必死に闘っているゼン。

 抗いきれない焦燥感。

 慣れ親しんでいるはずなのに、なぜだか、今は重くのしかかってくる疎外感。


 目の前にいるカースソルジャー2号が、

 常にバッキバキの感度でヘルズ覇鬼の警戒にあたっているため、

 ゼンは終始立っているだけで良かった。




「……ぐぬ……くっ……結局、何も出来なかった、か……」




 ハルスたちが競り勝ち、結果的に、ほとんど被害なく、ヘルズ覇鬼を殺し切る事に成功した。

 精気を失った目で膝をつく、ボロボロのヘルズ覇鬼。

 その魂魄は光の粒になって、トドメをさしたハルスの中に溶けていった。


 結果、レベルアップを果たすハルス。


(くくっ。思わぬところで、とてつもない経験値を得てしまった。この大漁感……『上位ダンジョンに数カ月こもったのと同じ』か『それ以上』に稼げたんじゃないか? くく……『ラムドを殺すために強くならなきゃいけねぇ』っていう、このクリティカルなタイミングでの大収穫。流石、俺。持っているぜ)


 そして、それだけではなく、


(想像していたよりも、シグレはハンパねぇ召喚士だった……『アリア・ギアス特化の限定召喚』に全振りしちまったビルドゆえ、素のステータスが低いのと汎用性を欠いているのは難点だが、そんなもん気にならねぇ勢いの凄まじさ。……いや、汎用性が低いってこともないか。この女は、そこをカバーできるパッシブの『ニー』を有している)


 たった一戦、一緒に闘っただけでも、ニーの凄まじさはすぐに理解できた。

 あのスライムはとてつもなく優秀。


(……くく……『どえらい荷物(セイラ)』を抱えていて、かつ、『免停をくらっている(冒険の書を無くしている)』という、このクソ状況下において、シグレほどの召喚士が味方ってのは、素直にありがてぇ)


 何より幸運だったのは、


(こいつがフーマー所属の豪族って点が最高。フーマーは、枠外の相手、敵対する理由がない。こいつと俺が闘う未来は訪れない)


 勇者は、戦闘狂ではない。

 強い相手を見たら誰かれ構わず殴りかかる狂人ではないのだ(そういう面がないとは言わないが、決してそこが主軸の人間ではない。あくまでも、――『己が我』を通すために、自分の邪魔となる存在は殺しつくさなければいけない――というだけの話)。


 ラムドは、『魔王国に属する宰相』であるため殺さなければいけない。

 リーンは、『勇者を迷わせる存在』だから、殺さなければいけない。


 ――勇者は、己が哲学・威信にかけて、魔王国を抹殺しなければいけない。

 

 だが、『フーマーのシグレ』は、殺す理由がない。

 『恐ろしく排他的』ではあるものの、内輪の管理力がハンパないフーマー。


 かの国は、『ハンパない意識高い系』かつ『特殊な差別意識((尖ったエリート志向))が蔓延』しているため、酷く息苦しいし、上にいる連中も鼻もちならない。

 ――が、ガチガチの理念が、『境界線を超えたムナクソ』を排除している国でもあるため、勇者的には、『好き』ではないが、『嫌い』ではなかったりする。


 つまり、勇者の敵にはなりえない。

 勇者は最低のサイコパスだが、理由なく人を殺したことはない。



 ※ フーマー大学校は、規律が厳し過ぎるため、勇者は結果的に、『素行が悪すぎる』と退学をくらったが、実際のところ、大学校時代の勇者は、『フーマーの外』にいる時とは比べ物にならないくらい行儀よく、無意味に暴れる事もなく、ちゃんと学生をやっていた。

 大学校にいる間、勇者は、一人も殺していないし(15人ほど半殺しにしただけ。うち、2人は教授)、器物破損もゼロといっていいレベル(窓や扉やイスや机や校舎や寮を20回ちょっとしか破壊しなかった)。



 上品勇者『あんなに行儀よかった俺を、よくも退学にさせやがったな』

 理事一同『いやいやいや! われわれ、だいぶ我慢しましたけど?!』


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