リーンがいるから、大丈夫

リーンがいるから、大丈夫


 その発言を受けて、カバノンはグっと眉間にシワをよせた。

 明確な侮辱。

 しかし、それはどうでもいい。

 問題なのは、ラムドが、強固な自信でもってカバノンをザコ呼ばわりしたこと。

 もう一度言うが、名誉棄損とか、そういうのはどうでもいい。

 そうではなく、

 『序列二位という大国の主席』で『存在値70を超えている最上級冒険者』であるカバノンを、ハッタリには見えない態度で、明確にザコ扱いしたという事実。

 もちろん、ラムドの態度が『演技がハンパないだけの虚勢』ならば『無礼者! 賠償金を払え!』の一喝で終わる。

 だが、もし、本当に、カバノンをザコ扱いできるほどの『圧倒的な力』がラムドにあるとすれば?


 倫理観よりも力が優先される発展途上世界に生きるカバノンは、そんな世界に存在する国の代表として、まずはそこを考える。

 それは、すなわち、『勇者を殺せた力』についての再分析。


 ラムドの『自信』が『本物』だというのなら、もしかして、

 『勇者を殺せるほどの力』は、『使い捨ての消耗品』などではなく……


「お前らは、俺が勇者を殺したという件に関して、おそらく、こう推測しているんだろう? 俺が、かなりのマイナスを支払って、どうにか、ギリギリ、勇者を撃退したと」


 ここにいる誰もが――『勇者』と『ラムド』――双方の実力を知っている。

 ラムドは確かに強いが、勇者よりも弱い。

 だから、ラムドが勇者を倒したと聞けば、論理的に、『ラムドの弱体化』を予測する。

 安定して使える力よりも、一回限りの消耗品の方が強力。

 『そんな強力な切札(消耗品)の乱れ撃ち』か、あるいは『とてつもなく重たいアリア・ギアスを積んだ』か。


 そのどちらかで無い限り、ラムドが勇者に勝つことはありえない。



 そんな前提を頭の中で並べながら、カバノンは、心の中で、


(そして、どちらであっても、ラムドの弱体化は免れ――)


「別に、その勘違いを攻める気はねぇ。今までの常識的な世界を基準にするならば、それは、しごくまっとうな判断だ。勇者はとてつもなく強い。いくらこの俺、ラムド・セノワールがハンパない召喚士でも、『痛み』なく勇者を撃退する事などできない。ラムド・セノワールは――ひいては、魔王国の武力は、勇者に攻められた事で低下している。それがお前らの判断」


 誰もが口を閉ざした。

 別に論破されたからという訳ではない。


 そんな事は、当り前の共通認識でしかない。

 セファイルは『勇者((龍王))』を失った――が、おそらく、『ラムド((龍馬))』は『温存していた切札((金・銀・桂馬))』を、勇者に対して使いきっているはず。

 それにより、ラムドは、龍馬から、ただの角に落ちた。


 ――どの国も、『無数の切札を隠し持つ龍馬((これまでのラムド))』ならともかく、『ただの角((今のラムド))』なら、いくらでも殺し切れるという自信がある。

 勇者を失ったことで、武力に関して、現状、事実ぶっちぎり最下位となり、各国から裏ではバカにされまくっているセファイルだが、それでも、切札は何枚かある。


 ここにいるサーナ王女も、その切札の一枚。


 勇者の姉であるがゆえに、どうしても、勇者と比べられてしまい、結果、常に彼女の評価は相対的に『たいした事がない』となってしまうわけだが、実は、彼女の存在値は、カバノンに匹敵する70オーバー。


 ※ 勇者が産まれるまでは、セファイル王国史上最高の天才、希望の星と呼ばれていた。それを重荷に感じていた幼少期。――勇者の誕生で、心中複雑ではあるものの、どこかで確かにホっとした少女期。そして、アホすぎる弟のせいでストレス大爆発な青年期――を経て、今のサーナがある。





 サーナは、この世界だと、圧倒的な存在値を持つ冒険者。

 とはいえもちろん彼女一人じゃラムドには勝てない――が、しかし、カバノンと組めば、ほぼ確実に殺(や)れる。


 結論『ラムドという存在が脅威である事に変わりはないが、勇者との激闘が終わった直後の現状だと、そこまで警戒するほどでない』


 それに、もし、ラムドが『それでも闘う』という無謀で無茶な選択肢を取ろうとしても、リーンがいる以上、それは絶対に叶わない。



 ここにいる誰もが知っている。

 リーンの思想は揺るがない。


 ――カバノンは思う。


(リーンがいる限り、魔王国は人類の脅威足り得ない。もし、ラムドの自信が本物で、かつ暴走したとしても、リーンが命がけで止める。あのお花畑魔王は、『どうしようもないノータリン女』だが、勇者を失った現時点では、事実、『世界最強の力を持つ魔人』。ラムドがどんな力を隠し持っていたとしても、あのバカ女がいる限り、モンスターの革命が成る事はない)


 リーンの理想は、人類にとって、非常に都合がよい。

 極めて大きな力をもった本物のバカ。


(本当にありがたい存在だよ、魔王リーン・サクリファイス・ゾーンというバカ女は。率先して、『厄介な力を持つモンスターを抑えつける防波堤としての役目』を請け負ってくれて、かつ、平和という言葉を使いさえすれば、簡単に騙されてくれる極めて便利な道具……これからも、ずっと、永遠に、骨の髄までしゃぶらせてもらう)


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