ヤバい箱

ヤバい箱


 台座に置かれた『ソレ』は、カンオケに近い形状をしている大きな箱。

 漆黒の鎖に縛られており、時々、ドクンと脈を打っている。

 常時、禍々しいオーラに包まれており、見る者全てを不快にさせる。



 その箱は、エレガが向けた右手から、オーラを奪い取る。

 エレガから放出されたエネルギーが空間をたゆたって、箱に流れ込んでいく。

 そして、邪悪なオーラと繋がって、混ざり合い、


「ぅ……ぅ……」


 酷く、傲慢に、遠慮なく、不躾に奪われている――とハッキリ分かる。

 痛みをともなうが、エレガはグっと歯をくいしばる。

 箱を抑え込むと同時に、エレガも抑え込まれている。

 穢れていくのが、蝕まれていくのが理解できる。




「はぁ……はぁ……はぁ……おさえるのも、そろそろ限界……箱が開く日は、もうすぐそこまできてる……正直、恐いよ……」




 時折、カタカタっと動く不気味な箱。

 ほとばしるような、邪悪極まりないそのオーラ。

 エレガが手をかざすことで、少しだけおさまる。

 ゆっくりと、静かに。


 エレガが命を削ることで、少しだけ鎮まる謎の箱。


 どれだけの命や魔力を注いでも、一時的に黙らせることしかできない我儘な箱。

 何をしても、どうあがいても、これの完全な封印は出来なかった。


 ゆえに、今日も、こうして、エレガの命は削られる。


「こわい……ぃや……」


 箱を見ているだけで、恐怖が込み上げてきて、エレガの目から、ポロッと涙がこぼれた。

 エレガは、この箱が心底から嫌いだった。

 本当だったら近づくのもイヤ。

 しかし、エレガ以外では抑えられないゆえ、エレガがやるしかない。



 ――遥か太古から存在する謎の箱。

 この箱の中には、『全てを滅ぼす魔』が潜んでいるという。

 詳細は一切不明。

 ただ、『とんでもない魔が潜んでいます』という抽象的で不吉な神話だけが、えんえんと伝えられてきただけ。

 何が封印されているのか、誰が封印したのか。

 何も分からない。


 しかし、エレガには、その伝説が『事実だ』と理解できた。

 別にエレガが特別なのではない。

 この箱を見た者は、誰でも、瞬時に『箱の中の魔が世界を滅ぼす』と理解する。


 ――この中には、とてつもない存在がいる。

 ――ぜったい、外に出してはいけない。


 この気味の悪い箱を見ると、誰でも、それが瞬時に理解できる。

 何が入っているかは分からない。

 しかし、『恐ろしい何かが入っている』という事だけは誰でも瞬時に分かるという謎。


 なぜ『分かる』のかが分かった者は歴史上一人もいない。

 だから、そこは、もう、どうでもいい。

 大事なのは、この箱から出てくる魔をどうにかしないと、世界が滅びるということ。

 それだけ。



「だ、大丈夫……ぁ、あたしには、みんながいるもん。何が出てきても……ぜったい負けない」



 ギュっと、強く、ヌイグルミを抱きしめながら、箱を睨みつけ、



「この世界は……あたしが守るんだもん」



 覚悟の灯った声で、そうつぶやいた。


 遥か太古から、ずっと、この世界を守り続けてきた天帝エレガ・プラネタ。

 命も時間も心も、全てを費やして、この脆弱な世界を守り続けてきた神。


 エレガは守ってきた。

 ずっと、ずっと、

 完璧な世界を目指して頑張ってきた。


 愚かな人類は、いつだって過ちを犯し続ける。

 何度も何度も自滅して、尊い命を無駄にする。



 エレガは、そんな愚かな生命を守るために、

 身を粉にして働いてきた。



 エレガは完全な存在ではない。

 というか、実際のところは、神ですらない。

 まだ、エレガの神種は芽吹いてすらいない。

 ただ、『他の者より強い存在値を持って生まれてきただけの人間』でしかない。


 五神も、みな、人間や魔人の突然変異でしかない。


 勇者やラムドやリーンのように、特別な才能を持って生まれ、研鑽の果てに不死のスペシャルを得て、より高次の存在になろうと死にものぐるいで努力を積んで、

 だから、当たり前のように、神として崇められるようになった者達。

 その生き残り。


 そういう連中が、たくさんいた時期もあるし、一人や二人になった時期もある。


 そして、今は六人。

 それだけの話。

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