マジシャンズセレクト。

マジシャンズセレクト。



『卑屈にならないでください、ゴート様』


『ひどく反省すべき事件の直後だから、卑屈になっていない、とは言わないが、しかし、可能な事を不可能だと言って問題から逃げている訳じゃない。俺じゃあ、フッキ・ゴーレムには勝てない。勝ちたいとは思っているが、今のところビジョンはまったく――』


『フッキ・ゴーレムを止めてくださいと言いましたが、フッキ・ゴーレムを倒してくださいと言っているわけではありません』


 それを聞いたゴートは、


(……止めてほしい……だけ。倒す必要はない……)


 ――『それが前提ならば、無理筋ではない』と思った。


 欲しかったピースが脳にしみわたる。

 こぼれた愚痴を優しく包む、ゴート視点での模範解答。


 ――『こうだったらいいのに』というゴートの願望を、ソルは口にしてくれる。


 だから、


(このソルとかいうヤツの言いたい事……少しだけ見えてきたな。おそらく、フッキ・ゴーレムを止める方法はある。しかし、それは誰にでも出来る事じゃない……今の俺クラスの奇妙な力を必要とするミッション)


 希望を軸に、思考を構築させていく。

 ソルの話を前提とした推論で頭が一杯になっていく。

 『出来る事』

 『可能な事』

 そして、わずかに薫る、優越感。


 ――心の最も脆いところを、的確に掌握されていく。


 提示された甘い未来。

 懐疑心が薄れていく。

 警戒心が溶けていく。


 そして、その間も、ソルは話を進めていくのだ。


『フッキは世界を浄化するために用意された、特殊で特異で特別な兵器。使用するかしないかだけが重要で、殺せるかどうかは重要ではありません』



 ――『センエースは存在しない』と言い切った直後くらいから、実は、ソルの口調が、ちょっとずつ早口になってきているのだが、ゴートはそれに気付かない。



『実際、ゴート様がちょっかいをかけるまで、フッキ・ゴーレムは動かなかったでしょう?』


 呼吸が乱されて、

 テンポを支配されて、


『最初にハッキリと断言させてもらったのは、結局、そこが最も重要だからです。フッキ・ゴーレムが自分の意思で動くことはありません』


 不安を煽り、

 欠点やミスを指摘し、

 それとなく情報量を増やし、

 論点を複数用意し、

 矢継ぎ早にまくしたてて、

 考える余地を与えない。



『迎撃プログラムが発動するか、エレガの命令がない限り、フッキ・ゴーレムは、ただの置物です』


(……つまり、俺は、俺自身の愚かな過ちせいで死んだわけか……笑えねぇ)


『倒すべき相手は、エレガ・プラネタ。強欲で非情な最低の神』


(……最低の神……か)


『エレガさえ殺せれば、フッキ・ゴーレムは、単なる地下迷宮の置物となります。つまり、ハッピーエンドです』


 必殺のストーリー構成。

 ――絶望の果てにある強大な『敵』と、全てをひっくり返す甘美な『解決策』。


 ――『人類の未来』や、『自明の正義』を天秤にかけて、

 ――『悪のサバき方』をレクチャーする。


 おとぎ話のような勧善懲悪。

 優しい世界。


 だから、



(……全体的に話の筋は通っている……)



 信じたくなる。

 すがりたくなる。



 ソルと話す前のゴートは、ハッキリと怯えていた。


 ――まるで、真っ暗な部屋にいるみたいだ。

 ――時々、呼吸の仕方が分からなくなって、ひどく息苦しい。

 ――なのに、誰も助けてくれない……


 そんな時、『こうすればいいんだよ』という光が注がれた。

 それは、当然、脳を溶かすほどの強烈さをもって、ゴートを包む。


 結果、


『ソル。教えてくれ』


 そこに、いきつく。

 享受を求めだす。


 ――狡猾なマジシャンズセレクト。



『お前の言葉は真実なんだろう。しかし、そうなるとそうなるとで大問題が出てくる。フッキ・ゴーレムを創れるようなヤツに、俺が勝てるとは思えないんだが?』


『安心してください。エレガの力の大半は、フッキ・ゴーレムに注がれています。もちろん、エレガ自身も、世界最高峰の力を持っていますが、今のあなたよりも下です』


 なにも心配はない。

 解決策は『最初』から用意されている。


 だって、そうでなければ、

 ――『ジンテーゼ』には至らないから。


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