もし、フッキ・ゴーレムが……

もし、フッキ・ゴーレムが……



 とびたった直後は、『はやくパラソルモンの地下迷宮から離れたい』という、ほとんど衝動的な感情しかなかったゴート。

 しかし、1~2分ほど飛んで、実際に物理的にな『ある程度の距離』を取ってみると、ゴートの心にも変化が訪れてくる。

 もちろん、まだまだ恐怖は消えていない。

 しかし、人間は、プラス・マイナス関係なく、とにかく、なんにでも慣れる生き物。

 そして、たいがい、人間は、恐怖体験のあと、『その恐怖に対抗するための手段』あるいは『限りなく距離をとるための手段』を考えようと思考がシフトするようになっている。




 端的に言えば、『怯える』のにも、そろそろ飽きた。

 結果的に、考える余裕が生まれる。


 ――飛行中、後ろからついてくるUV1を横目に、

 ゴートは、一度深呼吸をしてから、頭の中で、


(正直、今は何も考えたくはないけれど……これからも『この世界で生きていかなければいけない』という現実がある以上、思考を放棄する訳にもいかない……目を閉じても、アレがこの世から消える訳じゃないし、俺に起こった事が夢として忖度処理される訳じゃない……)


 『何も分からない』という現状、それも恐怖の対象

 だから対処しようと頭が回りだす。


(……つっても、現状だと、結局、何がなんだかわからねぇ。なんだ? 何が起こった? 俺はなぜ生きている? ……意味がわからない)


 精神的な疲労がにじんでいる『深い溜息』をはさみ、


(細かい所は、正直何もわからない……ただ、ハッキリしている事が一つある)


 『考えても無駄な事』はいったん隅に置いて、分かっている事を整理しようと、


(あのゴーレムは……俺をも……『レベル数百万というムチャクチャな強さを得た俺』すらデコピンで殺せる本物のバケモノってこと……それは、事実……アレは幻覚じゃない。幻覚であって欲しいとは思うが……俺の魂が『アレは夢じゃねぇ』と叫んでいる。刻み込まれたんだ……あの恐怖、あの絶望……)



 あのゴーレムに出会う直前のゴートは、

 『すでに俺は神を超えた』

 『この世で、俺より強い概念は存在しない』

 『俺こそがガ○ダムだ』

 と自惚れていた――が、

 現実は、



(完全な勘違いだった……この世界の奥底には、とんでもないのがいる。俺は井の中のカエルだった。いや、カエルほどの価値もない……俺なんか、あのゴーレムからすれば、ちょっと指をはじけば殺せる程度の小さな虫でしかない)



 また、体が震えた。

 どんどん卑屈になっていく。

 イキっていた分だけ、のちに抱く『羞恥心』はドロリと粘性を増す。

 恥ずかしく、情けなく、

 そして、だからこそ、

 『そう思うに至った理由・原因』に、また恐怖を抱く。


 恐怖は、飽きて終わりじゃない。

 飽きたとしても、忘れはしない。

 何度でも何度でも何度でも蘇る。


 思い出すたびに冷たくなる体。

 魂の奥底に刻み込まれた恐怖。

 永遠に忘れないであろう絶望。



(もし、あれが、外に出て暴れたら……)



 ふと、そんな事を想像してしまう。

 アレは『ダンジョンの奥にいるから問題ない』――などとは思えない。

 当然、『パラソルモンの地下迷宮から出られない』という可能性もゼロではない。

 だが、それは、つまり、逆に、『パラソルモンの地下迷宮から出てくる可能性もゼロではない』ということ。

 『何も分からない現状』だと、『可能性』はどこにでも潜んでいる。


(もし、あれが外に出て暴れたら、世界なんか一瞬で崩壊する……)


 たいがいの者は、仮に大きな絶望を前にしても、『世界の崩壊なんて、そうそう起こらないだろう』――と、幸せに目をそらして、ソレとコレとは別だと切り離して生きていける。

 しかし、ゴートの視点だと、『世界の崩壊』は『目の前の絶望』と簡単に直結する。

 直通の理由は、当然、一度経験しているから。

 ゴートは一度、『抗えない圧倒的な力』で世界が壊れていくさまを、眼前で、というか、とびっきりの特等席である『世界の中心』で目の当たりにした事がある。


 ただただ、ズタズタに、世界が蹂躙されていく地獄。

 かつて見せつけられた、蝉原勇吾という名のイカれた悪魔が暴れた事によって起こった世界の崩壊。


 あれが、また起こるのではないか。

 そう結び付けてしまう。

 蝉原どころではない『究極を超越した果てにある暴力』でもってして、世界が砕かれてしまうのではないか。

 ゴートの恐怖は膨れ上がる。

 一度でも地獄を経験した者は、地獄に対して酷く過敏になる。



 ゴートは――

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