-52981話 『卵が先か、鶏が先か』

-52981話 『卵が先か、鶏が先か』





 過保護になりすぎたあまり、今までは人類の敵を用意しなかった。

 それが問題なのだと、『彼』は誤解する。



 決断してからの『彼』は速い。

 即座に行動を開始。



 人類を再生させるところまでは、いつもと同じだが、

 『虚理生命生成』というアプリをつかって、人類以外の生命体を大量に誕生させた。






 『彼』が、この星に、新たに生み出した種族の学名は『モンスター』。






 『円環のメソッド』というアプリの下で管理されているので、一定以上には増えない。


 しかし、死んだとしても、永遠に再生し続ける。


 そんな、人類を無限に脅かし続ける不滅の対抗勢力。




「これでいいはずだ。これで、人類は進化し続ける。強大な敵の対処に全力をそそがなければいけないため、同種で争うことはなく、魔法という手軽で有能で神秘的な力があるため、速すぎる科学という毒におかされることもない。これで完璧なはずだ」



 何度も失敗した経験を生かして創り上げた世界は、

 ――驚くほど順調に発展していった――




 人類は、正しく進化し、命が輝き始める。




 ――だが、ひとつ問題が生じた。




 単なるギミックでしかなかったはずの『モンスター』に異変が生じ始めたのだ。



「主よ。われわれに、対抗する御許可を! 愚かな人類に立ち向かう許可を!」



 モンスターの頂点である最強種族『魔人』。


 魔物を導く才能を持つという『設定』で生み出したその種族が、

 ある日、『彼』の想像を超えた『行動』を見せ始めた。


 ハッキリとした自我。

 明確な知性。



 ――『彼』は困惑する。



(モンスターは、単なるギミックでしかない。自我など持つはずがない……)


 しかし、気づけば、モンスターは、疑いようがない本物の自我と知性を持ち始めていた。

 魔人に続いて、続々と、上位種族が自我を見せ始める。


 あまりにも想定外な出来事。




 モンスターは、いわば装置。




 彼らの脳には、低位のAIしか搭載されていない。

 ファミコンRPGの戦闘AIと同等の拙い脳ミソ。


 ゆえに、自己認識に至るなどありえない。

 自我や知性などが目覚めるはずがない。



「主よ。人間は醜い。下らない争いを繰り返すばかり。――我ら魔族は、心を得てからというもの、平和に、穏便に暮らそうと努力をしてきました。時には対話を試みたことも。しかし、人間共は、我々魔族を討ち滅ぼさんと剣を振るい続ける! どうか、どうか、どうか、我々に、『抵抗』の許可を! 正統な自己防衛の許可だけでも、我らに与えたもう!」



 魔族の総合戦力は、人類を大幅に上回っている。


 まとまって団結して作戦を練れば、

 人類など、数日で駆逐できてしまうほどの圧倒的な戦力。


 ゆえに、魔族には、いくつものプロテクトがかかっている。


 特定のエリアから出られないとか。


 装備を変更できないとか。


 他にも様々な制限がかけられている。



 理由は明確。




 そうでなければ、『倒せない』から。




 この状況をありていに言えば、

 RPGで、

 『勇者に経験値を稼がせるための存在』として設置していたモンスターが、

 『最初の街周辺を高位モンスターで包囲して、勇者が一歩も外に出られないようにしたい』

 と言い出したようなもの。



(なぜ、こんなことになる? たった二万年ほど放置していただけで、どうして……)



 『彼』は、一旦モンスターを設定してから、人類の再生に取り掛かった。


 モンスターの微調整は後回しにして、

 ひとまず人類の再生・魔法を使わせるための調整にとりかかった。



 しかし、その作業に思いのほか手間取り、

 なんだかんだ結局二万年もの間、モンスターのことを放置してしまった。



 ――その結果が現在。



(もしかして、出力を上げるために、惑星の動力炉と接続させたのが問題なのか?)



 魔人の中でも特に優れている『王種』には、

 『無尽蔵の魔力』を持つという設定を与えた。



 その設定の実現のために、『彼』は少し無茶をした。



 動力源となるシステム構築を面倒くさがった『彼』は、

 手っ取り早く、魔人と星とリンクさせることで、

 ほぼ無際限に強大な力が使えるように設定した。






 ――ラスボスは大概MPが無限。


 なんで? 


 その解答。





(この惑星のコアは、動作チェックや熱管理を容易にするため、俺の端末と繋げてある……そのルートで直結して、コードの書き換えが起きたというのは、あり得ない話ではない)



 チェックしてみると、予想通り、魔人に関するコードは完全に書き換えられていた。



(問題なのは、魔人に与えた知識だけでそんなマネは絶対にできないという点と、そもそも、そんなことをしようと考える頭を与えていない点……)



 少し考えれば、すぐに答えは浮かんだ。またもや、己の不精が招いた想定外。



(俺の端末には、脳の作成を補助するニューラルネットワークエンジンが存在する。もし、疑似神経回路システムと魔人の人工知能が接続すれば、そのアクセスをキッカケとして、高次のフィードバックループが発生し、自己を組織する複雑性――『意識』にたどりつくことも、あるいは不可能ではないのかもしれない)



 もし、そうなれば、あとは時間の問題であり、かつ二万年は十分な期間。



(人間の脳だって、基本的には単純で明快なニューロンのコロニーでしかない。それが、絡み合って、相互接続されたとき、全体で、意識と思われる機能が発現する……)



 自己認識という、謎の衝動。

 俗に『神秘』と呼ばれている、全ての生命が有せし『莫大な可能性』。



(複雑な思考を可能とする知能エンジンと繋がったという事実が、魔人のプログラム全体に多大な影響を与え、その結果、幾つかの偶然を経て、シナプスの結合強度が変化し、自我・知性に届いた? 今回の現象は、ただの偶然で片づけるべきではないかもしれない)



 運命かもしれない。


 そう判断した『彼』は、だから、あえてこのバグを直さずに放置することにした。


 さすがに、魔力が無限というのは大問題なので、そこは調節したけれど。



(この、AIの爆発的成長は非常に面白い。人類が進化した後は、本気で競わせてみるのもアリかもしれない。人間だけではなく、魔族がどこまで進化するかも見ていこう)



 知性と自我を持つならば、それは、

 『神の特異点』のブレイクスルーという『高次の可能性』を持つ。



「さあ、下地はできあがった。ここまでくれば、あとは、見守っていくだけだな……」



 出来上がった『原初の世界』

 全ての始まり。






 そして、いつしか、その世界に、主人公が、舞い降りるのだ。

 積み重ねてきた『究極の可能性』を背負って、この世界を踏みしめる。










 ――『※※』の記憶は、遥か未来からの贈り物。

 成熟した未来があって、原初の過去がある。


 卵が先か、

 鶏が先か。


 ――さあ、答え合わせに行こうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る