新釈お伽草子――その男、面倒につき
里内和也
第1話 昼行灯(ひるあんどん)の事情
あたらしの
この郷は
なぜ、こんなことになっているのか。それはひとえに、この男がまったく何もしようとしないからだろう。少なくとも、この男が働いているのを僕は見たことがない。
住んでいるのは、竹を四本立てて
とにかく動こうとしないから、こちらからあいつの所へ行かない限り、出会う機会自体がない。存在すら忘れそうになるぐらい何もしないが、行けば必ず寝ている――それが物ぐさ太郎だった。
ある日のこと。瓜の種をまくために畑を耕していたら、郷の
「これからは必ず毎日、郷の者が物ぐさ太郎に飯と酒を与えてやることになった」
と告げられた。
僕は思わず、持っていた
「働きもせず寝ているだけの者に、なぜそんなことを」
と、当然の疑問をぶつけたら、
「
という苦々しげな答えが返ってきて、すぐには意味が理解できなかった。飯と酒を毎日?
「なぜ地頭様はそんなお達しを?」
「
「餅?」
「人に恵んでもらった餅を、うっかり道のほうへ転がしてしまったようでな。それを取りに行くのを面倒くさがって、人が通りかかるのを待っていたんだと。三日間ずっと」
動くぐらいなら空腹に耐えている方がましだ、とでもいうのか?
「で、地頭様は餅をお取りになったんですか?」
「そんなわけないだろ。無視して通り過ぎようとされたんだ。そうしたらあいつは、『物ぐさだなあ。馬から降りて餅を取るぐらい、簡単だろうに。ろくでもない奴がいるもんだ』と不満そうに言ったらしい」
何様のつもりだ。
「それなら、地頭様はさぞかしお怒りでしょう」
僕の予想に反して、佐平さんは首を横に振った。
「いや。地頭様はあいつのことを、うわさには聞いておられたようでな。興味を引かれなさったんだろう。『お前はいったい、どうやって暮らしを立てているんだ』とおたずねになったそうだ」
「あいつは何と?」
「ありのままに、『人が恵んでくれたらそれを食べ、恵んでもらえなければ、四日でも五日でも十日でもそのまま過ごしている』と答えたらしい」
「……よく今まで飢え死にせずに済んでますよね」
「まあそれで、地頭様はあいつを
なんと
「ありがたい話ですねえ。あいつもさぞかし喜んだでしょう」
「いや。耕すのも商売も面倒だと言って、断ったらしい」
「……」
「で、これはしょうがない奴だと地頭様も思われたんだが、それでも何とか助けようとなさってな」
「飯と酒を与えよというお達し、ですか」
佐平さんがうなずくのを見て、脱力を禁じえなかった。
地頭様の裁量一つで、何も努力しなくても日々の食を安定的に
正確な年齢は知らないが、僕とそう変わらないぐらい若そうだから、おそらく二十歳前後だろう。働けないほど足腰が弱っているとは考えにくい。病にも見えない。それなのに、この差は何なんだ。
出稼ぎに出ている父に代わってこの畑を守り、母や弟たちを支えねばと意気込んでいた心が、
佐平さんが他の百姓たちにこの件を知らせに行ってしまうと、僕は深く息をつき、再び鍬を振り上げた。
嘆いても
他のみんなも考えたことは同じだったようで、表立って反対する者は現れなかった。こうして物ぐさ太郎は、郷のみんなによって養われることになった。
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