第148話 夜に二人で


 それからもあれこれとあったが、祝言はつつがなく進行し……日が暮れる頃には参列客も帰り始め、大体の屋台も店じまいをし始めた。


 屋台が閉まったなら仕方ないと、祝言なんてそっちのけでただ物珍しさで集まった連中も解散となり……そうしてひと気がなくなった黒船に、俺とネイは空が暗くなり始めているというのに、未だに居残り続けていた。


 着替えを済ませていつもの格好に戻り、後はポチとシャロンがそうしたように港近くの旅館に向かって、そこで一晩を過ごすはず……だったんだが、ネイがもう少し黒船の甲板を堪能したいと言うのでそれに付き合っているという訳だ。


 片付けは明日ということで甲板の上には畳板が残されていて、そこに適当に座って月を見上げ……そのまま無言でしばらく過ごしていると、ネイが声を上げてくる。


「商売を続けることを許してくれて、それなりに稼いでもいて、気心も知れていて……まぁ、良い男な方なんでしょうね、アンタは」


「そりゃぁお前……ネイから商売を取り上げたなら、ネイがネイじゃなくなっちまうっつうか……。

 そもそも俺がそんなことを言い出した日にはお前、あらゆる手を使っての徹底抗戦に出るだろうよ」


 俺のそんな返しにネイは特に反応すること無く言葉を続けてくる。


「世の中アンタみたいな男ばっかりじゃないってことよ。

 商売をしていれば嫌でもそういう連中とも顔を合わせることになる訳だし……。

 女がどうとか、女だてらが何だとか」


「そんなことを言う連中は、仮にネイが男だったとしても似たようなことを言うんだろうよ。

 やれ若造がだとか、やれ何処生まれのくせにだとか、あるいは色男なんだから演劇でもやってろとかそんな具合にな。

 それにあれだ、他に攻め所がないから女云々って言葉に頼っちまってるんじゃねぇか? そいつら。

 他に攻め所を見ぃ出せねぇから、そこを突くしかねぇんだろうよ」


「そんなもんかしらね」


「そんなもんだろうよ。

 そもそも商人なら口じゃなくて商売で勝負をしかけろって話だしなぁ、口でやり込めたからって銭が入ってくる訳でもねぇだろうに。

 侍で言うなら獲物を前に震える手で刀を握って、口だけ達者ってなる訳で、そんなのはただただ笑えるだけだぜ」


 俺がそう言うとネイは「ふふっ」と声を上げて笑って……笑ったまま尚も月を見上げ続ける。


「まぁ、ネイもいい女なんだろうな。

 自分の方が稼いでるんだから支えろとも言わず、家庭のために危ない仕事を辞めろとも言わず……。

 そして俺達に何かがあった時には、初めてダンジョンに挑んだあの時のようにわんわんと泣いてくれるんだろうからな」


 俺達が初めてダンジョンに挑んだ時、他のダンジョンでは次々と重傷者が発生してしまい、行動不能となった連中が次々と吐き出され……それを目撃したネイは、俺達もそうなっちまったんじゃないかと心配をし……俺達が無事に帰還した時には涙を流してくれた。


 その時の光景は今でも思い出されるもので……俺達が今の所無事に、大怪我一つなくダンジョン攻略を成せているのは、あの時のネイの涙あってのことなのだろう。


 ……と、そんな感謝を込めての言葉だった訳だが、ネイにはそれが上手く伝わらなかったようで、尻をずらして距離を詰めてきたネイが、俺に向かって肘打ちを放ってくる。


 避けようと思えば避けられたのかもしれないが、素直にそれを受けて俺が呻いていると……両手を上に振り上げて「うーん」なんて声を上げながら背を伸ばしたネイが、もう一度月を見上げて、ため息を吐き出してから声をかけてくる。


「さ、そろそろ旅館に行きましょうか。

 新婚旅行と言えば草津の温泉なんだけど、忙しい今あんな所まで行ってられないし……近場の一等旅館で我慢した自分を褒めてあげたくなっちゃうわね。

 ……ポチとシャロンちゃんとは別の旅館にしたんだっけ?」


「ああ、ポチのやつは深酒すると酒乱になるからなぁ……やつの笑い声が響き渡る旅館じゃ、まともに寝られやしないだろ?」


 そう返しながら俺も立ち上がると……ネイはきょとんとした顔をこちらに向けて、けろりとした声を投げかけてくる。


「え、何アンタ、今日眠る気だったの? アタシ朝まで眠らせる気はないわよ?」


 その声に俺は目を丸くし、大口を開けて……開けた口をぱくぱくと動かしてから言葉を返す。


「ま、まさか『それ』を言われる側になるとは思ってなかった……。

 普通それは俺の台詞だと思うんだがなぁ……」


「何言ってんの、今の世の中は男女平等、どっちが言ったって構いやしないのよ。

 あえて言うなら油断して、アタシに言わせる隙を作ったアンタが悪いのよ」


 するとネイはそんな言葉を返してきて……降参とばかりに上げた両手を振った俺は、先陣を切るネイの後について、黒船を下船する。


 すると根気よく今の今まで待っていてくれた職員達が渡し板の撤去などの作業を始めて……まぁ、祝言の今日くらいは勘弁してもらおうと、職員達に適当に礼を言った俺達は予約した旅館へと足を向ける。


 港の付近には港で商売をする連中や、船でやってきた連中、観光客を狙っての旅館がいくつかあり……その中でも上等も上等、蒸し風呂だけでなく湯殿まであり、飯も美味い、酒も美味い、何故だか旅館の一画で作っている寒天菓子まで美味い大江戸旅館へと足を向ける。


 祝言の夫婦の初宿ということもあり、大江戸旅館は随分と立派な良い部屋に、これまた良い布団やら浴衣やらを用意してくれていて……風呂も湯殿も楽しんだ俺達は、ゆっくりと一晩を過ごすことになる。




 そうして翌朝。


「ま、まさか本当に一睡もさせてもらえねぇとは……」


「一晩くらい何よ軟弱ねぇ、アンタそれで本当に御庭番が務まるの?」


 なんてことを言いながらネイと二人で旅館を出て、大通りへと向かっていると……同じく旅館から出てきたらしいポチとシャロンがこちらへとやってくる。


 シャロンの毛は少しだけだが逆立っていて、ポチと耳と尻尾はしんなりと垂れていて……どうやら酒乱が祟って一晩ぐっすりと寝コケちまったらしいポチの、そんな様子を見て俺とネイは小さく吹き出す。


「ま、今日からは夫婦なんだから、いつでもどうとでも出来るだろ」


「まぁ、ポチらしいと言えばポチらしいしね」


 吹き出し、順番にそんなことを言ったなら、俺はポチの下へ向かい慰め、ネイはシャロンの下へ向かい宥め……そうしていつもの日常へと戻っていくのだった。

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