第6話 華子の料理

「はい、まずはこれをどうぞ」


 お茶を運んで来てから、そんなに経たないうちに藤澤は小鉢に入った食べ物を運んできた。


 見た目的にはキュウリとワカメが入ってて少し汁がある感じだが……料理名は詳しくないので分からないな……。


「これは?」


「キュウリとワカメの酢の物だよー。他の飲食店のお通しとかでもよく出されるんだけど、酸味で食欲が刺激されるから食前に食べるといいんだ」


「へぇ……」


「もちろん佐藤くんが苦手だったり嫌いだったりしたら、残してくれて構わないからね……?」


「いや、食べるよ」


 これなら量も少ないし別に問題なく食べられそうだ。

 小鉢と箸を手に取り、酢の物を口に運ぶ。


「うん、美味いな……」


 口に入れたら瞬間、お酢の程良い酸味が広がる。少し砂糖も入っているのか、ほんのり甘く、そこがまた食べ易い。


 父親と一緒に行くのは大体ファミレスのため、こんなものを滅多に食べない。

 たぶん親戚集まりで、料亭に行った時以来じゃなかろうか……まぁそこでもほぼ食事には手を付けなかったワケ気がするが……。


「よかったー、それじゃあ私は次を準備して持ってくるから」


「ああ……」


 次があるのか……まぁこれだけじゃ一般的に食事と言えないしあるよな。

 量が少ないといいな……。



―――――――――――――――――――――――――――……



「はい、筑前煮ちくぜんにとご飯とお味噌汁! お味噌汁の具は王道を押さえて豆腐とワカメにしてみたよー!!」


 目の前に置かれたのはおぜんに乗った料理。


 手前には茶碗に盛られたご飯に、湯気を上げる味噌汁。

 中央の深い皿には筑前煮と言うらしい煮物が置かれている。

 筑前煮の具は見る限りシイタケ、にんじん、レンコン、里芋、鶏肉、それにこの鮮やかな緑色をしてる平らな枝豆っぽい……これは確かインゲンだったけか?

 藤澤が作ると聞いて、どうなることかと思ったが予想外に本格的なものが出て来たな。

 しかし、これは……。


「……なんというか、物凄く和食っぽいな」


「和食以外の何物でもないけど……もしかして和食が嫌いとかある?」


「いや、別にそんなことはないが……」


 なんか、全体的に量が多い気がするんだよな……。


「あっ一応、少食の佐藤くんを気遣って量は控えめにしてあるよ」


「そうなのか……」


 これで控えた……えっ俺があまりに少食過ぎるのか……?


「とりあえず冷めない内に食べて見て!!……でももし口に合わなかったら、残してくれて構わないからね?」


 そう言った藤澤の顔は、笑ってはいるものの先程までと違いやや硬い。

 無理してる……隠そうとしてるが俺のことを気遣って明らかに無理しているぞ……!!


「分かった……」


 そもそも作った人間が横で見てるのに残せるか!!

 仕方ない、今日だけはちゃんと食べ切ってみせる……!!

 そんな決意の元、筑前煮が盛られた皿に箸を伸ばし、掴んだそれをそっと口に運んだ。



「……物凄く柔らかいし、味が染みてる」


 頑張って食べようと思っていたのに普通にメチャクチャ美味いぞ、この筑前煮!?

 さっきまで色々考え込んでいて気付かなかったが、目の前の筑前煮から出汁のいい匂いが漂ってくるし、具も柔らかいうえに噛んだ瞬間出汁が口の中で溢れてどんどん食べられる……。

 もしかして、これなら無理なく食べきれるんじゃ……?


「そう思う……? なら、よかったー」


 嬉しそうな声を上げた藤澤の顔には、さっきとは違う本物の笑顔が浮かんでいた。

 そうして嬉しそうな勢いのまま説明を始める。


「それはね佐藤くんがよく食べやすいものがいいって言ってたから、煮崩れないことを意識しながらなるべく柔らかくなるように煮ることと、サイズも予め食べやすいように小さめに切ること心掛けてみたのー」


「サラッと言ってるが、それって結構な手間じゃないのか……?」


「そうかもねー、でも食べてもらう人に喜んで貰う事が第一だから手間を掛けるのも料理の醍醐味だいごみだから!」


 俺の問いになんでもないことのように答えた藤澤だが、料理を褒められて安心したのか随分と饒舌じょうぜつだ。


「あ、こっちのお味噌汁も飲んでみてよ。筑前煮と同じ、カツオと昆布の合わせ出汁で作ったんだからー!」


「ああ、分かった……」


 藤澤に勧められるまま、味噌汁に口を付ける。

 口の中に広がる出汁の旨味と味噌の風味が心地良い。最近飲んでいなかったけど、味噌汁ってこんなに美味しかったんだな。


「どうかな……?」


 しばらく黙って味噌汁を味わっていると、藤澤が不安そうに俺の顔を除き込んできた。


「ああ、とっても美味しいよ……」


 そう答えると、藤澤は心底安心したように息を付いた。


「よかった……美味しいと言ってもらえて、丁寧に出汁を取った甲斐があったわ」


「丁寧にって……もしかしてコレにも結構手間が掛かってるのか?」


 さっきの筑前煮の話もあり気になった俺は聞いてみた。


「多少はね。やっぱり出汁って和食の基本だからこだわりたくなっちゃって……私は大体一時間弱くらいは掛けてるかなー」


「そんなに……!?」


「方法によってはもっと短縮出来るし、顆粒かりゅうだしなんかを使えばもっと簡単なんだけど……これは私が好みでやってることだから仕方ないかなー」


「……なんでそこまでするんだ?」


「んー、そうだね……」


 藤澤は少し言葉を選ぶような素振りを見せながらゆっくり口を開いた。


「ありきたりだけど、食べた人に美味しいって思って欲しいから……少しでもいいものを作りたくてかなー。私は料理が好きで、その作った料理で誰かに喜んで貰えるのが何より嬉しいんだ、だからだね」


「そうなのか……」


 喜んで貰いたいか……今なら俺のことだよな……?


 そう考えると、それ以上なんて言えばいいか分からなくなり、その場を誤魔化すためにひたすら筑前煮を口へ運んだ。


 うん、美味しい……。


「ほらほら、せっかくだから筑前煮と一緒にご飯も食べてよー」


 そうするとすかさず藤澤が飯が盛られた茶碗を勧めてきた。藤澤があまりにもそういうものだから、おずおずと茶碗を手に取り、筑前煮を口に入れたあとに米を運んだ。

 確かにこう食べるのも美味しいな……。

 ご飯とおかずを一緒に食べる……それだけなのに随分と久しぶりな気がする。


 何がそんなに嬉しいのか分からないが、藤澤は満足そうに笑っていた。

 そんな中、俺はただただ食事を口に運ぶ。だけどそれは、いつもの食事と違ってイヤイヤではなかった。


「それじゃあ、そろそろ私は最後の料理の準備をしてくるね」


 しばらく食事を進めていたところで、藤澤が唐突にそんなことを言い出した。


「はっ?」


 何を言ってるんだ……?

 えっ最後の料理……?


「料理を持ってくるから佐藤くんは、そのまま食べてていいからねー!!」


「はっ!?」


 いや、これで終わりじゃないのか!?

 待ってくれ、これ以上量が増えたら本気で食べ切れる自信が……っ!!


 俺のそんな思いもむなしく、藤澤は意気揚々と店の奥に消えていった。

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