第44話 夏の始まりと妖怪 1


 能力者たちを困憊させた騒動にけりがつき、将義は日常に戻る。

 今日は終業式で、校長の話を聞いたあと掃除して、通知表が配られた。将義は期末考査が中間考査と同じくらいを維持できて安心している。周囲から聞こえてくる声から判断するに夏休みの補習を受ける者はいないようで皆で海水浴に参加ということになりそうだ。

 少しざわついている教室内を手を叩いて静かにさせて大助は口を開く。


「通知表は配り終わった。皆の反応でわかるように補習を受ける者はいない。思う存分に夏休みを満喫できるだろう。月末の海水浴も同じくだ」


 歓声が上がり、大助は再び静かにさせる。


「はしゃぐのもいいが、宿題はきちんとすませるように。これまで問題なくやってきた皆だから、そういったこともきちんとやれると思う。ついででいいから一学期に習ったことを復習しておくのもありだ。来年再来年には受験生だからな。がっつりやれとは言わん、少し頑張ってみてくれ」


 頷く者、浮ついた者、あからさまに嫌そうな者、反応が様々だった。それに大助は苦笑を浮かべて、説教地味たことは止める。


「まあ、これから楽しい休みってのにあまりテンションを下げることを言うのもあれだから、ここまでにしておこう。これをもって一学期は終了だ。月末に元気な皆と会えるのを楽しみにしている。藤木」

「起立、礼」


 藤木が号令をかけて、皆が立ち上がり頭を下げる。

 大助が教室を出ていき、いっきに教室が騒がしくなった。


「夏休みだぜ! 今日から遊びまくりだぜ!」


 駆け寄ってきた力人がテンション高く、将義の肩を叩く。

 将義はそのテンションに若干の不安を抱く。


「お前そのままのテンションで遊びに集中して宿題忘れそうだなー。明日から海水浴まで午前中だけでも一緒に宿題やるか? 一人よりましだろ」

「遊ぶ時間が削れるのはどうかと思うけど、マサの言うように忘れそうだ。頼めるか?」

「エアコンのあるそっちでやろうか」

「おう」


 将義の部屋には扇風機しかない。それで十分だし、暑いと思ったら去年まではエアコンのあるリビングに行き、今年は魔法でどうにかしていた。だが力人が一緒ならば魔法は使えず、力人が辛かろうと提案する。


「俺も混ぜてほしいが、双子の面倒を見ないといけないからいけそうにない」


 仁雄が羨ましげに言う。


「俺はそっちでやってもいいぞ? ちびたちも混ぜてボードゲームなりパーティーゲームやれば楽しめそうだしな」


 力人が言い、将義も頷く。


「いいのか? だったら頼む。双子も遊びに行くし、ずっと世話する必要もないとはいえ、小学生の低学年だけで家に残すのは不安がな」

「夏休みはずっと双子の世話なのか?」

「いや、八月の半分は両親が相手できる。お盆を中心に休みをずらしてとっていると言ってた」


 お盆前に父親が、お盆後に母親が休みをとっている。

 仁雄の両親も仁雄だけに世話を押し付ける気はなかったのだ。高校生の夏休みを世話だけで潰すのはさすがに申し訳ない。


「双子がいるとは聞いたが、何歳なんだ」


 そう聞く力人に、仁雄は七歳と返す。


「約十歳離れているのかー」

「うちはどちらも子持ちの再婚でな。母さんは親父よりも若いんだ。その分子供を産むのもズレがあった。それで十歳差というわけだ」

「なるほどな」


 年の差を説明され力人と将義は納得し、その後に住所と何時に家に行くかを決めて帰る。

 家に帰った将義は通知表を母親に渡し、一緒に色鮮やかなサラダうどんを食べる。大助からも成績に問題ないと聞いていたので、母親は通知表を見ても小言など言うことなく頷いてすぐに閉じる。


「一年のときと比べるとだんぜんにいいから何も言うことがないわね。むしろ頑張りすぎてないか心配なんだけど」


 口の中のものを飲み込んで、将義は朗らかに笑う。


「大丈夫。今月末みたいに遊んで息抜きするってわかってるでしょ。いろいろと楽しんでるからストレスとかも溜まってないよ」

「だったらいいんだけどね。まあイキイキとしてるのは事実だし。息抜きしたいときは遠慮せずいいなさいね?」

「心配ありがと。こうして美味しいものが毎食出てくるだけでも、ありがたいくらいだけどね」


 ごちそうさまと手を合わせ、食器をシンクに持っていく。

 今日はどこかに遊びに行くことはせず、感想文とレポート二つの前準備をすませておこうと部屋に戻る。どちらも大量の文字数を要求されてはおらず、準備をしっかりとやっておけばまとめて一日で終わるだろうと推測している。

 感想文の書き方やレポートの書き方をネットで調べて、要点をメモしておく。その後にレポートに関連した情報をネットで抽出し、これもメモとして残し、同時に思ったことを箇条書きで残しておく。

 その作業の途中でフィソスがこっちに来たいとテレパシーを送ってきたので、呼び出し猫の姿で胡坐の上に載せておく。たまに撫でておけばフィソスは、それで満足そうに丸まっていた。

 二時間以上集中してきりがいいところまできて、時計を見ると午後三時を過ぎていた。


「休憩入れるか。フィソスはなにか飲むか?」


 鏡からリンゴジュースを出してコップに注ぎながら聞く。


「ミルク」


 深皿に拾ったばかりの頃に与えたミルクと同じものを注いで床に置く。

 フィソスは床に移動し、ミルクを舐める。

 リンゴジュースを飲み終わった将義は立ち上がって、背筋を伸ばし部屋を出ようとする。


「主、どこか行くの」

「家からは出ないよ。すぐに戻ってくるから待ってな」


 階段を降りた将義は母親に声をかける。


「母さんと父さんの本棚をちょっと見るよ。宿題の感想文に必要な本があるかもしれないし」

「いいわよ」


 ありがとと言って将義は両親の寝室に入り、本棚を眺めていく。小説はミステリーに時代もの、映画になったものがあり、ほかにはマンガもある。

 課題は漫画やラノベや写真集以外ならばなんでもというもので、ネットで得たヒントに即したものに当てはまりそうなものを選んで手に取る。

 選んだのは短編集の時代もので、その中の主人公以外の目立つキャラクターに注目して、心情推測や自身ならどうしたかといったことを書こうと決めた。

 部屋に戻った将義はメモとペンを持ってベッドに座って、壁に背中を預けて借りた本を読む。フィソスもそばに来て丸まり、将義に背中を撫でられる。   

 メモをとりながら読み進め終わる頃には、再び二時間ほど時間が過ぎていた。

 今日の勉強時間はこれで終わりにして、フィソスのブラッシングをしたりして夕飯まで相手を続けて、鍛錬空間に帰す。

 帰ってきた父親からも通知表に関してなにか言われることなく、和やかな時間が過ぎていった。


 翌日の朝、予定通りに仁雄の家へと向かう。力人が寝坊してもいいように午前十時に集合するようにしていた。向かう途中で大きな荷物を持った力人と合流し、話を聞くとやはり遅くまでゲームをしていて起きたのは二十分前らしかった。


「慌てて朝食を食べて荷物をまとめて出てきたわ」

「慌てないような時間を指定したつもりだったんだけどな。ちゃんと宿題も持ってきてるのか?」

「それは問題ない。さすがに忘れないさ」


 一人でやるより皆で宿題をやった方が効率がいいのだ。その機会をふいにする気はなかった。

 仁雄の家は特に目立ったところのない一般家屋だ。坂口という表札の横にあるインターホンを押すと、すぐに玄関が開く。

 仁雄が入ってくれと声をかけてきて、二人は屋内に入り、リビングに案内される。仁雄の部屋だと少し狭いのだ。


「「こんにちは」」


 そこにはテーブルに宿題を広げている二人の子供がいた。そっくりというわけではないが、似たところのある男女だ。

 わずかに緊張した様子の二人に、将義と力人は笑みを浮かべて「こんにちは」と返す。


「女の方が雪美(ゆみ)、男の方が雪弘(ゆきひろ)だ。今は緊張して静かだが、慣れればにぎやかになるだろうが勘弁な」


 てきとうに座ってくれと言ってくる仁雄に、頷いて二人は空いているところに座る。


「さっさとすませて遊ぼうぜ。小さい子も楽しめるだろうゲーム持ってきたしな」

「その気遣いはありがたいが、さっさと終わるか?」

「今日一日で全部終わらせる必要もないだろ? ある程度やって今日はそこまでって感じでいいと思うけどな」

「まあ、そうだな」


 仁雄と力人はプリントをテーブルに置く。


「二人はそれからか。俺は面倒なレポートと感想文からやるつもりで昨日準備したよ」


 メモとレポート用紙を取り出す。


「俺はさっさと終わらせられそうなものからすませてしまおうって思ったんだ」


 俺もだと力人に仁雄が同意する。


「レポートは時間かかりそうだったしなぁ」

「そうでもないぞ。読み手を唸らせる内容を求められているわけでもないしな。感想文も感動させるものを書かなくてもいい。ある程度形になっていれば大丈夫だって去年の提出でわかったし。手を抜きすぎなければちゃちゃっとすませたもので大丈夫だ」


 去年もレポートと感想文はあり、提出したそれは正直いい出来ではなかった。だが教師から注意を受けるようなことはなかったのだ。

 誰かのものやネット上のものを丸写ししていれば、やり直しを求められただろうが、自分で考えて提出したとわかるものなので一定の評価は得た。


「ネットでどう書けばいいかのヒントや必要な情報も拾ってきたし、感想文に必要な読書もやった。それを読んでどう思ったかメモも残した。あとはそれにそって書き上げていくだけだ」

「ほー」


 要点をまとめたメモをひらひらとさせる将義に、明確な指針ができていることに感心した視線が仁雄と力人から向けられる。


「書き方をまとめたメモを見せてくれ」

「あいよ」


 将義はメモを二人に渡す。

 なるほどなと見ている二人をよそに学校での勉強会でも使った集中できる魔法を使う。これで宿題がはかどるだろうと将義はレポートにとりかかる。

 借りたメモの内容をプリントの裏に書き写した二人も、プリントに取り掛かる。魔法のおかげか双子も集中力が途切れることなく、あっというまに十二時を少し過ぎた。


「ああ、こんな時間か。お腹すいたろ? 昼を作ろうかね」


 双子に声をかけて、仁雄が立ち上がる。双子もシャーペンを置いて休憩に入る。


「二人は昼どうするつもりだ? よかったら一緒に作るけど」

「俺は家に帰るつもりだった。母さんにいらないって言ってないし、作ってるはず」

「俺は近くのコンビニでなにか買ってくるよ」


 そう言い将義と力人は立ち上がる。坂口家を出た二人はわかれて、それぞれの目的地へ向かう。

 家に帰る途中で将義は母親から昼をどうするかメールを受け取り、今帰っていると返信する。家に帰るとペペロンチーノがもう少しで出来上がるというタイミングだった。

 それを食べて、一度部屋に戻った将義は影の倉庫から木皿を出して、唐谷家でお茶請けに出たクッキーを鏡で生み出して入れる。遊びながらつまむつもりだった。

 お土産を手に坂口家に戻ると、力人も同じことを思ったのか人数分のアイスを買ってきていた。


「気を遣わなくてよかったんだが」


 お土産を受け取る仁雄に、将義と力人は気にするなと肩を叩く。

 昼食後、もう少しだけ宿題をやってしまおうということになり、午後三時前までやって終わる。午後は魔法を使わなかったので、それくらいで集中が解けたのだ。

 

「今日だけでわりと進んだな。この調子で海水浴前までやれるなら八月はのんびりできそうだ」


 プリントをまとめながら嬉しそうに仁雄が言う。先のことを聞いて、力人が思い出したように口を開く。


「あ、そうそう。俺は海水浴前に一度向こうに行って手続きするから、一日だけこれないわ。直接向こうに行って書類を作ったり、使うコテージの確認をする必要があるんだと」

「へー……この兄ちゃんが仕事のミスしたら海水浴中止なんだぞー」


 海水浴と聞いて目をキラキラさせた双子に仁雄が言った途端、双子の目は楽しみといったものから心配するものにかわる。


「小っちゃい子をからかうなよ。向こうの管理人に付き添ってもらうことになっているからミスはしないさ。俺よりもこっちの兄ちゃんを心配した方がいい」


 力人に指差され、俺かと将義が首を傾げる。


「お嬢さんの機嫌損ねたら中止になるってのはまだ続いてるぞ」

「まだ続いてたのな、それ。ああ、そんな目をしなくても大丈夫。先日会ったときは機嫌よかったし」


 将義と力人は双子に心配されつつ勉強道具を片付けていき、遊び道具を広げる。

 最新機種ではなく二世代ほど前のゲーム機を力人がテレビに繋いでいく。


「懐かしいな、それ。小学生のとき持ってた。今もダンボールの中にあるんじゃないか」


 引っ越しのときにしまいこんだようなと仁雄が首をひねる。


「古い機種だけど、今も楽しめるゲームがそろってるしな。今日持ってきたゲームは最新機種でもでてるけど、ルールはこっちの方がシンプルだ。小学生も混ぜてやるならこっちの方がいいだろうさ」


 力人が準備したゲームはたくさんのミニゲームをこなして勝利数を競うものだ。四人同時プレイが可能で、最初は将義が見ていると言ったので他の四人にコントローラーが渡る。

 力人が言うようにシンプルなミニゲームばかりで、双子に気を使う必要もなく、むしろ競うように遊んでいく。力人と仁雄が劣勢だと将義が「年上の威厳がないぞー」などとヤジを飛ばしたりしていった。遊んでいるうちに双子も将義と力人に慣れたのか、口数が増えていった。

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