第42話 呪い騒動の空回り 7

「ん、終わったみたいだな。医療室に戻ろう」


 将義を先頭に医療室に入り、灯をベッドに座らせて、靴下を脱いでもらう。

 灯が幸次に手伝ってもらい靴下を脱いでいる間に、将義がタブレットを操作して、両手に薬をまとわりつかせる。薬は滴り落ちることなく、手全体を覆い留まっている。透明な手袋をしているような見た目だ。


「じゃあ仕上げだ」

「塗るのは俺じゃ駄目なのか?」

「魂に干渉できるなら代わるけど、できんの?」

「干渉ということの詳細は? 霊力を手にまとわせれば霊体に触れることはできるだろう? それとは違うのか?」

「それは相手の霊力や魔力といったものと反発して触れてるように感じられるだけ。肉体と肉体が触れるようにしっかりとした感触はないはず」


 違うかと聞かれ、幸次はこれまでの仕事などを思い出し、自身は前者であり、後者のような感覚はなかったと思う。


「俺には無理だ」

「じゃあ俺がやるしかない」


 せめて同性のパゼルーにと幸次は言うが、事前に確認してできないとわかっているのだ。

 ならば干渉の魔法を幸次かパゼルーに使えばいいという考えもあるかもしれないが、これから行うことは繊細な作業で、うっかり魂を傷つけるということになりかねない。将義なら治癒の魔法を使いつつ薬を塗ることができるため、魂を傷つけても痛みを感じさせることなく即座に治療できるのだ。

 まずは灯の白く細い左足を持ち上げる将義。

 これまで父以外の年上の男に触れられたことがないので、灯は少しばかり恥ずかしそうだ。


「『干渉』『治癒』。じゃあ始めるよ」


 両手で膝を包み込むように持ち、そのまま足首へと手を動かしていく。

 灯はビクンッと体を跳ねさせて、顔を赤くしている。


「どうした!? 痛かったのか!?」


 その反応に幸次が心配そうに聞く。

 ぶんぶんと慌てたように灯は首を横に振って、手話で大丈夫だと伝える。くすぐったかったのだ。肉体に触れられるのとはまた別の感覚で、我慢できなかった。

 これは治癒魔法のせいだ。干渉でわずかに傷つけられた魂が即座に治されて、くすぐりと似たようなことになっていた。

 将義の手が動くたびに、ぞくぞくとした感覚が灯に与えられて、わずかに涙目になっている。両足の作業が終わる頃にはぐったりとベッドに横たわり荒い呼吸を繰り返していた。

 傷つけているわけではなく、医療行為なので幸次も文句は言えず、複雑そうな表情で将義を見ている。

 将義はその視線を無視して次の作業に移る。


「じゃあ喉をやるからそのままでいてね」


 くすぐったいのはどうしようもないと将義は灯の喉に薬を塗っていく。両手でやるのは首絞めに見えそうで、幸次的にも不安になるだろうと思い止めておいた。

 喉にも塗り終わって、将義はタブレットを操作して薬を床へと落とす。薬はすべて床に吸収されていった。


「次は一週間後くらいに。すでに言ったように今回は実感はないだろう。でも次は短く小声を出すくらいはできるようになる」


 身を起こした灯がコクコクと頷く。

 将義は実感がないだろうと言ったが、灯はなんとなく首と両足の窮屈さがなくなっているのに気づいていた。今は声もでないし、足も動かない。しかし普通の感覚に近くなったと思えたのだ。長年強力な呪いにさらされて、感知する能力が自然と鍛えられた。人生の半分近くを荒行や苦行をやりながら過ごしたようなもので、自然と鍛錬のようなものになっていた。灯はもともとの霊的資質が高いわけではなかったが、それでも常人よりは高い霊力を持つに至っている。そのため幸次によって霊力封じのお守りを肌身離さないよう言われていた。

 灯は笑みを浮かべて感謝を伝える。


「礼は受け取っておくよ。さてこれからどうしようかね」

「君は学校に行かなくていいのか? 年齢的にもまだ学校に行っているくらいだろ」

「この体は分身で、本体は行ってる」


 弥生のときと違って、意識は共有状態だ。


「分身? 感じられる力は……人そのもの。いや超人ならばそのようなことができても不思議ではないのか」

「そっちはこれからどうするんだ? やらかしたことから考えると日本全国で指名手配されててもおかしくないな。後始末までは関わる気はないぞ」

「……」


 幸次もやったことの重大さは理解している。それでも娘を助けたかったのだ。

 本来は灯を助けて身を隠すつもりだったのだ。享介というイレギュラーはいたが、ハルターンに記憶を封じてもらうことで自身がやったとばれないようにするつもりだった。しかしハルターンは死んで、隔離していた享介は今頃助けを求めて回収されているだろう。そこから自分の犯行だとばれているはずで、身を隠すにも動きづらいだろう。

 悩む幸次を心配そうに灯が見ている。

 沈黙した幸次がなにを考えているのか魔法で探り、将義は遠視で外部の現状を見る。


「……ほー、なに考えてるんだろうな」


 思わずといった感じで呟いた将義に幸次が視線を向ける。自身に向けての言葉だと思ったが、将義の視線はあらぬ方向を見ていて、遠視を使う能力者と似た印象を受ける。別の誰かへと向けた言葉なのだろうかと思う。


「俺に言ったのか? それとも別の誰かに向けて言ったのか?」

「裏堂会の会長に。あんたがやらかしたとばらしてないな。行方不明になったのもタイミング悪く野良悪魔の戯れに巻き込まれたと言ってる」

「なんで?」

「さあ。ちょっと俺も興味あるし、探ってみようか。動くのは午後からになるけど」


 言いながら足元にいたフィソスを抱き上げて、灯の太腿に置いた。

 なぜだろうとフィソスと灯の視線が将義に向く。


「特に意味はない。あえて言うなら暇だろうからな。少しこの人を借りる」

「なにかここでは話せないことか?」

「いや家に戻れないかもしれないし、今のうちにあんたの家から着替えとかとってきた方がいいだろうって思っただけだが」

「ああ、そうか」


 どう動くことになるのかわからないので、確かにそれらはあった方がいいかもと思う。


「しかしばれてはないとはいえ、会長は俺を探しているかもしれない。当然家には見張りがいるだろう」

「隠蔽の魔法で移動するから人間相手なら見つかることはない」


 ほらと試しに力の欠片から魔力を引き出して姿を消す。将義は特に気配を消すようなことはせず、幸次の背中に回って肩に手を置く。

 魔法を消してようやく幸次は肩に触れられていることに気付いた。


「まったく移動に気付かなかった」


 やや茫然として言う。人間が使える術でここまでの効果が高いものがあるのかと考えてみたが、該当するものはなかった。準備をしっかりとして、夜といった視界のきかない状況でやられたのならまだ納得できたが、目の前で準備なく明るい状況でやられると人間技ではないように思える。


「超人というのは本当に規格外なのだな」


 行くぞと将義に誘われて幸次は灯にいい子で待っていてくれと行って宇宙船から出る。


「空に出るからじっとしといてくれよ。じっとしてれば落ちることはないから」

「善処するが、いきなり空に放り出されて冷静でいられるかどうか」

「まあ、少し落ちてもすぐ追いつけるし」


 鍛錬空間から出た二人は富士山を超える高さから地上を見下ろしていた。

 幸次はパラシュートなど落下措置をとらずにこの高さにいることにビクリと体を揺らしたが、暴れることはなくじっとしていた。


「一応家の方向を指差して」

「あっちだ」


 俯瞰図からここらがどこか把握した幸次の指差した方向へと将義は高速で飛ぶ。

 十分ほどで大内家の上空に到着し、将義は高度を落とす。


「おそらくいるな」


 幸次は家周辺に止まる車を見て、どれが見張りか見抜く。そしてかなり目立つ方法で帰ってきたのに、見張りが反応を見せないことから隠蔽魔法の効果の高さを再確認した。


「俺は見張りの人たちの記憶見てくるから、そっちは荷物まとめといて」

「わかった」


 幸次は鍵を開けて家に入る。誰か、享介の指示だろうが、自分と灯以外の者が屋内に入った形跡が感じられた。

 着替えなどをさっさとまとめて、ついでになにを探られたか確認してみる。

 なくなっていたのは仕事用のノートパソコンと資料だ。計画と関係ないものも持っていかれているため、手当たり次第に持って行ったという印象を受ける。

 それを確認したあと、少し気になったことがあり、テレビをつけてみる。計画の影響で各地で死者が出ているはずなのだ。それらの情報がほしかった。


「……どこにもそれらしきニュースがない? なぜだ。命はたしかに集めたはず」


 ニュースを見ながら考え込んでいる享介に、将義が声をかける。見張りからの情報入手をすませて玄関先で待っていたが、出てこないのでなにをしているのかと確認にきたのだ。


「荷物まとめ終わったんなら帰るよ」

「あ、ああ。なあ、昨日の儀式で死者が出たはずなんだがニュースではそれらしきことを言っていない。止めたお前はなにか知っているか?」

「集めた命のほとんどは持ち主に返したから、多く死者はでてないはずだぞ。あの時点で死にかけていた人間以外は」


 老衰や事故で重傷を負った死にかけの人間は、寿命を削ったことがとどめとなって死んでいる。死者の関係者は寿命が尽きたと認識していて、その死を受け入れていた。あの儀式は残り少ない寿命を削ったが、それを一般人が知るわけもないのだ。

 原因を知る将義は死ぬのが早まっただけと考え、幸次は少しでも生きていられる時間を奪い取ったと気にする。

 幸次はなにを犠牲にしてもいいと思っていた自分が気に病むことに、傲慢さを自覚する。娘が助かったが故の余裕で、死んでいれば気に留めることすらなかっただろう。


(ああ、なんて自分勝手で醜い)


 己の利益を追求し精霊を害した裏堂会幹部と同じところまで堕ちたのだと考える。

 将義から言わせてもらうなら、目的を果たしたのだからあとは灯とどう過ごすか考える方が建設的。殺しまではいかずとも誰かを犠牲にしてなにかを成し遂げる。それは珍しいことではない。最優先すべきことを忘れるなというものだった。


「ぼーっとしてないで帰らないのか」

「……帰るさ」


 旅行鞄と車椅子を持ち、将義が開けた鍛錬空間へと入る。

 宇宙船に入り、荷物を置いたあとも幸次は考え込み、灯から心配される。


「ん? 今後どうしようかって考えていたいたんだ」


 それだけとは思えず本当かと手話で伝えてくる灯に、誤魔化すように幸次は頭を撫でる。

 それに灯は表情を歪める。

 こうやってなにを考え、なにをやろうとしたのか幸次から伝えられないまま現状に至っている。

 灯はなにが起こったのか正直把握していない。目が覚めたら将義がいて、見知らぬところから見知らぬところへ。そして声と足が治ると言われた。それは嬉しいことだが、なにかしらの異常事態が起きていたのではともなんとなく思うのだ。そのせいで父親が悩んでいるのではなかろうかと手話で伝える。

 悩みを共有したいわけでなく、解決しようという考えでもなく、ただ心配するだけ。それだけではあるが、必死に伝える。元気がないのが心配なのだと。誤魔化さないでほしいと、少しくらいは悩みを知りたいのだと。


「……」


 幸次は悩む。話していいものか。自分がやりたくてやったことだが、この子に嫌われることだけは耐え切れる自信はない。

 黙ったままの幸次から視線を外して、灯は将義に何か知っているか意思を伝える。

 灯が知りたいのならと将義は説明を始める。幸次は止めようとしたが、いつの間にか背後に回っていたパゼルーによって止められた。


「君の治療のためいろいろとやらかしたんだよ。それを今になって後悔? 後悔というには少し違うような気がするな。やったことを恥ずかしいとかやらなければよかったとは思ってない。まあ君が助かったことで余裕が生まれて、自分がやったことを考えて申し訳なさが生じているってところか」


 詳細までは語られなかったが、父の元気がないのは自分のせいかと灯は泣きそうな表情になる。


「君のせいかというとそうでもないような……原因の大本は別人にある。だから責任を追及していくと、そいつが悪いってことになる」

「それでも俺がやったことはなかったことにはならないだろう」

「だろうね。いろいろと迷惑を被った人もいるだろうし、事情を知れば罵られることもあるだろうさ。事情を知られていない現状では、罵倒してくる人はいないだろうけど」

「罵倒する人がいなくとも、なかったことにしてはいけないはずだ」


 将義はめんどくさそうに手を振る。


「悩むのも罪悪感を感じるのも俺がいないところでやってくれ。そこまで関わる気はないんだ。俺は子供が不幸になりそうだったから助けただけ、それ以外に興味はないんだから。糾弾されて楽になりたいなら、事情を知っている奴のところに行くか、自分から事情をばらして罰を望んでくれ」

「楽になど」


 思わず反論したが、幸次はそうかもしれないというなにかが心にはまる感じもあった。

 自分だけが幸せになることがいまさら申し訳なくなり、少しでも責められて心に生じた罪悪感を晴らしたい。

 そうではないかと心の中で、自身の声が問いかけてくる。その通りだと答える自身の声もあった。

 それらの考えを将義は魔法で読み取り、言い放つ。


「人間だね。自分勝手。喉元過ぎれば熱さを忘れる。喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。誰だってそうなんだし悩むのものほどほどにしといたら? 悩みすぎて一緒にいたい対象を悲しませるのは本末転倒じゃないの?」


 その客観的な人間を表す言葉に幸次は、将義が人間からずれているようにも思えた。できることは人間から外れているが、精神的にも似た感じを受ける。

 悪人外道というわけではないが、人間としての立ち位置が多くの者からは、ずれている。かといって人間そのものからずれているというわけでもない。行動基準、物事の好き嫌いがはっきりしすぎている。

 もとからそうだったので超人に至ったのか、超人となったが故にそうなったのか、少しばかり気になったが問うたところで返答など期待できず、口に出さず心の奥底へとしまう。

 将義の言うように、いまだ泣きそうな灯に向かい合う。


「パパはお前を元の体に戻したいと思った。だからたくさんのことをやってきた。その中にはすごく悪いこともあったんだ。だからごめんなさいしなければならないと思っているんだよ」

「……っ」


 父がようやく明かした心情に灯はこくこく頷く。悪いことをやったというのはショックだが、本当のことを話してくれた嬉しさもあった。

 幸次は話しながら、心が決まっていく。罪を償おうと。正直自分が楽になりたいだけだろうという自覚はある。しかしやらかしたことの償いはしようと。


「ごめんなさいしてようやく、お前と幸せに暮らしていけるんじゃないかって。今のままでも幸せにはなれるんだろう。でも心のどこかで暗いものが残ると思うんだ。確実に謝るだけじゃすまないだろう。しばらく会えなくなるかもしれない。でもずっと会えなくなることはないと思うから」


 将義の介入のおかげで被害はかなり少なくなっている。大騒ぎはしたが大事件という規模にはなっておらず、事情を加味して情状酌量も狙えるだろう。自身のせいで忙しくなった能力者業界の後始末に駆り出されることも考えられる。処刑するよりも使い潰す方が有効だと、享介たちトップは考えるだろうと予測した。

 幸次の考えを呼んでいた将義はなるほどと頷きつつ、自分の情報を取引材料として使おうとしないところにプラス評価する。それはそれとして情報が漏れないよう魔法は使っておくつもりだ。

 幸次としみれば圧倒的に格上で、灯の回復手段を握っている恩人の将義を売ることは考えられないことだ。享介に問われても断じて話さない覚悟もある。


「……」


 灯は手話でまた一緒に暮らせるのを待ってるからと、いつまでも大好きだからと伝える。

 ありがとうと幸次は灯を抱きしめて、灯も幸次を力のかぎり抱き返す。

 そして幸次は享介のもとへ自首する思いで、灯から離れた。


「今すぐに離れ離れになるような雰囲気を出しているところ悪いが、せめて灯ちゃんが健康に戻ってから自首してくんない? 健康に戻るまでの世話とかその後のこととかこっちに任されても困る」


 善は急げというわけではないが、すっかりその気になっていた幸次は

たしかに灯の今後をしっかりと決めてからだと思い、それまでの間をどうするか考える。


「あと四回から五回。灯の治療にかかる回数はそうだったはず」

「あってるよ。だいたい一週間かけて塗った薬を浸透させるんだ。だから一ヶ月かかるとみておいて」

「自宅ではすごせそうにないから、ここで一ヶ月という感じなのか?」

「俺はそれでいいけど、やることなくて暇すぎるだろ。どこか隠れ家とかないの?」


 セーフハウス的な物件に心当たりはないのかと聞く。管理職なのだから、能力者が使えそうな場所を知っていると思ったのだ。


「あるにはあるが、裏堂会管理のものだから使っているとすぐにばれる。やはり一度会長に会って、その上で一ヶ月の猶予をもらえるよう交渉するべきだな」

「拘束される可能性があると思うけど」

「会長は灯に同情していたし、現状を知ればすぐに引き離すことはしないだろうさ。逃げられない呪いでも受け入れれば信じてもらえるはずだ」


 将義のことや宇宙船のことは話せないので、説明が怪しくなるかもしれないが、そこはなんとか説得してみせるつもりだった。

 そうなるといいねと言いつつ、将義は拘束されたら連れ出して灯の件が終わるまでこっちにいさせようと考える。逃亡したと判断されるだろうが、些細な問題だなと気にしないことにした。

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