第2話 再会

王朝歴一三〇〇年


 荷馬車の軽快な土を踏む音が聞こえてきたとき、コルポト村は活気に溢れる。グラジオス城下町から馬車で東に三時間ほどのところにあるこの小さな村に、三月に一度、世界中を旅している行商人親子がやってくるのだ。衣類や食糧といった生活品に加え、辺境の地の遺跡から発掘された首飾り、海の底に眠っていた鏡など、世にも珍しい品々にお目にかかれる機会だってある。村人たちは、親子を腕のいい商人と思っている。


 だからはじめは疑問だった。村に住むのはせいぜい三十人程度の小規模な集落である。それだけ多岐に渡る商品を扱えるなら、こんな小さな村にこなくても商売は成り立つのではないか。それでも親子は三月に一度、必ずやってきたのだ。理由はふたつ。自分たちの商品をよろこんでくれる者のところには労を惜しまず足を運ぶことが信条であるから。


 そしてこの村に住む一人の青年に会うために。


 親子はさっそく広場で商売の準備をはじめる。父親は茶髪を短く刈り揃えているが、息子は同じ色の髪を丁寧に一本にうしろにまとめている。色違いの麻の上下にベストを羽織っている。身体の線は細めながら筋肉はしっかりついている。腰に剣を佩いているので、行商人というより旅する剣客にも見える。


 広場にはあっという間に村人たちがとり囲んだ。馴染みの客だが、職業病がら、息子は商品に注意を払いつつ友人の姿を探していた。


「今日は南の国レジーナの品をたくさんお持ちしましたよ」


 父親の張りのある声に、見物客が盛り上がる。


「うええ、またこの臭い食べものを持ってきたんだな」


「ニマは保存も効きますし身体にいいんですよ」


「効能はわかるけどよう、おれはどうにも臭いがだめだあ」


「身体によいものは癖が強いものです」


「交易が盛んになるとこんなへんてこなものまで拝めるんだなあ」


 別の客がささくれ立った草の編み物を手にとっている。わいわいと賑やかな雰囲気で商品が見定められてゆく。

 村で小さな宿を経営する若女将が茶色の髪留めを手にして行商人の息子に渡した。


「カイル、これちょうだいな」


「はい、まいど。ルメル銅貨二枚です」


「あなたのところの品はいつも庶民的な値で助かるよ。村のみんなも楽しみにしてるしね。お礼に宿で食事くらいはご馳走するよ」


「いつもすみません」


 カイルに銅貨を渡してから、「あ、そうそう」と若女将は言った。


「タウラは裏山にいるよ。あとで顔出してあげな」


「はい」


「最近はあの子とも意思疎通ができるようになってきてね」


 若女将はうれしそうに話す。商品が飛ぶように売れる中、カイルははやくタウラのところへ駈け出したくてうずうずいていた。今日はとっておきの情報を手土産に持ってきたのだ。浮き立つ心を鎮めるように、若女将から受けとったルメル銅貨の重みを確かめた。

 小一時間もすると客が引けたので、商売道具をしまいにかかる。


「親父、タウラに全部伝えていいか」


「そうしてあげなさい。行動するかは彼次第だ」


 カイルの父は強制することはしない。本人たちの意思をまず確認する。選ぶのはカイルたち自身であって自己責任だ。よくいえば放任主義、悪くいえば無責任に聞こえるが、父は感覚として知っているのだ。強制することで得た知識や技術は学ぼうとして得たそれには敵わないことを。下手に覚えてしまって世に出れば致命的な結果を招く確率が高まる。恐怖を遠ざけるため、死を遠ざけるために人は進んで修練するのだ。


 だからカイルとタウラが父から剣術を学んだのも、自ら望んでのことだった。おかげで二人とも――父の教えがあってこそだが――二十に満たない年齢でかなりの技量に達していた。


 コルポト村に弟弟子のタウラ・ヴィンスは暮らしている。もともと城下町に住んでいたタウラとその家族だったが、昨年の「昏睡事件」があってから、この村に一人で身を寄せている。正確にはタウラにだけ城下町を出ていくように国からお達しがあったのだ。事件が起きたとき、カイルは父と商売行脚に出かけていた。弟弟子の晴れ舞台を観たかったのだが、仕事のためやむなく城をあとにしていたのだ。


「次に会うときは王国騎士か」と、誇らしさと寂しさが半分ずつ。


 しかし、町に戻ってきたらタウラがいなくなっていたと知り呆然とした。てっきり王国騎士になっていたと思っていたのに。腕前は父も認めていたのだ。とはいえ確実に勝てるという保証はない。万が一ということもある。それを踏まえたとしても、姿を消すとはどういうことだ。一連の経過にキナ臭さを感じて理由を調べてみると、どうやらタウラは王国騎士の試験を突破したものの、体調を崩し辞退したのだと聞き及んだ。


「そんなばかな話があるか」


 グラジオス城下町を行商の拠点にし、タウラと一緒に剣の稽古をした三年間で、彼は一度だって体調を崩したことがなかったのだ。決して屈強とはいえない体つきでありながら、毎日剣を降り続けることができたのは心の芯が強いからだとカイルは思っている。その強さは先天的なものではなく、おそらくタウラの父が早世したことも関係しているのだろう。母子家庭となったタウラは母と妹の前に立ち家を背負うことになった。責任感が彼を成長させたともいえる。


 カイルは、グラジオス城下町にあるタウラの実家にも寄った。母と妹はカイルの姿を見て涙を流した。一人息子を失ったも同然なのだ。


 そういうこともあり、カイルはうわさを信じなかった。そしてタウラがこの村に居を移したことを突き止めたときには胸が弾んだ。王国騎士にはなれなかったが、また昔のように一緒に剣を振れる日々が来るかもしれない。城下町に住めないのであれば一緒に行商にまわったっていい。実家には手紙を送らせよう。世界中の人と交流し、可能性を広げればいいじゃないか。タウラはまだ十六だ。小さな村で身を落ち着かせるにはあまりに若い。これからやれることはたくさんある。落ち込んでいるなら尻を蹴り上げてやる。そう意気込んでコルポト村に向かった。


 だが、久しぶりの友との再会はカイルをよろこばせはせず、逆に絶望に突き落とした。


 タウラは言葉を失い、死の病に冒されていたのだ。

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