第53話:ある夏の日の終わり。
ようやくこれで一区切りだ。俺はスマホをテーブルに置いて一息ついた。
最初に電話を掛けたのは荒川家。出たのはあいつのお母さんで、最初は俺の怪我の心配をしてくれた。あの女のことを聞かれたので包み隠さず告白した。
話をしていくうちにわかったことだが、どうやら
そこから話すのかと一瞬げんなりしたが、俺は覚悟を決めて言葉を紡いでいった。泣きそうになるのを懸命に堪えながら話した。おばさんは黙って聞いてくれた。
そして話の最後に、俺は何度も申し訳ないと謝りながら個人的に荒川家と縁を切らせてほしいと伝えると、永遠に思える数分間の沈黙の末、了承してくれた。
ただナオちゃんが取り乱して泣き叫んだときはさすがに驚いた。
あの子はいい子だ。昔はよくキャッチボールをして遊んだこともある。あの女の妹とは思えないくらい素直で純粋な子。俺も妹のように可愛がっていたから、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「晴斗がそう思っているなら、その子とだけは、縁を繋いでおいたら? すぐに全部断ち切ろうとするのは心が辛くなるよ?」
早紀さんはそう言って微笑んでくれた。少し時間を開けてから、ナオちゃんにだけはメッセージを入れておこうと思った。キャッチボールの約束は、もしかしたら早くできるかもしれない。
あの女の家に電話をした後。今度は実家に電話を掛けた。我が家も出たのは母。しかし第一声は心配ではなく怒りだった。どうしてこっちに帰ってこないのか。なぜ連絡の一つも寄越さないのか。みんな会いたがっているのに、等々そんなことを言っていたと思う。
「母さん……俺、夏はもう帰らないから。怪我していること知っているだろう? それなのにどうして……いや、別に何でもない」
『どうして!? 今は怪我をして練習も休んでいるんでしょう!? なら帰ってきなさいよ! あんた恵里菜ちゃんのことはもういいの!? 幼馴染でお付き合いしているんでしょ! なら会いに来るのが当然―――』
「あぁ、あいつとはもう別れたよ。別の男を高校で作ったみたいで振られたよ。それなのにのこのこと、何食わぬ顔で見舞いに来たよ。それで、まぁ色々あって。俺は個人的に荒川家とは縁を切ることにしたからよろしく。それじゃね。多分、年末も帰らないと思うからそのつもりで」
『ちょっと!? それってどういうことよ!? 待ちなさい、晴斗! はるt』
最後まで言わせず、俺は電話を切った。すぐに折り返しの着信が鳴るが、話すことはないので取らずに切るがまたすぐに鳴る。鬱陶しいのでスマホの電源を落とした。
「お疲れさま。よくがんばったね、晴斗」
そう言って早紀さんは俺の頭を撫でてくれた。今まで誰にも言えず、一人で抱え込んでいたものを吐き出すことが出来たのは、早紀さんが自分のことを一生懸命話してくれたからだ。言いにくいこと、俺がどこかいくのではないかと不安になるほどのことを俺に伝えようとする姿に俺は勇気をもらえた。
そしてこの人になら話してもいいと、俺の抱えていたモノを吐き出してもいいのだと思えた。
きっとそれは、俺と早紀さんが似ているからだろう。大きな夢を持ち、その夢のために藻掻き苦しみながらも必死になって前に進もうとしている。
この姿を見て、俺は早紀さんなら受け止めてくれると信じることが出来て、吐露したのだと今にして思う。
さらに不思議なもので、一度誰かに悩みの話をすると吹っ切れるもので、俺は勢いのまま
「でもよかったの? 幼馴染のお家もだけど、ご両親との話もあんな感じで終わらせて……」
「どうですかね……ただ言えるのは、今は話すらしたくないってことですかね。あらゆるところで嘘をつくような
明秀高校に進学することを決めたのは俺の意思だ。そこに両親の意向は一切なかったし、むしろ反対されたくらいなのに各種メディアに話を聞かれた際は聞いているこっちが呆れるほどで。里美さんなんかはすぐに電話をしてきて、
―――あれはひどくない!? さすがに寛容な私もぶちキレそうなんだけど!? そういえば早紀ちゃんの知り合いに女子アナさんがいたよね!? ほら、熱戦甲子園のMCやっている人! あの人にリークしていいかな!? いいよね!?―――
なんて言うものだから全力でなだめたのを覚えている。なにせうちの両親を説得してくれたのは里美さんだから気持ちは痛いほどわかるし、俺の代わりに怒ってくれているのがすごく嬉しかった。
「それに……今は気持ちの整理がついていないだけで、いずれちゃんと話をしようとは思います。まぁそれもいつになるかわかりませんけどね」
「うん。今はそれでいいと思う。だけど、必ずちゃんと話すんだよ? 後悔だけはしないようにね」
「はい。本当に……ありがとうございます、早紀さん」
「気にしないでいいよ。私だって……晴斗には助けられているんだから。いつも元気貰っているから、たまには返さないとね!」
フフッと笑う早紀さん。そんなことはない。俺の方が元気やそれ以上の物をもらっているのだと口にしたかったが、なんだか恥ずかしくなって黙ることにして、そういえば飲もうとして注いでいたコーラに手をつけた。
時間も経ち、常温にさらされていたことで温くなっていて不味くて思わず顔をしかめる。その様子を見て早紀さんが一つ笑うと、冷蔵庫からボトルを取り出して注ぎなおしてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。はぁあ―――夏に飲むコーラは最高ですね」
もうすぐ夏が終わる。まずはこの怪我を癒すこと。そして待ち受けているのは春のセンバツに向けた戦いだ。松葉先輩達三年生が抜けた新チームでどこまで戦えるか不安はあるが、狙うはもちろん優勝だ。
学校行事では九月末に文化祭がある。うちのクラスはどんな出し物をするのか結構楽しみだが俺や悠岐は秋季大会に向けての練習があるから色々忙しい。そもそも俺は怪我が癒えていない。
なんてことをぼんやり考えるある夏の日の事。決勝戦を観ることが出来なかったのは残念だったし、予期せぬ再会に困惑し戸惑いもしたけれど、早紀さんのことを知れて抱えていたものを吐き出すことが出来た、とても濃い一日だった。
「晴斗……本当に今日は、お疲れさま」
隣に座る早紀さんがコテッと俺の肩に頭を乗せた。なんだろう、感情を吐露し合ってから距離感に遠慮がなくなった気がする。心臓に悪いからやめてほしいが、やめてほしくない。この心地のいい矛盾の正体を考えていると、ふと思い出すことがあった。
「…………あれ、なんか忘れているような……?」
―――晴斗ぉ……さっきは適当に誤魔化されたけどそうはいかないぞぉ……飯島さんと何があったのか、洗いざらい僕に話してもらうからなぁ……―――
親友の怨念の声が聴こえた気がした、ある夏の夕暮れ時。
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