終焉の魔王(11)

(これはどう受け取るべき?)

 プリシラは迷いの中にいる。

(ゼビアルとルージベルニは前に出てきている。ケイオスランデルはいない。マッチアップにはおあつらえ向きな状況)

 それだけに踏み込めない。


 魔王が自分という手札を切ってこないところが不気味でならない。普通に考えれば何らかの陥穽が待ち受けているように思える。

 しかし、そうした心理的なミスリードを誘うのも彼の得手とするところ。引っ掛かって手をこまねいていれば余計に深みにはまっていくような気がしてしまう。


(単純に全体指揮のために下がっていると思うべきかも)

 いつに増して動きが鈍い感じがするのが裏付けていると思える。

(中途半端は思う壺。例の作戦を成功に導くためには今動かないと)

 逡巡する自分を叱咤する。


「姉上、予定通りでいいですね?」

「当然。ルージベルニは任せたわ」

 一瞬の間も空かない辺りが上官の思い切りの良さを示している。

「では、ご武運を」

「あなたこそ後輩なんかに負けるんじゃないわよ?」

「元より油断できる相手ではありませんので」

 本気で掛からねばすぐに勝負はついてしまうだろう。


 連合軍二千八百機が中核となる二機を前面に押し立ててくるのに対し、ゼムナ軍はレーバの二千七百が同じく横隊で接近する。上下のシャウテン隊とスビサレタ隊それぞれ七百が呼応するように前進すると全体が十字の隊形となり、敵先陣に対して砲火を集中させていた。


(砲撃戦ではブラッドバウの勢いは殺せない。エイグニルもついてきている)

 プリシラもビームカノンで砲撃戦に加わる。まだ機動砲架レギュームを使う段階ではない。


 ゼビアルがいつものように砲火の中を突っ切ってくる様子はない。孤立を怖れるというより全体の流れを壊さない動きに見える。


「流れはもらったわ。あの剣王ともあろう男が一度の失敗で日和ったのよ」

 ジュスティーヌも同じ感想を抱いたらしい。

「采配を魔王に譲った。でもね、のろまなブラッドバウに怖さなんてない。勢いが死ねばただの個人技量に頼った集団でしかないわ」

「確かに。魔王の戦術は怖ろしさがありますが、おそらくブラッドバウでは実行能力に乏しいでしょう」

「統一感が失われれば脆さが際立つはず。予定通りでいくからよろしくね」


(戦場では迷ったほうが負ける)

 彼女は自分の欠点をよく知っている。

(迷った挙句にリューン・バレルは自軍の長所を捨てたのね。一回だけの失敗が更に大きな失敗を招こうとしている。ここで私が迷わず前に出れば勝利が近付く)


 ペダルを踏みこむ。今必要なのは訓練通りに身体に任せること。ぐちゃぐちゃと考えこまなければ道は拓けるはずだ。

 非戦闘員なら確実に腰が引ける光芒の嵐の中へと進みでる。目標は見つけやすい。敵性カーソルと同じ鮮やかな赤いボディの持ち主なのだから。


「プリシラ?」

 黄色い機体に気付いたニーチェが共有回線で呼びかけてくる。

「ええ、私よ」

「一人なんでしょ? パパが言ってたし」

「気付いてらしたのね」

 動きだけで見切られていたのだ、彼女が一人でデュープランを操っているのも。

「大人しそうな平和主義者だと思ってたのにそんな度胸があるんだ?」

「誰かに引きずられないと戦えないとでも思った? 違うの。私にも戦う理由があるんだから」

「だからって同情もしない。それに許さないし。あたしを利用してるってパパを責めたでしょ? 自分の意思で戦っているのに!」

 知らずニーチェの反感を買っていたようだ。

「彼はそんなことまで話したのね」

「聞いてない! パパはそんなみっともないことはしない! あたしが戦闘映像を覗いて一人で腹を立てただけ! 邪推の対価は払ってもらうし!」


 プリシラの戦気眼せんきがんが危険を知らせる。一瞬にして無数の輝線がデュープランへと襲い掛かってきた。

 ルージベルニの肩の球体ユニットが高速回転を始めるとともに連射を吐き出ししてくる。右肩のユニットはケーブルで繋がりもしていないのに遊離した。


(もう自在に操っているんだ)

 間合いを取る。

(本当に電波誘導なのね。でも、それは姉上の戦闘映像で見せてもらった。怯んだりはしない)

 逃げたのではない。

(レギュームで応じるだけ。機動砲架を操るのなら私のほうに一日の長があるんだから)

 四基の機動砲架レギュームに射出を命じる刹那の時間が必要だった。


 同じ機動砲架を用いるのにも戦闘スタイルには違いがあるようだ。ルージベルニのボールは機敏に動き回りながらも、機体のほうも素早い機動を見せる。

 彼女は一基のレギュームの閉塞磁場を防御に用いながら残り三基で弾幕を張る。それでニーチェは本体もボールも接近させられないでいた。


(徐々に後退してる)

 プリシラは受け身の攻撃をしている。

(それでいいの。ここは退いてみせる)


「怖気づいたのかよ、女帝エンプレス! いつもみてえに強引に噛み付いてこねえんじゃ面白くねえぜ!」

「黙んなさい、剣王! やっと気分が乗ってきたところなんだから」

 上官も上手くやっているらしい。

「遅えよ!」

「女は準備に時間が掛かるものなの。そんなんじゃ、あのお人形みたいな可愛らしい奥さんに愛想をつかされてしまうんじゃない?」

「ほっとけ。お前に心配されなくたって上手くいってっからよ」


 痴話喧嘩じみたやりとりに意識を奪われている余裕はない。ルージベルニの左のボールも遊離してきた。防御に使っている一基で拡散ビームを放つが回転するブレードに弾かれている。


(感性では勝てない。ホアジェン時代もそう感じた。戦闘勘でも劣っているかもしれない。でも、負けるわけにはいかないのよ)


 プリシラは四基を操り、優位性を保ちつつ後退を演じた。

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