善悪の向こう側(11)

 チャージに戻していた機動砲架レギュームを射出する。機動力を活かして飛び回るケイオスランデルには拡散ビームは有効でない為、狙撃に重きを置く。しかし、緩急のある機動と防御力の高い光盾に阻まれて直撃は与えられない。


(逃がさないようにしておけばいい)

 プリシラは割り切って、絶え間ない攻撃を心掛けている。

(そうすれば姉上がニーチェを……。それでいいの? 私は何をしているの?)

 勝気だった少女の姿を思い、心が悲鳴を上げている。


「口振りからしてライナックの正義を鵜呑みにしているのではなさそうだ。それでも秩序は大事に思っているからの進言だったのだろう?」

 魔王が答えを迫ってくる。

「戦後のゼムナはライナックを要石として秩序を形成してきました。打ち砕いてしまえば乱れは大きく波及してしまうでしょう。フェシュ星系だけに留まらず、人類圏にあまねく不安が広がるかもしれません。それは認められないのです」

「確かにゼムナ軍は各地の紛争に介入し、鎮圧してきた。秩序維持に貢献してきたといえよう」

「払ってきた犠牲も少なくないのです。簡単に捨てていいものではありません」

 正義と秩序の看板を。

「半面、疎かにしていたものからは目を逸らすのかね?」

「それは……」

「人類圏に紛争の無い状態が正義だと謳う。それは正しいのか? 戦争状態でないだけが善で、秩序を乱す者は悪か? ライナックにとって粛清対象でしかないのか?」


 30m超えの大型アームドスキンがビームの間隙を縫う。時に逃げ道を塞ぐように同時に、時に回避に専念させて精神的に追い詰めるべく時間差をつけて砲撃をくわえる。なのに、漆黒の竜頭人身は一定距離に縛り付けるが如く全てを躱してみせた。


(磔にしているのはどっち? まるで私を動けなくさせるかのような動き)

 操縦技術の巧みさと年季で語るのは足りないとまで思わされる。


「戦争など愚行の極みです。生み出されるものは悲しみだけではないですか?」

 理念が上滑りしている感は否めない。

「人類の技術の多くは戦時に生み出されている。が、それを論じたところで君の心を変えるのは難しいだろう。しかし、紛争の無い状態でなら人は安穏に暮らせるのかね?」

「大切な人を死地へ送り出す恐怖からは逃れ得ます。それを平和というのではないですか?」

「では、紛争を鎮圧するのに武力を行使するのは平和的行為なのかね? そこに含まれる矛盾から目を逸らすのは簡単だ」

 心理的に追い詰められつつあるのは自分のほう。

「君は一面では正しい。だが、あまりに視野が狭い。そう育てられたのか、意識してやっているのかは分からん。そんな理屈では誰も納得させられんぞ」

「分かっています。でも、何もかも上手くいく方法などどこにあるというのです? 紛争なき世界を求めるのならば多少の事に目を瞑るしかないではありませんか?」


 プリシラの昂揚が機体同調器シンクロンへと反映され、レギュームが僅かに接近しすぎる。その隙を見逃さず加速したケイオスランデルは光爪を振るってきた。彼女は慌てて砲架を跳ねさせる。

 向けられた砲口が放つ輝線に集中し、本体を滑らせレギュームを回避機動させる。魔王は冷静に議論しつつも精密な攻撃を重ねてくるのに、プリシラは平静ではいられなくなっている。


(これは自己欺瞞を掘り返されているから? 本当は誰が正しいのか認めたくない自分の所為?)


 一目で聡明な人物だと感じたジェイルの面影が脳裏をよぎる。事前に調べ上げ、理論的かつ頭脳戦を用いた手法を取る捜査官だと知っていたからかもしれない。彼の面影がずっと心の奥で眠っていた。そして当人を前にしている。


「無論、誰もが安寧を享受できる世界などあり得ん。人は多かれ少なかれ苦しみを背負って生きているものだ」

 残響を含む声がプリシラの心へと切り込んでくる。

「人類皆が世界平和と人の安寧を願い続けるのも不可能だ。しかし、少なくとも政治の中心たる人物は願い続けなくてはならん。平和の為に人心の荒廃から逃げてはならんのだ。ましてや助長するなど論外である」

「だからと言って、平和を乱してでも質そうとするのは本末転倒です。人はもっと利口な生き物なのではないのですか?」

「理想だな。が、それを超える事はないのだよ。君の奥底でも渦巻いているものを人類全てが持っている。人を驕奢きょうしゃに導いてしまう欲望それを」


 良心の呵責が怒りへと転化する。彼女の身体は熱く燃え上がり、攻撃は苛烈さを増す。

 デュープランからの砲撃を含め、五方向からの攻撃がケイオスランデルを襲うが、広範囲をカバーする半透過性の盾に阻まれる。その隙に空間を泳いだ機体は、相手の光爪を弾きながら肉薄した。


「あなたがそれを言うのですか! 理念は確かに崇高なのかもしれない! ゼムナの現状を変えようとしているのかもしれない! でも! あなたは自分の娘を戦いに巻き込み、あまつさえ死地へと追いやろうとしている! その事実から目を逸らして私だけを責めるのですか!」

「果たしてそうか?」

 あくまで声音は平静だ。

「娘ならば問題ない。剣王ならばともかく、女帝エンプレスでは撃破など無理だろう」

「え?」


 魔王の告げた言葉にプリシラは一瞬呆けてしまった。

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