魔王と剣王(5)

 腰まである長い栗色の巻き毛を揺らしながら彼女は颯爽と歩く。若さゆえの張りと、内からみなぎる自信でより輝きを増している。

 副官を務める女は少し頬を染めながら後ろを歩いている。彼女からは瑞々しい背中からヒップラインまでが丸見えだ。上官の女は降機後もパイロットブルゾンさえ羽織らずスキンスーツのままで通路を行く。


「実戦レベルまでは十分に引き上げられたでしょう?」

「はい、姉上」

 実姉ではないが近縁ではある。

「第三打撃艦隊に帰る段取りだけれど、そのまま帰るだけじゃ芸が無いわね。そうは思わない?」

「軍上層部からは新型機の立上げと慣熟訓練を命じられただけです。帰隊するべきかと?」

「面白みのない娘ねぇ」


 上官の名はジュスティーヌ・ライナック。本家の、しかも宗主リロイ・ライナックの孫である。どんな命令が下っていようと彼女がそうと言えば曲げられる者は少ない。副官の立場でも進言ができる程度でしかない。


「でも、実戦データが無いのは不安じゃない? なんたって、このタイプのアームドスキンが組み立てられたのは三十年ぶりだって言うじゃないの」

「はい、だからこそ宇宙に上がってからの慣熟訓練にも時間を割かなくてはならないのではありませんでしょうか?」

 ここはポレオン近郊の軍工廠。地上での慣熟しか行っていない。

「不安なのはわたくしたちではないわよ。ねえ、パトリシオ?」

「本格的な実戦でのデータとなれば三星連盟大戦当時に遡らなければならないのは事実であります。ですが、残存していたデータをしっかりと吟味し、フィードバックしたのがあのZASFSL003JP『デュープラン』です。実用レベルに仕上がっている自負はあります」

 随伴していた技術士官の男が言い添える。

「仰せの通りに実戦データをいただければ更にブラッシュアップは可能でしょうが」

「ほら、彼も言ってるじゃない?」


 ジュスティーヌは既に我儘を押し通す気でいる。が、彼女の専用機となったデュープランの構造上、副官の機嫌を著しく損ねるのは得策でないと思っているのだろう。ここは彼女が折れるしかないのだ。


「分かりました。どうなさるおつもりなのですか?」

 副官は溜息を交えつつ尋ねる。

「軌道警備の第一打撃艦隊の慰問をしようと思っているのよ」

「慰問は言い過ぎですよ、姉上」

「だって、やられっ放しじゃないのよ。血の誓いブラッドバウとか、血の誓いとか、血の誓いとか、たまに地獄エイグニルとかに」

 そんなに強調すると不憫に思える。

「ちょっかいを出したいだけなのでしょう? あわよくば、戦闘があったら手を出すおつもりとしか思えません」

「分かっているじゃないの。だったら付き合って」

「お好きになさってください。私の立場ではお止めできませんので」

 事務的に応える。

「そんなふうに言わないで。デュープランあれを動かすにはあなたの助けが必要なんだから」

「ご心配なく。心得ています」


 副官は自分の立場を十分に弁えていた。


   ◇      ◇      ◇


 帰って早々、ニーチェはヴァイオラたちに土産話をするといって飛び出していった。見送ったケイオスランデルは総帥室へと向かう。


「俺も休ましてもらいますぜ?」

「うむ、施設長にも急ぎの用は無いと伝えておけ」

 夫婦で休めという意味でヴィスに告げる。


 構内トラムの昇降口までいくと金髪碧眼の美形が待ち構えている。無言で通り過ぎると同乗してきた。何か話があるのだろう。


「何だ、ドナ・ヤッチ?」

 こちらから話を振る。

「心積もりをお聞きしたいと思いまして」

「何でも構わん。言え」

「あなたはニーチェをどうするつもりなのですか? 血の誓いブラッドバウの会談にまで引っ張り出して。娘だからといって、彼女の異能をだしに使って交渉を有利に進めようなどと私にはどうにもいただけません」

 誤解があるようだ。

「私は必要なら何でも使う。それはお前の命でもだ」

「そういう方だとは心得ています」

「だが、今回連れていったのは利用する為ではない。娘の権利だったからだ」


 ニーチェが本来の協定者だった事を告げる。そういう立場同士での話の場であったので同行させたのだと。


「そう……だったのですか」

「一応は内密に頼む」

「申し訳ございませんでした」

 ドナは素直に頭を下げた。


(良い心根の娘です。こんな女性までもがライナックの毒牙に掛かっているのが不憫でなりませんね)

 エルヴィーラの事が脳裏をよぎる。

(同じ境遇にあっても彼女は立ち直り、気丈にも反旗を翻しています。そんな女性がニーチェを妹のように思いやってくれるのは嬉しい限りですね)


「私はこう考えているのだ」

 ドナの瞳にはまだ反省の色がある。

「お聞かせください」

「あれが時代の子であるならば、人類の遺伝子は改革の未来を望んでいるのだろう。だが、それは一人の娘を血生臭い戦場に追いやり、殺意という罪を背負わせ、終わった後も悪夢に悩まされるような苦しみの果てであって良いのか」

 彼女は息を飲む。

「そんな形で掴んだ希望の未来を人類は謳歌するだろう。誰が犠牲になったのかを知らぬままに。ならば背負うのは誰でもいい。大人の仕事だ」

「おっしゃる通りだと思います」

魔王わたしは滅びを紡ぐ。悪も消える、罪を纏いつかせたまま。その時、あれの悲しみを支えてくれる者が必要だ。姉のような存在が」

 目を丸くして見つめてくる。

「あなたは……」


 何を言いたいのか察してくれたようだ。逡巡の後に決然とした視線が返ってきた。


「総帥閣下への忠誠を改めてお受け取りください」

「気にするな。十分に働いてもらう」


 ドナは心の霧が晴れたかのような面持ちになっていた。

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