紅の堕天使(12)

(いったい何なのだ、この失礼な口を利く女は!)

 あまりの怒りにエルネドの視界がちかちかと瞬く。


 攻撃は他の者と変わらない。戦気眼せんきがんに映る輝線は彼女の攻撃をエルネドに報せてくれるし、躱すのが難しい訳ではない。ただ、目を刺すかのような鮮やかな赤の機体は侮れない火力を有している。

 一番の問題はこちらの攻撃も有効でないという点。明らかに死角からと思われる攻撃さえ彼女は躱してしまう。バックウインドウを屈指しているだけでは考えられない速度で。


 それでエルネドは相手も戦気眼持ちではないかと疑った。何かの間違いで流出したライナック遺伝子なのではないかと。

 ところが戦気を放たずとも彼女は反応する。自分が戦気を用いる分、彼らは戦気の制御も心得ている。意識して抑えた状態でも高い精度で狙撃される。彼と同じ能力を持っているのではないと分かる。


(ならば、どうしてこうも戦える?)

 過熱する頭脳は答えを弾き出してくれない。


「落ち着け、エルネド宙士。そう強引では思う壺だぞ」

 ドートレート隊長の叱咤が届く。

「そんな余裕があるのかしらね? あまり固執されては困るから加減していたけど必要ないみたい」

「ええ、そうですわね、リーダー」

 名前では呼び合わないが、隊長と戦闘中の二機のパイロットも二人とも女性らしい。


 巨大な球形ショルダーユニットの上半分を金色に塗った漆黒のクラウゼンはドートレートさえも圧倒する技量の女パイロット。バディを組む暗灰色のサナルフィのパイロットも緻密な操縦で随伴機四機を翻弄している。


(このぼくが足を引っ張っているだと? 絶対に有ってはならない!)

 軋むほどに奥歯を噛み締めて怒りの暴発を抑制する。

(女に侮られて失態を演じたとあれば末代までの恥!)

 エルネドは膨大な戦気を漲らせる。


 すると「ルージベルニ」というコードらしい赤いアームドスキンも反応する。戦気眼を連想させるが、それも誤解と分かる。応じるように、一瞬だけ強烈な戦気を放ってきたからだ。同じ能力ならそんな無駄はしない。位置を報せるだけでしかない。


「無理して隠したってそんな真っ赤っかに染まってたら分かり易いし。ちょっと突っついただけで爆発するもん」

 肩に付属する3mほどの球形固定武装が回転してビームを吐き出す。

「何を言ってる! 赤く染まっているのは貴様のほうだ! 目立ちたいだけの節操を知らん女め!」

「馬鹿にしないでほしいし。ルージベルニの赤はあたしの情念の赤。堕ちたる英雄ライナックを叩き潰しても穢れない赤だし」

「その放言、後悔させてやる!」


 予め回避機動を行っていたエルネドのメクメランは余裕をもって砲撃する。ルージベルニは前腕のジェットシールドを展開して弾くも、そこに違和感を感じる。攻撃には反応するのに、どこに来るのかは分かっていないようで一瞬の遅滞がある。


(戦気眼ではないのは確か。なのにこの反応速度と視界はあり得んぞ)

 困惑と同時に赤が滑り込んでくる。まるで心境の隙を突いてくるかのように。

(見た事もない機体も驚くべき性能。それなのに機動には拙さも感じる。このちぐはぐな感覚は何だというのだ)

 隙が無い訳ではない。

(そこを突く!)


 相手の右に回り込みながら戦気を放てば反応する。ビームカノンの砲口が光を瞬かせるも搔いくぐって接近。カノンインターバル内に急接近してブレードを構える。ルージベルニは後退しつつ、固定武装を指向させてくるが近接攻撃はフェイント。

 思考スイッチで反重力端子グラビノッツを極限まで落とし、ペダルを一気に踏み込む。メクメランはエルネドの意思通りに敵機の頭上を越えて瞬時に逆サイドへ。


(もらった!)

 がら空きの左側面に斬撃を送り込む。


「なっ!」

 思わず声が漏れる。

「何か狙ってたのは視えてたし」

「ぐおおっ!」


 ルージベルニは左のブレードグリップを逆手に持ち替えている。上下逆になっている紫のメクメランはブレードを振る間も無く逆噴射。コクピットの想定位置を狙った突きは頭部の下、操縦殻コクピットシェルの上を掠めるようにして背面の制御系を半壊させる。

 引く手で頭部まで斬り裂かれモニターがブラックアウト。緊急回避手段として反重力端子グラビノッツ出力を重量100%まで下げて自由落下させる。


「終わりだし」

 ダメージコントロールで何とか両腕のジェットシールドを展開するが追撃は無し。

「リーダーの援護に行くよん」

「りょーかーい」

 赤いアームドスキンは背中を向ける。

「この恥辱、忘れないぞー! いつか必ず貴様をー!」

「好きにすればいいし。あたしには敵わないって分からなきゃ死ぬだけ」


 醜く歪む顔で罵声を浴びせるが、エルネドの視界の中で赤い点は遠ざかっていくだけだった。


   ◇      ◇      ◇


「あー、もう駄目だ。赤いのまで来ちまった」

 ジェロはこっそりとぼやく。

「突っ込むなよ、テニーベ。どうやら我らがエルネド君もやられたらしい。厳しいぞ……、って、おいどうした?」

「ああ、あの機体。舞い踊る赤が……」

「見惚れてんのかよ!」


 相手は五機。残機が合流したドートレート率いる編隊は六機。それでも押されているのは否めない。


「まるで天使のようだ」

地獄エイグニルのアームドスキンだぞ。だとしたら堕天使だろ?」

「そうだ。彼女は『くれないの堕天使』……」

 いみじくも例えられたこの台詞が彼女の二つ名となってゼムナ軍に広まっていく結果となる。


「撤退する。全機続け。ムスムルも後退せよ」

 十四機を大破や撃破で失ったドートレートは決断を余儀なくされる。彼にしては判断が遅かったほうだ。


 S16部隊のパイロットたちが見守る中、二艇のクラフターは宇宙へと旅立っていった。

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