目覚める娘(13)

 車列付近へとサナルフィ三機が降下すると追ってきた警察機も発砲を控える。民間車輛に被害を出せば後々問題になるし、車列の正体も無線で周知されたのかもしれない。


「ほら、続けなさい」

 マーニが促す。

 ドナを先頭にした機体が輸送車の外壁を剥ぎ取っていっている。収められているのは梱包された箱がほとんどだが、中には固定されたビームカノンやアームドスキンそのものが寝かされていたりしていた。


『見よ! 申請によればこの輸送車列は養殖魚を運んでいるはず。我々は知り得ないが、他星に住まう者はこんな金属製の魚を食すのか?』

 揶揄を込めた台詞を繋げる。予め準備されていた原稿である。

『答えは否である。子供でも分かる事だ。これらは兵器。しかも出処が特殊な物。犯罪に関わり、警察が押収した物である』

 見た目で分かる物を即時に分析し、使用された事件名を連ねていく。

『なぜ、これらが正体を偽って輸出されようとしているのか? 一部の者が私腹を肥やす為に他ならない。これが実態だ。虚飾に彩られたポレオンの都が魔窟と化している証拠である。総帥ケイオスランデルが滅びを与えるのにふさわしい魔窟に』

 ニーチェは声を張って言い切った。


 アナベル事件以降、国際社会の批判という順風に乗って加熱しつつある報道はこれに食い付く。警察所属のクラフターが阻止しようと動くも、すり抜けるようにして前に出て我先にカメラを向けている。

 余計に発砲が難しくなった警察機をよそにドナたちは次々と暴いていく。そして、中ほどに位置していた大型のキャビンを持つ車輛へとトリスのサナルフィが迫りルーフを剥ぎ取った。


「ほら! 首魁はこいつだよん」

  

 この頃には車列も停止している。レーザーライフルを取る護衛たちを対人レーザーで薙ぎ払ったトリス機はおののくライナックの一人を露わにする。加熱する空気に乗せられてハッチを開けて外に出たトリスはホビオを指差して喚いた。

 その瞬間、彼女の身体が揺らぐ。ヘルメットで顔は見えないものの、小柄な身体がコクピットからこぼれ落ちる様をカメラは捉え続けている。


「トリス!」

 駆け付けたギルデ機が空中で彼女の身体を受け止める。

「この野郎!」

「黙んなさい! あなたはすぐベリゴールに届ける!」

 ホビオに詰め寄ろうとするギルデをドナが制止する。

「しくじっちゃった。ごめん。まさか自分で銃撃してくるなんて……」

「黙ってろ。すぐに収容するからな」

「ドナは援護! トリスの機体は……、ああっ! もう!」


 マーニも対処に困っている。ここで戦力を引けば警察に確保される可能性が高まる。ドナにトリスのサナルフィを回収させる命令も出せない。


「降ろして、マーニ!」

 ニーチェは吠える。

「どうする気なの?」

「あたしだけ遊んでられないし! その気になったらアームドスキンを飛ばすくらいはできるはず!」

「やめなさい、ニーチェ! そんなに簡単なものではないわ! マーニに任せて!」

 ドナは反対らしい。

「でも、マーニは操縦あるから手が離せないでしょ! 自由に動けるのはあたしだけだし!」

「仕方ない。これを持っていきなさい」


 マーニが何か放って寄越す。それは馬蹄型の操縦用装具ギアσシグマ・ルーンだった。頭の後ろから填めて耳にかけると、後頭部に位置する電源スイッチを押し込んだ。それくらいの操作はパイロット組がやっているのを見て知っている。


「うっひぃ!」

 特殊な感覚が頭を揺さぶるが気にしていられない。

「高いしー!」

 サナルフィの頭部ぎりぎりまで降ろしたクラフターからでもコクピットまでは5m以上。飛び降りるには度胸が要る。

「ままよ!」

 操縦室下のハッチから身を躍らせる。


 嘴のように飛び出したサナルフィの上部ハッチに手を掛けて勢いを殺す。下部ハッチに足を付けると、やっと人心地ついた。


(生きた心地がしなかったし)

 胸を撫で下ろす。

(へ?)

 目の前に何かが降ってきた。反射的に手を伸ばして受け取る。


「みゃーん」

「ルーゴ!? 何で来たし!」

「にゃ?」

 慣れた彼女を追って飛び降りたらしい。

「それどころじゃないし!」

「みゃっ!」

 抱えてコクピットに飛び込む。


 途端に上部ハッチが何かに焼かれる。下からの銃撃だ。


「ハッチ閉めて!」

『ハッチを閉鎖します』

 合成音声とともにプロテクタが下りてハッチが閉鎖された。

「えーっと……、動く?」

『σ・ルーンの学習深度が足りません。パイロットの変更を推奨します』

「そうもいかないし! 緊急事態!」

 言った瞬間、外部モニターが外を映し出す。

『緊急起動要請を受諾しました。サナルフィ、コモンモードで起動します』

「ありがとっ!」

 意味が有るか無いか分からないが感謝を述べておく。


 見様見真似で操縦桿に該当するフィットバーへと腕を沿わせる。シリコンベルトがニーチェの腕を保持し、マスタースレイブシステムによってサナルフィの腕が操作できる筈だった。


『|σ・ルーンにエンチャント。機体同調シンクロン成功コンプリート

 合成音声が告げてくる。

『機体オペレートの補助を開始し……』

 異様な感覚がニーチェを押し包み、何も聞こえなくなった。


 無風状態の筈のコクピット内に一陣の風が吹いたように感じる。指の先、足の先から次々と何かが剥げ落ちていく。それらは光る粒子となって消え去る。全身が一皮剥けたように感じられた。不思議と嫌な感覚ではない。


(ここは……、あたしが居ていい場所だし)

 本能が彼女へと囁く。


 そして、一瞬にしてニーチェの視界は彩りに溢れかえった。

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