さようなら、ニーチェ(8)
円錐形の陣形を維持しつつ接近する
その動きに逆らい、機動三課のクラフター三艇は左回りに舵を切った。分艦隊とは大きく距離を取っていく。
「何をしている、三三! 合流しろ!」
当然のように指摘される。
「いやいや、よく考えてみてくださいな。そちらさんと連携訓練さえした事もないんですぜ。ぶっつけ本番で戦闘に突入なんかしたら足を引っ張っちまいます」
「だからって逃げるのか?」
「違いますって。敵艦隊の攪乱が目的なんでしょう? だったらうちは遊撃させてもらいます。慣れた課員だけで陽動を仕掛けますんで、そっちはそっちで好きに仕掛けてくださいな」
「待て……、許可が出た。貴官らは遊撃で敵の攪乱に務めよ。以上」
彼はしたり顔で了解を返している。
(掛かりました。たった十二機の戦力が孤立すれば一瞬で撃破されると考えているのでしょう。彼らにとってはそれが好都合)
ジェイルの計算通りである。
内密な命令を実行するにはジェイルが戦死しなくてはならない。しかし、部隊内に留まっていられるとマクナガルが指摘したように作戦を掻き回してしまう可能性は否めない。ならば、したいようにして勝手に自滅しろという考えだ。
「ここからは自由です」
ムスターク8番機のコクピットからウインドウ内のマクナガルに呼び掛ける。
「課長、皆を誘導して上手に逃げ回りましょう」
「分かった。任せろ」
彼は胸を叩く。
「いいか、皆? 完全にケツを捲りゃ帰って処分が待ってる。最悪懲戒免職だ。だがよ、時々ちょっとだけチクリと攻撃して後は逃げてりゃあ攪乱している体裁は整う。分かってるな? チクリとだけだぞ?」
「了解っす。軽く突っつくっす」
「助かったぜ、ジェイル。もう嫁さんの顔が拝めないかと思っちまった」
グレッグの悲壮な面持ちは覚悟を決めたからだったらしい。
「いいえ、事前に状況設定できていなかった所為で刹那的な対策に過ぎませんので、ここからは各々の頑張り次第です。本来であれば戦闘参加を回避できる手段もあったでしょうから」
「そこまで贅沢は言わないから気にすんなよ。ナートリー、クラフターの防衛は頼むぞ」
「ええ、皆さんも気を付けて」
まずは一撃加えないと格好がつかない。サポート役のナートリー・ベインをクラフターの防衛に残して、機動三課のアームドスキン十一機は大艦隊を前に出撃した。
◇ ◇ ◇
(いらして、『ドゥカル』?)
エルシはゼムナの遺志で組み上げられている個のネットワークに接続する。
(おるぞ、お嬢ちゃん。どうしたね?)
(本当に宜しかったのか気になって)
人体の彼女は人間用インターフェイスに過ぎない。だが、
(彼を止めるのも無理ではなくてよ)
エルシの協定者リューンに働きかけて戦闘を中止させるのもやぶさかではない。
(不要と言っておいたじゃろう? あれがどう動くか。それを楽しみにしておるんじゃからの)
(もしもの可能性もあってよ。その時はどうなさるのかしら)
(その程度だったと諦めるしかないの)
無情に思える。彼の見つめる相手はエルシの子のような能力を有していない。状況が過酷であれば取り返しのつかないことになり得るのである。
ただし、彼本人が
(人の悪いお方)
含み笑いのような感情を乗せる。
(異なことを。我らは人ではあるまいに)
(そうだったかしら? 私の子を始め、皆が人間扱いしてくれるものだから忘れてしまいそうだわ)
(そなたは恵まれておるの。自身が存在意義を求めておる状態で、認められるのは存在しても良いと言われておるようなものじゃ)
彼女がここ十年、多幸感に包まれているのは事実。
(あなたもいずれは私と同じ感覚を味わうのではなくて?)
(どうかの。あれは難しい奴じゃからのぅ)
(確かに)
ドゥカルが見つけた彼は本当に面白いとエルシも思う。
◇ ◇ ◇
ムスターク8番機のジェイルは隙を窺う。併進するのはシュギルの11番機。後衛にグレッグの1番機が続いて後輩をフォローする形だ。グレッグにはそれだけの実力が備わっている。
「アームドスキン部隊の展開は鈍いようですし、軌道艦隊の部隊に集中しています。おそらく一撃目は少ないリスクで仕掛けられる筈ですので」
まだ警戒はされていない。監視部隊くらいに思われているだろう。
「一発かましてさっさと逃げちゃうっす」
「それが得策です」
「格好だけついたら本当に逃げません? 今日は大事な日っすよ?」
シュギルは憶えていたらしい。
「そう甘くはないでしょう。ターナ
「それどころじゃないっす。ニーチェちゃんの発表会、そろそろじゃないっすか!」
「そうだったか! マズいな」
グレッグにまで覚られた。
「娘は娘で頑張っています。僕もやって見せなければいけません」
彼女の将来の為にジェイルのすべき事は決まっている。
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