さようなら、ニーチェ(2)

 結局、イヴォンの父アドラー氏の申し出で、移動はマストラタグループの保有するプライベートクラフターになる。セキュリティもしっかりしていて融通が利く移動手段は便利なのでお言葉に甘える。


 南のコートデール島までは7000kmと少しの距離があるが、反重力端子グラビノッツを搭載した大気噴射方式航空艇エアクラフターであれば四時間ほどで到着する。そこは大型連休でもなければ観光客もまばらな保養地の代表格とも言える場所。


「海だー! めちゃ綺麗だしー!」

 即座に着替えたニーチェは浜辺に仁王立ちで腕を振り上げ海に向けて吠える。

「久しぶりだな。ハイエイジに上がってからは割と忙しくしてたから」

「わたしはまだ三度目。ちょっと贅沢な眺めだわ」

 イヴォンは常連らしいがイザドラは何とかニーチェとそう変わらないレベル。

「私もご無沙汰ー。子供の頃は時々連れてきてもらっていたらしいけど大きくなってからはねぇ。一人で来るような場所でもないしぃ」

「丸っきり初めてなのはあたしだけだし! こんなとんでもない贅沢なのに!」

「いやいや、一般的なのはニーチェのほうだよね」

 庶民視点で慰められた。

「遊んできなさい。準備はしておくから」

「ありがとう、パパ」

 皆で手を取り合い海へと駆けていく。


 熱く焼けた砂浜を駆け抜けエメラルドグリーンの海を蹴立てる。海水温も程よく、厳しい日差しの下で火照った肌が冷やされて気持ちいい。

 四人で水を掛け合って遊び、人慣れしていない色鮮やかな魚たちが興味津々で寄ってくるのをゴーグルを掛けて覗き込んでいると、あっという間に一時間が経過する。


「わお、本格的だし!」

 ちょっとしたテーブルセットとビーチチェアが大きなパラソルの下に並んでいる。

「これが備え付けなんだからね。呆れるさ。組み立ても簡単だった」

「そうかな? うちの父さんはできなかったからお付きにやってもらっていたけど」

「パパは何でも器用にこなすし」


 クラフターの乗員は随伴せずに休暇を与えられている。お陰で機内での接待は非常にクオリティの高いものであった。彼らも上機嫌だったのだろう。


「いただきまーす!」

 ジェイルが準備していた飲み物と軽食に手を伸ばす。

「楽しいね。家族や取引先の関係していない相手とのバカンスは私も珍しいから」

「わたしもぉ」

「うん、とってもくつろぐわ」

 そう言いつつ、イザドラは父のほうを気にしている。


 通気性の高い薄い素材のパーカーを羽織り、ボトムは短パン型の水着のジェイルは大部分の肌が見えている。隆々と盛り上がっている訳ではないが、実戦の中で磨き上げられたかのような印象の強い筋肉。

 相応に厚い胸板の奥で動作の度に胸筋が躍動する。グラスを差し出す腕に筋肉の束が筋を作る。イザドラはそれに見惚れているようだった。


「いっ!」

 ニーチェは彼女の脇腹を軽くつねる。

「何見てるし」

「でも、その、ちょっとね……」

「許してあげなよ、ニーチェ。ジェイルさんは私たちの周りに普段はいないタイプの男性なんだからさ」

 イヴォンも気になっているようだ。

「そうよねぇ。学校の芸術家肌の男子たちとは一線を画すし、体育会系の見せたがりともちょっと違うわ。親の仕事関係で会うぷよぷよのお坊ちゃんなんかとは比べ物にならないしぃ。野性味あふれる感じがいい」

「そんな露骨な表現要らないし!」

「あはは、言い得て妙だねえ」

 ヘレナの例えにイヴォンは爆笑する。


 シャワー上がりなどに見慣れているニーチェでも時々ぼうっと眺めているのも確かだ。友人をあまり咎められないかもしれない。当の本人も四人の会話をくすくすと笑っている。


「僕のほうが緊張しますよ。こんな魅力的なお嬢様方に囲まれたりなんかしたらね」

 そんな素振りは無いのでただの軽口だろう。

「海でのアバンチュール、堪らないシチュエーションですわね」

「あらぁ、恥ずかしいです」

「よりどりみどりだよ、ジェイルさん」

「だから本気にするなし!」


 イザドラは細身ながら芸術的な肢体の持ち主。モデルなどに多いタイプの綺麗と言える身体をしている。それをセパレートの紺色の水着で包み、どちらかといえば知的な魅力を振り撒いていた。


 ヘレナは少しぽっちゃり型。その分、色気という意味では一番かもしれない。女性らしい曲線に縁取られている。ピンクのビキニが更に色気と可愛らしさを助長しているだろう。


 イヴォンはすらりとした長身。なのにバストだけは特注サイズである。ちょっと骨太な感じのする身体にたわわな果実が実っているかのよう。その果実は競泳用ではないかという青いワンピースの水着に押し込められ、凹凸が強調されたかのように見える。


 ニーチェはといえば、女性らしさという意味ではイザドラよりはマシなほうである。だが、バストは豊かとは言えないレベル。イヴォンと並べばどうしても劣等感を覚えてしまう。

 それでも紐の細い真っ赤なビキニに身を包めば、結構魅せられるのではないかと自負している。瞳の色にコンプレックスのあった以前なら避けていた赤を積極的に使うように変わっていた。


(大人なパパから見たら全然足りないだろうけど結構頑張ってみたし)


 ジェイルに見せびらかすようにするが、いつも通りの笑顔を向けられて頬を膨らませるニーチェだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る