第210話

「我に両手を使わせるなんてたいしたものだ。褒めてやろう」


「……そりゃどうも」


 腹を立たせたと思っていたが、ただ驚いた反応だったらしく、アマドルは尊大な態度でラファエルのことを褒めてきた。

 敵である魔族とはいえ、自分よりも強い人間に褒められるのは悪くない。

 そのため、ラファエルは律儀に返答した。


「魔人の中では天才と言っていいだろうが、残念だ……」


「……残念?」


 褒めてくれるのは嬉しいが、言っている意味が分からずラファエルは首を傾げた。

 何が残念だか分からない。


「両手をつかった我と戦うことになってしまったのだからな」


「何を……っっっ!!」


 たしかに両手を使わせることを目標にして戦っていたが、両手が使えるようになったからといって、そこまで大幅に勝っ割るように思えない。

 そのため、ラファエルはその真意を確かめようと問いかけようとしたが、全てを口にする前にアマドルに異変が起きる。

 アマドルが動かした手によって、魔力の球が高速で撃ちだされたのだ。

 ギリギリのところでその攻撃を回避することができたが、あまりの速度にラファエルは目を見開いた。


「いいぞ! ギリギリ躱せるように攻撃してやったんだからな」


 ラファエルに躱されたというのに、何故かアマドルは楽しそうに話す。

 これまでの動きを見て、躱せるように調節したというような言い方だ。

 まるでラファエルを相手に遊んでいるかのようだ。


『何て速さだ!!』


 相手にしているラファエルの方はそれどころではない。

 当たれば1発で大ダメージを受けるような攻撃を、たいした時間を要する事無く発射してきたのだから驚くしかない。


「ほらっ!」


「っ!!」


 アマドルは軽い口調でまたも同じように高速の魔力球を放ってくる。

 それが、首をひねって躱したラファエルの顔の横を高速で通り抜けていく。

 通り過ぎる時の音が耳に残りさらに恐怖を増してくる。


『威力もとんでもない。全力で回避に徹しないと……』


 危険な攻撃に恐怖を受けながらも、ラファエルは何とか冷静に判断する。

 この攻撃を相手に反撃をしている暇はない。

 今は避けることに集中しないと、あっという間にあの世行きだ。

 そのため、ラファエルは反撃は後回しにして、この攻撃に慣れるように集中することにした。


「フッ!」


「ぐっ!!」


 ラファエルの考えていることが分かっているのか、アマドルは気にせず攻撃を続ける。

 その攻撃を、ラファエルが必死に躱すという構図がしばらく続くことになった。


『エルフ王国には数時間はかかる。援軍を期待するなら獣人族か?』


 わざと狙ってのことなのか、アマドルの攻撃は何とか躱せる。

 しかし、この力の差は覆せるものではないとラファエルは悟った。

 自分ができることは、少しでもアマドルに魔力を使わせて疲れさせること。

 後はドワーフの要請によってくる援軍に期待するしかない。

 通信方法は速鳥と呼ばれる鳥。

 その鳥はドワーフ王国からの距離によって伝わる時間が違う。

 ドワーフにとっても、ラファエルにとっても一番期待しているであろうエルフ王国へは数時間はかかるだろう。

 援軍を期待するなら、エナグア王国と距離の差のない獣人たちに期待するしかなさそうだ。


『それまで遊んでいてくれればいいんだが……』


 アマドルは自分を相手に完全に遊んでいる。

 天才と呼ばれた自分がこんな扱いを受けて気に入らないが、力の差があるのだから仕方がない。

 それでもこの状態は意味がないわけではない。

 いくら魔族の王といっても、魔力には限界があるはずだ。

 自分がどれほど消費させているかは分からないが、無駄ではないと思いたい。


「……援軍を期待しているのか?」


「っ!!」


 逃げ回るラファエルの考えを見透かすように、アマドルは問いかけてくる。

 分かっているのにこの攻防を続けているかのような態度だ。

 それを不気味に思いながらも、ラファエルは仁王不立ち状態で魔力球を放ってくるアマドルの攻撃を避け続けた。


「ハァ、ハァ……」


「どうした? 鈍くなってきたぞ」


「くっ!」


 しばらく攻撃を躱すべく動き回っていたが、アマドルの魔力よりもラファエルのスタミナの方が先に尽きてきた。

 ラファエルが攻撃に慣れるのに合わせるかのように、アマドルもいやらしくジワジワと攻撃も強めていく。

 常時全力を出すことを余儀なくされては、このようになってしまうのも仕方がないことだろう。

 足が震えるのを我慢して、ラファエルは攻撃を避け続けるが、アマドルの言うように攻撃を躱す反応が遅れだしていた。


「っ!! ヤバッ!!」


 諦めずに攻撃を避けるが、とうとうラファエルは疲労で足がもつれる。

 そのせいで、攻撃の1つを躱すことができなくなった。

 もう避けることは間に合わないと判断したラファエルは、襲ってくるであろう痛みに歯を食いしばった。


「ハッ!!」


「っ!?」


 攻撃による痛みが来るのを待っていたラファエルだったが、それがいつまで経っても襲ってこない。

 というのも、どこからか現れた何者かによって防がれたからだ。


「獣人!?」


「魔人族の者か? 私はヴァーリャ王国の国王であるハイメという。ドワーフ王のセベリノ殿の要請を受けて援軍に参った!」


「魔人王国のラファエルと申します。助けていただき感謝いたします」


 助けに入ってくれたのは、獣人大陸でドワーフ王国に一番近いヴァーリャ王国の国王であるハイメだった。

 昔ティラーという相撲と柔道を合わせたような格闘技で、ケイと勝負したことのある国王だ。

 獣人の国と魔人の国は特に関わりを持つようなことがないため別に仲が良いわけではないが、危険な所を助けたもらったため、ラファエルは完結に自己紹介したハイメに対して感謝の言葉をかけた。


「奴はかなりの強敵です。他の方々が来るまで持ちこたえましょう!」


 援軍が来てくれたのはありがたい。

 しかし、ハイメには悪いがはっきり言って2人では勝ち目が薄い。

 そのため、ラファエルは他の援軍が来るまで我慢することを提案する。


「……残念だが、それは難しいかもしれない」


「えっ!? どうしてですか……?」


 自分の提案をあっさり否定され、ラファエルは驚きの声をあげる。

 どうして援軍に期待できないというのだろうか。


「こいつだけでなく、魔王を名乗る者が世界各地に出現しているそうだ」


「何ですって!?」


 アマドルが言っていたことはこれが理由だ。

 4魔王と呼ばれる者たちが、世界各地に同時に姿を現したのだ。

 あまりのことに、ラファエルは目を見開いたのだった。


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