第92話

「どうするか? ……って、何も考えていないの?」


「あぁ……」


 ケイの答えを聞いたカルロスは、呆れたように問いかける。

 しかし、ケイとしては息子の救出に力を注ぐことで精一杯だったので、呆れられてもどうしようもない。

 カルロスに回復魔法で怪我を治してもらったが、血を流し過ぎたせいか貧血で立っているのがやっとの状態だ。


「そのうち人族兵が集まってくる。今のうちにどっか隠れるか?」


 セレドニオが、数人の兵に仲間を呼びに行かせたので、もう少ししたらここに集まってくる可能性が高い。

 そんなことになったら、逃げてくれるか、それともセレドニオたちの仇討ちをしに来るのか、どっちになるか予想ができない。

 今のうちにどっかに隠れてケイの魔力の回復を待ち、転移できれば問題ないが、回復する前に見つかれば、みんな捕まって今度こそ終わりだ。

 昔見たエルフのように、ゴミ捨て場に遺体を捨てられるまで使い潰される未来しか待っていない。


“ドドドド…………!!”


 東の方から地響きが近付いて来ているのが聞こえてくる。

 その感じから、相当な数の何かが向かって来ているのだろう。

 ケイたちからすると、死が近づいてくるような嫌な音でしかない。


「どうやらもう隠れてる時間もないようだな……」


「みたいだね……」


 それが何なのかはすぐに分かった。

 ついさっき話していたのだから当然と言えば当然だ。


「「「「「ワー!!」」」」」


 完全に人の声が聞こえてきた。

 指示を受け、呼びに行った者によって、敵兵たちが集まって来てしまったようだ。

 弱っているケイたちでは、もはや隠れている時間ももうないようだ。


【しゅじん! キュウがおとり! そのときにげる!】


 拙く短いが、分かりやすい説明だ。

 しかし、キュウもケイと一緒にいて多くの敵兵を打ち取ってきたため、魔力は結構消費している。

 さらに、レイナルドたちを助けるためにも頑張ったので、魔力の残りはそう多くないはず。

 そんな状況で多くの敵と戦えば、確実に殺されてしまうだろう。

 ケイたちはエルフという商品価値があるが、キュウは魔物の餌と呼ばれるほどの弱小種族のケセランパサランでしかない。

 敵からすれば、キュウの強さに興味が湧くだろうが、物珍しいだけでさっさと始末しようとするはずだ。


「駄目だ! キュウは家族だ。囮役なんて絶対させない!」


 キュウたちケセランパサランは、ケイのためならその身を犠牲にすることを躊躇しない。

 むしろ、それでケイが助かるならば、喜んでそうしようとする傾向がある。

 自分たち弱小の魔物が、お腹一杯に食事をとれて、敵に怯えることなく繁殖することまで出来るのは、主人であるケイのお陰だと言うことに恩義を感じているのだろう。

 以前もキュウの息子のマルたちが、その身を犠牲にして村の危機を救ったことがある。

 キュウと共に少しずつ住人が増えた大事な村なため救われたのはありがたかったが、それでマルたち3匹のケセランパサランを亡くしたことは、ケイだけでなく村のみんなに大きな悲しみを生んだことを思いだす。

 妻の美花より付き合いの長いキュウを失うのは、マルたちの時よりも悲しみと苦しみに苛まれるはずだ。

 あの時のような悲しみは絶対にしたくない。

 ケイは今にも敵に向かって行きそうなキュウを捕まえ、懐の中にいれた。


「それはともかく、何か考えないと……」


 ケイの言葉を、レイナルドとカルロスも当たり前のように受け入れ、キュウの意見は聞かなかったことにした。

 彼らも、キュウを生まれた時からずっと一緒にいた家族だと思っている。

 なので、否定する理由がなかったからだ。


「全力で足掻くしかないんじゃないだろ!」


「……片手でどうしようって言うんだよ?」


 先程のカルロスの呟きに、レイナルドが抵抗することを提案してきた。

 しかし、レイナルドは現在片腕、欠損部位の再生は魔法で出来ないことはない。

 ケイも使えるし、レイナルドとカルロスも程度の差はあれ、使えることは使える。

 しかし、ピッ〇ロのように一瞬で生やすなんてことは、この世界では不可能。

 毎日少しずつ再生していくしか方法はない。

 今は3人ともレイナルドの腕の再生に割ける魔力はないし、この戦いが終わらないと治す暇もない。

 要するに、レイナルドは戦いが終わるまで、片腕で乗り切らなくてはならないと言うことだ。

 そんな状態でどうやって戦うつもりなのだろうか。

 カルロスはレイナルドへ当然のようにどうするかを問いかけた。


「エルフは魔法だ! ぶっぱなせばいいんだ! ぶっぱだ!」


「……兄さんそんなに頭悪かったっけ?」


 カルロスの問いに対し、レイナルドはおかしなことを言ってきた。

 何だかさっきから兄がちょっとアホに思えてきたため、カルロスは思ったことがそのまま口から出ていた。


「レイの言うのもあながち間違いじゃないぞ」


「えっ?」


 そこでケイが、レイナルドの言葉に賛成の声をあげた。

 まさかの父の賛成で、カルロスはビックリする。

 てっきり、兄の変な思いつきを、自分と同じように突っ込んでくれると思っていたからだ。


「魔力がつきるまで根性で闘うって気がないと、生き残るチャンスが巡って来ないってことだ」


「そうだ!」【そうだ!】


「何だか、みんないつの間にか脳筋みたいなこと言うな……」


 いつも戦闘では冷静な2人が、真面目に精神論を言っている。

 ケイの懐に入っているキュウも、レイナルドと共に賛成の声をあげる。

 何だかみんな怪我をして、どこかおかしなことになってしまったのだろうかと、カルロスは何だか不安になった。


「まぁ、それも悪くないか……」


 ただ、父たちを見ていると、そんな自分の方がおかしいのではと思うようになり、カルロスも何だかその精神論に乗ってみようかと思うようになってきた。

 それにより、全員の意見が一致した。


「よっしゃ!! やったるぞ!!」


【「「おう!!」」】


 そうと決まれば気合いだと、ケイは貧血で青い顔をしながら大声をあげる。

 他の2人(+1匹)も、それに合わせて同時に声をあげた。

 そして、敵が向かってきた時の事を考えて、それぞれ迎撃体勢を取ったのだった。


「「「「「ワー!!」」」」」


「来るぞっ!!」


 声の大きさで、敵兵たちはもう海岸のすぐ側まできていると分かり、ケイは声をあげる。

 みんなそのケイの言葉に無言で反応し、残りの魔力で打てる魔法と数を考えながら、構えている腕に力を込めた。


「「「「「ワー」」」」」


【「「「……?」」」】


 たしかに敵兵たちが海岸に出てきた。

 しかし、その様子のおかしさに、ケイたち親子は揃って首を傾げた。


「何だ?」


 海岸に大量の敵兵が現れたのだが、彼らはそのまま沖へと向かって行き、帆船からここまで来たときの小舟に飛び乗り、我先にと次々と海へと出ていった。

 それは、完全にケイたちのことは無視といった状況で、ケイたちの近くにあるセレドニオたちの遺体にも気付いていない様子だ。

 何故このようなことになっているのか全く訳が分からない。


“ドーーーン!!”


「っ!?」


 ケイたちが疑問に思っている間にも、ドンドンと敵は小舟に乗って逃げて行く。

 そんな中、彼らが走って来る方角の森から、巨大な爆発音が響いてきた。

 その音はかなり離れているのに、ここにまで届いてきている。

 それを考えると、どれだけの大きな爆発が起こっているのだろう。


「な、何だ!?」


「ものすごい音が迫ってきてる!?」


 ケイだけでなく、レイナルドとカルロスも爆発音に慌てる。

 しかも、カルロスが言うようにその爆発音が不定期に起こり、どんどんこちらへ近付いて来ている。

 その音の大きさから、敵兵たちと戦う以上の危険が迫ってきているような感覚にケイたちは陥ってきた。


「化け物だ!!」「あんなの相手にできるか!!」「振り向くな! 逃げろ!」


 離れている所から敵が逃げて行くのを見ているケイたちだが、彼らが言っていることがチラホラとケイたちに聞こえて来た。

 どうやら彼らは何かから逃げているようだ。

 その何かは、不定期に響く爆発音が原因だろう。

 適当に数えて400人といったところだろうか、その敵たちが沖に泊めていた帆船に向かって行き、最初に小舟に乗った者たちはもう帆船に乗り込み始めている。


“ドーーーーーーン!!”


【「「「っ!?」」」】


 海岸へ逃げてくる兵が少しずつ減ってくると、爆発音も海岸近くまで迫って来た。

 近くで聞くと、どんだけ物凄い爆発が起きているのだか、想像するだけでも恐ろしくなる。

 もしかしたら、このタイミングで何かの魔物が発生したのかもしれない。

 そんなことになったら最悪な状況だ。

 しかし、それが分かっても、あれほどの人数が逃げるようなもの相手に、ケイたちではもう相手にできる訳がない。

 せめて何が来るのかこの目で見ようと、ケイたちはジッとその何かそのを待ち受けたのだった。


「ガハハハハ……!! どうした人間共!! 魔法でも何でも打ち込んでこんか!!」


「せっかく逃げてくれているのだから、煽らなくても……」


「もう自然破壊はやめてくれよ。父さん……」


【「「「……………………」」」】


 現れたのはケイたちも知っている人間たちだった。

 その姿を見たケイたちは、呆気にとられたように立ち尽くした。

 先頭を歩く者は笑いながら敵を捕まえると、まるで千切るように敵兵の体から頭を引き離す。

 そして、敵の恐怖を煽るためだろうか、取った頭をまるでリンゴのように握りつぶす。

 それを見て、まだ応戦しようとしていた敵たちも、腰が引けて小刻みに震えて動けなくなっている。

 そんな者たちを、次に現れた者が愚痴りながらも、手に持つ剣で音もなく切り刻む。

 最後に現れた者は、手に槍を持ちながら、他に敵が潜んでいないか鼻を利かせて確認している。


「……リカルド殿?」


「ん? おお、ケイ殿!」


 そう、そこに現れたのは、カンタルボス王国の国王、リカルドと、その息子のエリアスとファウストたちだった。

 ケイの声に反応した返り血まみれのリカルドは、息子たちを引き連れ、ドスドスとケイの方へと歩いてきたのだった。


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