第59話

 少しの間落石から守るための障壁を美花に任せたケイは、レイナルドにキュウを任せ、急いで西へと足を進めた。

 当然ケイに向かって大小の落石が落ちて来るが、今は自分の身さえ守れば良いので、わざわざ受け止めることなく、ただ躱して先へと進む。


「っ!?」


 進んでいると、黒い物が岩の下敷きになっているのがケイの目に入った。

 そのためケイは足を止めて、ゆっくりとそこに近付いて行った。


「…………ガン?」


 近付いて確信した。

 マルの子供であるガンだった。


「くっ……!!」


 体の一部が岩に押しつぶされ、内臓が飛び出ている。 

 その姿を見たケイは、慌てて口に手を当ててみる。

 だが、やはり呼吸をしていない。

 いくらこの世界に魔法がある言っても、死んだ生物を生き返らせることは不可能。

 ガンの亡骸を前に、悲しみと苦しみが込み上げてきたケイは、歯を強く噛みしめるしかなかった


「くそっ!!」


 このまま連れて帰るのは、他のみんな(特に子供たち)の心理的にも良くない。

 息を引き取っているのは分かっていても、見た目だけでも治してあげようと、ケイは上に乗っている岩をどかして、治療魔法でガンの体を治した。


「ここに入ってろよ……」


 そう言って、ケイはガンを胸のポケットの中にいれた。

 返事がないのは分かっている。

 しかし、それでも声をかけないといられなかった。

 まだマルとドンを見つけないといけない。

 なので、ケイはそのまま先に進むことにした。


「なっ!?」


 また少し行くと、またも黒い物体が落ちていた。


「…………ドン? お前も……」


 キュウの子供であるドンだった。

 口から流れた血だまりに浸かりながら、やはり動かなくなっている。

 近くに岩が落ちている所から見て、防ぎきれずに直撃したのかもしれない。

 触った感触からいって、内臓が破裂したのだろう。


「…………お前はこっちな……」


 ガンの時と同様に、せめて見た目だけでも治してあげようと回復魔法をかけ、もう一つの胸ポケットの中にいれてあげた。

 ケイの従魔であるキュウたちケセランパサランは、ケイのポケットがお気に入りの場所だった。

 一番多く入っているのはやはりキュウだが、他の子たちも入りたがる。

 子供が出来てガンやドンは入る機会は少なくなったが、やはり甘えたいときはポケットに入って来ていた。

 今は両方とも空いているので、中でゆっくりしていて欲しい。

 そんな思いをしながら、ケイは残りの従魔のマルを探しに重くなった足を動かした。


「くっ…………!」


 ケイがマルを探してずっと西へ向かって行くと、溶岩の流れを二手に分けた壁の近くにまでたどり着いた。

 溶岩からは離れているとはいっても、ここまで来ると強烈な熱風がケイに押し寄せてくる。

 魔闘術で熱の耐性も上がっているのにもかかわらず、汗が噴き出してきた。


「………………マル?」 


 熱に耐えながら少しずつ壁に近付いていくと、全身の毛が焼けたマルが動かなくなっていた。


「マル!! マル!!」


 急いでマルを拾い上げたケイは、この熱風地帯から離れた。

 マルまでも死んでしまっていることを受け止めきれないのか、ケイは懸命に声をかける。


「マル…………」


 いくら呼んでも、マルはケイの言葉に反応しない。

 壁の近くにいたということは、壁を作るのに全力を尽くし、魔力切れをしたのかもしれない。

 魔力切れで気を失って、そのままあの熱に晒されたのでは、どんな生物でもひとたまりないだろう。


「…………みんなの所に帰ろうな……」


 回復魔法をかけて元のマルの姿に戻してあげると、目を瞑るマルを手に乗せたまま、ケイはみんなのいる洞窟の方へ向かって走り出した。

 せめて1匹だけでも生きていて欲しいと期待を持って来たというのに、3匹とも死んでしまっていたことで、ケイは深い悲しみに包まれたのだった。






◆◆◆◆◆


「いい大人の男がいつまでも下を向いてるんじゃないわよ!」


 みんながいる洞窟にたどり着くと、ケイはみんなにマルたちの亡骸を渡して外へ出てきた。

 帰って来た時のケイの様子から、美花とレイナルドもなんとなく察してはいた。

 マルたちと一番長く一緒にいたケイが落ち込むのは分かる。

 しかし、今は状況的にケイに落ち込んでいられては困る。


「落ち込むのはこの危機が去ってからにしなさい!」


「……………………」


「…………あぁ!」


 強い口調で叱咤する美花だが、うっすらと涙が浮かんでいるように見える。

 それが分かっているのか、レイナルドは無言で美花を見つめていた。

 美花のいうことはもっとも、そもそもマルたちはみんなのために命を張ったのだ。

 それに気付いたケイは、うつむいた表情をやめて顔を上げた。


「レイ! キュウと休んで魔力の回復に専念しろ!」


「あ、あぁ……」


 大きな噴石はなくなりつつあるが、まだ予断は許さない。

 なので、障壁を張る役割を長時間任せられるのはレイナルドとキュウだ。

 少しでも早く魔力を回復させてほしい。


「美花はもしもの時のためにこのまま近くにいてくれ」


 キュウがやったように、大きな噴石がまた落ちてくるかもしれない。

 その時のためには2人態勢の方が良いだろう。

 美花ならその役割をこなすことができるはずだ。

 だから、もういてもらうことにした。


「障壁は俺が代わる」


「分かったわ!」


 魔力量ではまだ障壁を張っていられるだろうが、美花には緊急対応の方に気を付けてもらいたい。

 なので、障壁はケイが張ることにした。

 何も考えずにそうしている方が、今のケイには気が楽でいられたのだった。






「……弱まったか?」


 夕方に美花から障壁を張る役を代わり、夜の間もケイは障壁を張り続けた。

 翌朝になり、噴煙は上がっているが、噴火の勢いは弱まってきているように見える。

 噴火口が二つになったからか、一気に噴出したことによってマグマの勢いもなくなりつつある。

 危険な落石はなくなり、障壁を張らなくても良さそうだ。

 しかし、火山灰は降ってきているので、薄い障壁を張るだけにしている。


「とりあえず危機は脱したかな?」


 この状況が続くようなら、壊れた家の修理に向かっても良さそうだ。

 とは言っても、獣人のみんなは魔力が少ないため、長時間の外出は火山灰を吸い込んでしまう危険がある。

 なので、まだ外出の許可は出せない。


「俺は出てもいいかな?」


「う~ん…………いっか」


 獣人のみんなには申し訳ないが、もう少し噴火が静まるまではこのまま洞窟内で過ごしてもらうしかない。

 しかし、ケイの息子のカルロスの魔力は結構な量ある。

 今の噴火状況なら、障壁を張ってもらう役を任せても大丈夫だろう。

 まだ完全に治まった訳ではないため躊躇われるが、畑や家は壊滅状態。

 少しでも早くそれらを回復させたい思いもあるので、ケイは渋々カルロスに許可を出した。


「レイ! カルロスとキュウと一緒にみんなの家の修復を開始してくれ」


「分かった!」


 しっかりと睡眠と休養を得たことで、レイナルドとキュウは魔力が回復した。

 それにカルロスが加われば、余程のことがない限り問題が起こることはないだろう。


「俺と美花は少し休ませてもらう」 


「任せたわよ」


 障壁を張り続けなくてはいけなかったケイと、もしもの時のために一緒に起きていた美花は、レイナルドにあとを任せ、仮眠をとることにした。






◆◆◆◆◆


「……綺麗になってるな」


 ケイが仮眠をしてから外に戻ると、寝る前には洞窟周りにいくつも落ちていた大きめの噴石が、綺麗になくなっていた。


「カルロスが張り切っちゃって……」


 レイナルドが言うには、噴石を片付けるためにカルロスが魔力を使って北の海に捨ててきたとのことだった。

 弱いながらも余震が続き、噴煙も治まっていないのだから、あまり無茶をするなとレイナルドも注意をしたのだが、


「俺がもっと魔力があれば、マルたちは死ななかったかもしれないから……」


 こう言われては、レイナルドもなかなか止めづらく、もしもの時にはキュウもいるので、そのまま好きにさせることにした。

 年齢差はそれ程ないレイナルドとカルロスだが、どちらかというと母の美花に似たカルロスは、レイナルドほど魔力が多くない。

 とは言っても、人族に比べればかけ離れた魔力量をしてはいる。

 それが、カルロスにはちょっとコンプレックスだったのだが、今回のことで更に刺さったのかもしれない。

 母に似たせいだとは思いたくはない。

 しかし、魔力量が少ないのはやはりそのせいだからだと、カルロスはどうしても考えてしまう。

 今回被害に遭ったマルたちは、子供の頃から一緒に過ごしてきた思い出がある。

 ケイと同様に、カルロスも家族のように思ってきた。

 それなのに、みんなの役に立てず、マルたちが死んでしまうことになったのは、自分のせいだと思ってしまっているようだ。


「カルロス!」


「ん?」


 洞窟周辺の清掃が一段落着いたことで休んでいたカルロスに、ケイは近付いていった。


「お前の魔力量が少ないのは俺とレイナルドのせいだ。だから気にするな!」


「……え?」


 自分のコンプレックスの原因は母のせいだと、認めたくはないが思っている部分がカルロスにはあった。

 だが、父であるケイに言われた一言の意味が分からず、カルロスはキョトンとした。


「お前、ダンジョンに行く回数他の人より少ないとか感じたことなかったか?」


「…………いや、別に……」


 そんなこと思ったことなかった。

 別にダンジョンに行くことは他の大人たち同様、止められたことはなかったように思える。


「俺やレイが、お前が怪我して帰ってくるのが心配で、いろんな仕事をさせてダンジョンに行く機会を削っていたんだ」


「「すまん!」」


「……え?」


 父と兄、2人そろっての謝罪と突然の告白に、カルロスはキョトンとしたままだ。

 たしかに、カルロスがダンジョンに行くと怪我をすることが多かった。

 しかし、だからと言って、2人がそんなことしているとは思ってもいなかった。


「……じゃあ、俺の魔力量が兄ちゃんより少ないのは?」


「…………単純に経験不足だな」


 レイナルドは、性格的にケイ同様の銃を使った戦闘スタイルが合っているらしく、少し離れて戦うので怪我が少ないのでケイも安心して放っておける。

 結婚して子供もできたことだし、ますます安全に戦うようになったとケイは思っている。

 カルロスが母に似たせいと言うのも、実は関係があるのだが、刀を使った剣術が好きなカルロスは、敵との距離が近いために怪我をしやすい。

 それが心配の種だった。

 甘くなるのも美花に似ているせいで、ケイとレイナルドはカルロスにはあまり魔物と戦わせたくないと思うようになってしまった。

 そのせいで、強い魔物を倒す経験が減った分、魔力量も伸びていないと、ケイとレイナルドは説明した。


「お前が見てない所で、美花にはよく怒られていた」


「母さんは甘やかしたくないようだったから……」


 2人と違い、母の美花はカルロスを強くしたかった。

 しかしながら、2人が連携を取って上手く甘やかすものだから、カルロスが伸び悩むようになった。

 最近では、甘やかしたのがバレたらマジで怒りだし、刀を目の前に突き付けられたこともあった。


「……んだよ! 2人のせいだったのかよ!?」


「「すまん……」」


 こんな時になって、まさかコンプレックスの原因を知ることになるとは思わなかった。

 母のせいだと思っていた自分が、とんでもなく馬鹿に思えてきた。

 それどころか、母の方が自分のために色々してくれていたことを知り、情けなくも思えてきた。

 2人がしてきたことに気付かなかった自分も悪い。

 何だか2人を怒るに怒れず、もやもやした感じになってしまった。


「…………もういいよ。もうすぐ結婚するんだし、俺のことは甘やかさないでくれ」


「「……分かった」」


 何だかちょっと間があった気がするが、これでこれから先は2人も自分のことを甘やかさないだろう。

 自分にとって最大のコンプレックスが消えたせいか、思い悩んでいた表情から、妙にすっきりした表情に変わったカルロスだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る