第37話

「今日は頑張ろうな、キュウ!」


“コクッ!”


 春ももうすぐ終わりに近づいて来た頃、いつものように手合わせを終えたケイと美花は、キュウとマルを連れて西側の島へ向かった。

 今日の主役はキュウだ。

 ずっとパワーレベリングを続けてきて、キュウの魔力の量はかなり増えた。

 それによって魔法の威力も上昇してきたため、そろそろ魚の相手などではなく、魔物の相手をさせて見ることにした。

 今回はキュウだけで、まだマルには荷が重いので、付き添いで来ている美花に持っていてもらう。


「一番弱いのはやっぱりスライムかな?」


 体が液体だからだろうか、スライムは火魔法に弱い。

 まずは火魔法をと、練習を続けてきたキュウには一番いい相手かもしれない。


「っと……、ムカデが来ちゃったか」


“パンッ!”


 スライムを待っていた一行の前には、ムカデの魔物が現れた。

 大型犬並みに大きな図体をしている。

 噛みつくと、太い枝でもへし折る程の顎の力をしている。

 そのうえ、微弱な痺れ毒も口から分泌するので、なるべく近付かずに倒すのがベストだ。

 ムカデは木の上に登ってケイたちを待ち受けていたようだが、探知をしているケイからしたら丸見えだ。

 無駄な時間を費やしたくないケイは、ホルスターから銃を取り出し、木の上のムカデに向かって発射する。

 姿を見られているとは思っていないムカデは、その銃弾を食らって頭が吹き飛ぶ。

 ケイたちは虫の魔物は食べない。

 キュウとマルは食べられるようだが、あまり食べさせたくないし、食べている姿を見たくない。

 とはいえ、ダンジョンの養分にはなるので、ムカデの亡骸は魔法の指輪に収納しておいた。

 

「出て欲しい時に出ないものだな……」


「……そうだね」


 どういう訳だか、今日に限ってスライムがなかなか出ない。

 これではただみんなで散歩しているのと変わりがない。

 マルにいたっては、美花にずっと撫でられていたのが気持ちよかったらしく、眠ってしまっているようだ。


「もう次の魔物で試して見るか?」


“コクッ!”


 ムカデ以外にもダンゴムシやナメクジなどの魔物に遭遇するが、その都度ケイが発見と共に撃ち殺している。

 いまだにキュウは魔法を撃てていない。

 それに、そろそろお昼になる。

 早めに切り上げるつもりでいたので、昼食を持ってこなかった。

 食べに帰るためにも、そろそろ拠点に向けて移動を開始したいところだ。

 最初の目的は、キュウの魔法が魔物へ通用するのか見るためなので、スライムにこだわる必要はない。

 なので、ケイは次に現れた魔物で試してみることを進めてみる。

 キュウも何もできず暇をしていたため、すぐに頷いた。


「…………あっ!? いたっ!」


 そんなことを言っていたら、目当てのスライムがケイの探知に引っかかった。


「あっちの方角200mくらいのところにいるぞ」


“コクッ!”


 ケイは、左手に乗ったキュウへ右手で指さして教えてあげる。

 魔法は上手くなったが移動速度は大して上がっていないので、キュウたちは、もっぱらケイか美花に乗っかって移動している。

 今回もスライムに近付くのはケイに任せている。

 おかげで、キュウは手の上で魔力を集めることに集中できる。


「……見えたか?」


“コクッ!”


「いつでもいいぞ」


 ある程度スライムに近付くと、ケイは木の陰に隠れてキュウに尋ねる。

 見つからないように行動したので、スライムにはまだ存在を気付かれてはいない。

 今回はキュウが攻撃するので、スライムの方向に顔を向けてあげる。

 ミスをしてもケイが銃でフォローするつもりなので、銃を抜いてキュウのタイミングに合わせることにした。


“ボッ!!”


 キュウの口の前に集まった魔力が、炎を巻き上げ発射された。

 魔力の球を核にしたバレーのボール大の火の玉が、スライム目がけて飛んで行く。


「っ!?」


 その火の玉に気が付いた時にはすでに遅く、キュウの魔法がスライムに直撃した。

 体の大半が蒸発したが、スライムはこちらを見て少し動く。

 が、どうやら核となる魔石が壊れたらしく、そのままドロドロと溶けるように消えていった。


「やったな。まぁ、ギリギリってところだけど……」


 今回はスライムがこっちの存在に気付かず、攻撃への反応が遅くなり直撃したが、もっと早く気付かれていたらもっとダメージは浅かったかもしれない。

 それを考えると、及第点といったところだろうか。

 それでも勝ちは勝ち。

 ケイはスライムを倒したキュウを褒め、撫でてあげた。


「すごいねキュウちゃん!」

 

 美花もキュウの功績を褒め、優しく撫でてあげる。

 当のキュウは誇らしそうに2人に撫でられ喜んだ。

 マルもいつの間にか起きていたらしく、キュウの魔法を見て目をキラキラさせている。


「このまま強くなっていけば、畑を任せられるようになれるかもな」


「そうだね。それに、ダンジョンにいってるとき暇だもんね」


 冬の間は畑の世話もないため、ケイと美花はダンジョンに行くことがある。

 その時キュウとマルは拠点で留守番をさせられているので、寂しい思いをしている。

 ケイたちもそれが毎回気になっていたのだが、今回のことで東の島から出なければ拠点内に閉じ込めることもしなくて良くなるかもしれない。


「まぁ、今回のみたいに避けられそうにならないように、飛ばした魔法をコントロールできるようにならないとな」


“コクッ!”


 キュウの魔法はまだ一直線にしか飛ばせない。

 今回もスライムが少し避けたので即死にはできなかった。

 少し避けられても当てられるようになれば、もっと安心感が増す。

 次の目標を与えられ、キュウはやる気の目で頷いた。




 美花が流れ着いてからもうすぐ1年になる。

 1人と1匹の生活から、2人と2匹の生活に代わった1年だった。

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