第281話 辺境伯との会話(5)

 メディーナさんが、1億円の入ったアタッシュケースをバックヤードに移動している間に、ナイルさんが店内に入ってきた。


「ゴロウ様、お待たせしました」

「兵士への指示は終わったんですか?」

「はい。それよりもメディーナは?」

「今、バックヤードにお金の入っているアタッシュケースを移動して貰ったところです」

「そうですか」


 俺は、ナイルさんと会話しながら店のシャッターを閉める。

 その後は、二人をバックヤードを通り日本へと連れていく。


「まだ暗いですね」

「時間的には、まだ日付が変わっていませんから」


 そう会話しながら、俺は二人を連れて月山雑貨店の駐車場側からシャッターを開けてアタッシュケースをバックヤードから店の外へと運び出した後、シャッターを閉めた。


「それでは、ナイルさんと、メディーナさんは、アタッシュケースを母屋まで運んで、紙幣を保管している箪笥前に置いておいてください」


 俺の頼みに二人が頷いたのを確認したあと、俺は雪音さんに話を通すため、一足先に母屋へと戻った。

 母屋の玄関前に到着したところで、戸をスライドさせて開ける。


「わんっ!」

「おかえりなさい。五郎さん」


 玄関の戸を開けた瞬間、フーちゃんの叫びと共に雪音さんが出迎えてくれた。


「フーちゃんがね、五郎さんが帰ってくる事に気が付いたみたいで玄関にずっといたの」

「あー。だから雪音さんも一緒に居たんですか」

「はい。それにしても犬は飼い主が戻ってくる時に、気が付くって聞きますけど本当なのですね」

「そういえば、そんな話がありましたね。――と、言う事は、俺のことは飼い主だと理解しているという事という事になりますよね」

「そうですね」

「そうすると、普段は、俺の言う事をまったく聞かずに敵意剥き出しなのは、もしかしたら……ツンデレって奴ですね」

「それは、どうでしょうか?」


 雪音さんが困惑した表情を見せてくるが、間違いはないはずだ。

 そうじゃないと、俺が家に到着した際に玄関で出迎えるはずがないからな。


「まったく――、素直じゃないんだからな」


 俺はフーちゃんの手を伸ばす。

 するとフーちゃんは、俺の伸ばした手をパシッ! と、前足で叩くと軽い身のこなしで玄関前から去っていく。


「……これは、ツンしかないのでは?」


 デレがないツンツン。

 きっとフーちゃんは、俺にとって、そんな感じなのだろう。

 まったく99%OFFの訳アリドックフードを主食にしてやろうか。


「あのー、ゴロウ様」

「あ……」


 フーちゃんと戯れていたら、あとから母屋に向かっていたナイルさんとメディーナさんが何時の間にか追いついていた。


「メディーナさんもお帰りになられたんですね」

「はい! 今日から、またお世話になります! ユキネ様」

「こちらこそって? あれ?」


 首を傾げる雪音さん。

 それを見たナイルさんが口を開く。


「ユキネ様。じつは、ゴロウ様がルイズ辺境伯領を継ぐ可能性が非常に高くなりました事から、ユキネ様を、ゴロウ様の第一夫人として扱うようにとノーマン様から命令を受けていまして――」

「そ、そうですか? ――で、でも! 大丈夫ですよ? ここは日本ですから。そういうことは、公の場――、例えばルイーズ王女殿下やエメラス侯爵令嬢がいらっしゃる時だけ呼び名を変えてくだされば結構ですので――」


困惑した様子の雪音さん。


「だって、様付けはちょっと……」

「ですが――」

「ナイルさん。とりあえず、こちらの世界では、迎賓館にいる3人の前以外では普通に『雪音さん』でお願いします。今まで通りの方が、雪音さんもいいみたいですから」

「……分かりました。――ですが、ゴロウ様は……」

「俺は、すでに定着しているみたいなので、好きに呼んでください」

「了解です! メディーナ!」

「はい! 次期党首様からの命令、謹んでお受けします」


 二人して仰々しく、俺からの頼みを受けるのはやめてほしい。


「ナイルさん、メディーナさん」

「はい?」

「どうかしましたか?」

「二人とも普通に『はい』で、答えるだけでいいので」

「分かりました。メディーナも気を付けるように」

「はっ! 副隊長!」


 これは改善が大変かもしれないな。

 

「あ、五郎さん。夕食はどうされますか? 夕食を作りましたけど」

「いただきます」

「――では、ゴロウ様。私とメディーナは、アタッシュケースを居間に移動しておきます」

「宜しくお願いします」


 二人が、俺が寝泊まりしている居間に、アタッシュケースを運んだあと、俺とナイルさん、そしてメディーナさんと雪音さんを含む4人で夕食を食べた。

 夕食後は、アタッシュケースから紙幣を取り出し、箪笥の中に詰めていく。

 2億円、全てを箪笥の中に入れたあと、アタッシュケースは親父の部屋――、物置に仕舞う。


「はぁ、今日は疲れた……」


 居間に戻ると、雪音さんが布団を敷いてくれていた。

 時刻は午前1時過ぎ。

 ここ数日、まともに寝てないから早めに寝るとしよう。


「お疲れ様です。五郎さん」

「雪音さんも今日はお疲れ様でした。今日は早めに休んでください」

「はい。それではお先に失礼させてもらいます」


 雪音さんは桜の部屋へと向かう。

 その後ろ姿を見ていてふと思う。

 部屋の数を増やした方がいいかも知れないと。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る