第274話 婚約指輪を作ろう(3)
那珂町社長の御厚意を受け入れて、俺達は店の奥まった部屋に通された。
そこは、先ほどまでの店内とは明らかに置かれている調度品や椅子、テーブルの品質が、上質なモノばかり。
何も知らない俺でも分かるほどだから、明らかに上等な代物なのだろう。
勧められたソファーに座れば、まるで抱かれているような座り心地だ。
「ふかふかなのー」
桜と言えば、ソファーに座ると背もたれに力いっぱい背中を預けると目を閉じて――、
「すやー」
――3秒で寝た。
「……雪音さん」
「疲れているみたいですね」
「ですね」
少し待っていると、那珂町社長がパンフレットを手に部屋に入ってくると、ガラスのテーブルを挟んだ向かい側のソファーに座る。
「お待たせしました。何やら事情があるようでしたので、個別の部屋へお通ししました」
どうやら、こちらの特別な事情を何となく察してくれたのか、そう話を那珂町社長は切り出してきた。
「なるほど。お手間をかけます」
「いえいえ。こういう商売をしていますと事情ありの方が時たま来られますので。それで――、月山様」
「何か?」
「具体的な予算は幾らほどで?」
「そうですね。御社の方では、いくらくらいまでの指輪を作れますか?」
俺の質問に一瞬、きょとんとした表情を見せた那珂町社長。
「どうかしましたか?」
何か、俺、変な事を言ったか?
内心、そんなことを思ったところで――、
「まさか、予算をお聞きしたのに、いくらまでの指輪を製作できるのか聞かれてくるお客様は初めてです」
――そう、言葉を返してくる那珂町社長。
「そうですか?」
「はい。そうですね、我が社ですと、2000万円ほどが限度かと――。それ以上ですと……」
「そうですか。それでは、2000万円ほどの婚約指輪の製作をお願いします」
「――!? わ、分かりました。それでは、まずは2000万円の内の30%を内金としてお支払い頂くことは可能でしょうか?」
「30%?」
そんなものでいいのか。
俺はバックの中から100万円の束を出して積んでいく。
その数は、6束ではなく24束。
合計で2400万円。
「あの納品までに残りを支払って頂ければ……」
「いえ。他に作って頂きたい物がありまして――」
「他にですか?」
「ネックレスとイヤリング、それと結婚指輪も同額で作って頂けますか?」
俺の言葉に氷つく社長。
そして――、しばらくして――、
「わ、分かりました。社の全力を賭して作らせて頂きます。それで、残りの残額ですが、納品までにご入金ください」
「それって、今、全額をお支払いしても?」
「――え?」
俺は、先の100万円の束に追加するかのように、ガラスのテーブルの上に、残り56束――、5600万円を乗せる。
――合計で8000万円。
「――す、少し、お待ちください」
慌てて部屋から出ていく那珂町社長。
「五郎さん」
「どうかしましたか? 雪音さん」
「五郎さんが価格に拘っているのは、王族の方が側室として五郎さんに嫁入りする際に、見劣りしないようにと考えているからですよね?」
「そうですね。俺の中では、雪音さんは本妻なので――。ただ、この言葉の意味は、あまりよくはありませんけど……」
「――いえ。気にしないでください。これは必要な経費ですから――」
やっぱり雪音さんは、必要経費だと思って何も言ってこなかったのか。
「お待たせしました」
「いえ。それで、月山様。少し、説明させて頂きたいと思います。指輪は、宝石店から購入する場合、ご購入金額が30万円以上になりますと課税対象になります。それで――」
困ったような表情をする那珂町社長。
「なるほど。つまり8000万円で購入する場合、そこに課税されるという事ですか」
――良かった。
1億円もってきておいて。
「ちなみに、おいくらほど」
社長が電卓を打ち、課税金額を提示してくる。
「これだけになります」
「なるほど。――では、これで足りますね?」
俺は、さらにバックの中から、数本の1万円札の束をとりだし、ガラスのテーブルの上に追加で載せる。
「これで大丈夫ですか?」
「――ッ。も、もちろんです! 誠心誠意! この那珂町! 仕事を頑張らせて頂きます!」
「宜しくお願いします」
「それでは、月山様。どのような指輪にしたいのかの具体的なイメージなどはありますか?」
「そうですね。雪音さん」
「はい」
「雪音さんは、何か好きなイメージとかありますか?」
「えっと……」
店の店員が、途中で部屋の中に入ってくると1万円札の束を持って出ていく。
どうやら他の部屋で枚数を確認するらしい。
婚約指輪、結婚指輪、結婚の時の宝飾品であるネックレスやイヤリング。
それらの形やイメージを、雪音さんと俺と那珂町社長で話し合った。
――5時間後。
那珂町ジュエリーの本店を出た俺は、まだ寝ている桜をお姫様抱っこし雪音さんと一緒に駐車場に向かっていた。
「五郎さん」
「どうかしましたか?」
「フーちゃんを迎いに行かないとですね」
「あー」
2時間程の予定で、フーちゃんを預けていたけど、完全に時間オーバーしている。
俺は、すぐにフーちゃんを預けたペットホテルに連絡しようとするが両手が埋まっていて――、
「五郎さん。私の方から連絡しておきますね」
「宜しくお願いします」
雪音さんがペットホテルに電話を入れる。
「五郎さん、ペットホテルは、あと1時間で閉まるそうです。あと延長料金がかかるそうです」
「ですよね」
延長料金がかかるのは仕方ない。
俺達は、フーちゃんを預けているペットホテルへと向かう。
「……ん、んんっ――。あれ? おじちゃん?」
「お、目が覚めたのか?」
「うん。ふぁあー。このままでいいの」
桜は、俺に抱っこされたまま、また目を閉じてしまう。
「桜、そろそろフーちゃんを預けたペットホテルに到着するから――」
「はーい。桜、歩くの」
桜を下したあと、雪音さんが桜と手を繋ぐ。
俺は、そんな雪音さんから犬用のキャリーケースを預かり、到着したペットホテルへとフーちゃんを迎えにいく。
ペットホテルに入り、フーちゃんを迎えにきたことを伝えると――、女性店員がフーちゃんを抱いて連れてきた。
もちろん、フーちゃんは静かだ。
そして、俺を見た瞬間に、女性店員の手から飛んで空中で一回転すると、床に着地し――、
「ガルルルルルッル」
普通に、いつも通りフーちゃんは激おこだった。
「あれ? どうしたの? どうして、そんなに……」
「あ、気にしないください。いつも俺だけには、こんななので――」
戸惑っている店員さん。
まるで、俺がフーちゃんを何時も蔑ろにしているように思われてしまうから本当に止めて欲しい。
「ほら、帰るぞ。フーちゃん」
「ウーッ、わんっ!」
床を蹴るフーちゃん。
そして、まっすぐに体を空中で回転させながら突っ込んでくる。
俺は、そんなフーちゃんを空中で掴み犬用のキャリーケースに入れる。
「わんっ、わんっ!」
「すいません。うちの犬が迷惑をかけてしまって――」
「い、いえ。それよりも、ずいぶんと興奮しているようですけど……」
「いつもなんですよ。俺のときだけ」
「そうですか……」
「それで延長料金を含めて、いくらになりますか?」
俺は、ペットホテルの店員さんに延長料金を払い、駅前のペットホテルから出た。
ペットホテルを出ると、桜と雪音さんが待っていて、桜の姿を見たフーちゃんは静かになった。
「それじゃ帰りますか」
「そうですね」
「うん!」
「ガルルルルッ」
どうして、そこでお怒りボイスで返事してくるのか。
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