第266話 ルイーズ王女殿下の訪問(3)

――と、なるとエメラスさんが求めているモノとは本質的には違うってことか。

そうなると……。


「ルイーズ王女殿下は、どのようなことをご所望ですか?」

「ツキヤマ様。少し歩きたく存じます」

「分かりました」


 まぁ、歩くくらいなら問題ないか。

 それにしても散歩か……。


「少し待っていてください」


 俺は、店の中に入る。

 店内には客は幸い居ない。

 エメラスさんに、ナイルさんが親切丁寧に説明できるのも、客が居ないからだろう。

 きっと根室さんも暇を持て余しているに違いない。

 そう思いながら、チラリと根室さんの方へと視線を向けると、ぶすっとした様子でナイルさんを見ていることに気が付いた。


「根室さん」

「――は、はい! 月山さん、どうかしましたか?」


 何度か声をかけたところで、ようやく気が付いてくれた。


「ナイルさんに少し向こうの外国からの訪問客に村の中を案内すると伝えてください」


 俺は親指を、外で待っているルイーズ王女殿下へと向ける。

 すると、根室さんは俺の親指が指した先――、外で此方をジッと見てきているルイーズ王女殿下へと向けられる。


「す、すごく気品のある女性ですね? なんだか日本人に見えますけど……?」

「まぁ、中身は外国(異世界)からの訪日客なので」

「そうなのですか」

「ちなみに、ナイルさんが接客している向こうの女性はエメラスさんと言いますが、彼女も訪日客です」

「え? ――ということは……、海外からのお客様だから、外国から技能実習生として来日しているナイルさんが、月山様の指示で接客しているという事ですか?」

「そうなります」

「良かった……」


 俺の答えに心底、安心したような深い溜息をつく根室恵美さん。

 どうやら、これは本格的に本格的かも知れないな。

 きっと、たぶん、ぜったいに――、根室恵美さんは、ナイルさんに十中八九、好意を抱いている。

 しかし、それは良いのか?

 情報の漏洩とかの問題ではなく、異世界人が地球で本格的に暮らす場合、魔力欠乏症で死ぬ可能性もあるし、何より、異世界について知る必要もある。

 さらに言えば、和美ちゃんとの関係性もある。


「それでは、宜しくお願いします」

「はい。承りました」


 託を頼み、俺は店の外へと出る。

 

「ルイーズ王女殿下、お待たせしました」

「いえ。それよりもお話は終わったのですか?」

「はい。エメラスさんへ託をしてもらうようにお願いしました」

「そうなのですか!」

「はい。それでは、少し村の中を案内しますね」


 俺は歩き始める。

 まずは、行先は、河原だ。

 そもそも結城村には、大して観光場所のような場所は、ほとんど存在していない。

 俺の後ろを――、2歩下がった場所を付いてくるルイーズ王女殿下。

 店の横を通り過ぎ、河原に出たところで――、俺は足を止める。


「ここは……」

「打当川と言います。上流には安の滝というモノがありまして、水源は、そこから――」


 俺は川のことを説明していく。

 何ともない川だが、ジッと黙ってルイーズ王女殿下は、俺の話を聞いている。

 そして、一通り、話が終わったところで――、


「ツキヤマ様」

「どうかしましたか?」

「あの……、ツキヤマ様の領地は、色々とあるのですね」

「色々と?」


 俺は思わず首を傾げる。


「以前に、空を飛ぶ乗り物に乗った時に見た王都を遥かに凌駕する大都市を拝見しました。その後は、ここのように自然が存在している場所に点在する家々」

「そうですね。辺境伯の領地と比べても田舎ですからね」

「い、いえ――。そういうことではなくて……」

「――ん?」

「ツキヤマ様が、私の為にご用意してくださった館ですが……」

「はい」

「色々と用意された魔道具に、王宮に置かれているどのような品々をも上等な家具類など、驚きの連続です」


 何を言いたい?


「私は、最初は特別な魔道具だと思っていました。ただ、それは、ここに来て些か違っていると思ってきました」

「ふむ……。つまりインフラのことですか?」

「インフラですか?」

「こちらの世界には魔法という概念は存在しますし魔法という概念もあります。ただ、それは一般的なモノではありません」


 彼女が、自分達が使っているモノが魔道具だと思っている。

 電子レンジや、冷蔵庫を含む家電製品を。

 それは問題ない。

 ――というか、勘違いされているのは好都合だと言っていい。

 ただ、それを、どうするのか……、どう説明するのか。


「一般的ではない? つまり、魔道具は高価だという事ですか?」

「高価というより、誰でも購入できるモノです」

「それがインフラというモノなのですか?」

「いえ。そうではなく――。インフラというのは、電気・水道・ガス。つまり人が生きていく上で必要不可欠なモノを纏めて言う相称です」

「電気、水道、ガス?」


 俺は河原に転がっている大きめの岩に座る。

 

「どうですか? 座りませんか? ずっと座っていると疲れると思いますから」

「そうですわね」


 俺の隣に座るルイーズ王女殿下。


「る、ルイーズ王女殿下!?」

「ツキヤマ様、わたくしのことは、ルイーズと呼び捨てすてして下さって構いません」

「いえ。それは、流石にできません」


 何せ、今は婚約している状況。

 つまり、彼女の籍はエルム王国の王家に帰属している。

 そんな女性を呼び捨てする事を、事情を知らない者ならいざ知らず事情を知っている者が行えば、後々、面倒な事になることは目に見えている。

 何せ、ここには侯爵令嬢のエメラスという人物がいるのだから。


「どうしてですか?」

「まだ婚約の段階です」

「…………そういうことですか」


 そう彼女は呟くと、俯いてしまう。

 何故か憂いを帯びた表情に、俺は何となく自分が彼女の心の傷を抉ったような気がしたが、それが何か分からない。

 だから、俺は話題を変えることにする。

 そう、インフラという話題に。


「結婚まで我慢してください。それと、そのような表情は、貴女には似合わないと思います」

「……え?」

「申し訳ない。貴女を傷つけるような物言いになってしまったことを申し訳なく思います」

「どうして、ツキヤマ様が謝られるのですか?」

「何となくですかね」

「何となくですか?」

「はい。何となくです」

「そうなのですね……」


 何となく理解してしまった。

 彼女は、回りに色々と距離を置かれていたということを。

 だが、それは俺も同じだ。

 何せ、俺も彼女との婚約に関しては店を運営していく上で、必要だから行うのだから。

 その点を加味するのなら、俺の為に彼女を利用するのだから、俺の方が、酷いとも言える。

 だから、少しでも誠意をもって対応したいと思ってしまった。

 だが、それは……。


「そんなに深刻な顔をしないでくださいませ。私は、ツキヤマ様にはご迷惑をかけたいとは思っていませんので」


 どうやら、ルイーズ王女殿下も、俺と同じことを考えているようだ。

 その動機は違うかも知れないが。


「分かりました。話しが随分と逸れてしまいましたね」

「そうですわね」


 しばしの沈黙。

 川の流れ――、せせらぎだけが音として耳に入ってくる。


「ルイーズ王女殿下」

「はい」

「インフラについての話ですが、ルイーズ王女殿下が住んでいる迎賓館に設置されている食品などを冷やす冷蔵庫、食品を温める電子レンジは電気で動いています。もちろん館を照らす灯りも電気です」

「電気というのは魔法ではないのですか? それをインフラと言うのですか?」

「先ほども、お話した通り、インフラというのは、電気・ガス・水道を全て纏めた相称です」






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