第217話 エルフ族の副族長の話

「はははっ、そうですね」


 メディーナとの会話に合わせて、俺は呟く。

 まぁ、ハイエルフの村長とは、結界に関して話すことがあったから、丁度いいか。

 そう考えていると、メディーナが、俺の前で膝をつく。


「ゴロウ様」

「はい? どうかしましたか?」

「これから、ゴロウ様の領地に滞在する事も含めまして、挨拶を――」


 俺は、一瞬――、そういうのは良いので……と、言いかけたところで回りを見渡して、兵士達が此方を注視している事に気が付き、喉元まで出かけていた言葉を呑み込む。


「う、うむ。問題を起こさぬようにな。俺の側室になるルイーズ王女殿下の侍女として」

「一命に掛けましても!」


 そこは命まで掛けなくていいんだが……。

 問題を起こさないだけでいいんだがな……。

 ただ、メディーナは容姿が非常に優れているし、そういう訳にもいかないんだろうなと、心の中で溜息をつく。

 俺が一人、考えている間にもメディーナは立ち上がり、


「それでは、ゴロウ様」

「どうした?」

「出来れば、私がお仕えするルイーズ様が、ゴロウ様の世界に行く前に、先に用意をするため、異世界に滞在し、異世界の事について学んでおきたいと思うのですが……」

「あー、なるほど……。それなら、ナイルさんも一緒に来るときに、同行するというのは、どうですか?」

「分かりました!」


 啓礼をするメディーナを見て、軍人らしいと思いつつも、異世界についての教育についてはナイルさんに一任する事にした。

 正直、一から教えるのは大変だからな。

 また根室さんに教育係りを任せるのもあれだし。


 兵士が、ナイルさんに連絡を取ると去っていき、メディーナと会話を終えてから店前で放置されること30分ほど。

 

「ゴロウ様! お待たせしました」


 軽装で姿を見せたナイルさんは、俺の少し前に馬の脚を停めると、ヒラリと馬から降りて俺の目の前で敬礼をしてきた。


「――いや、こちらこそ、いきなり来てしまって」

「いえ。お気になさらず。それよりも、随分と早く再来されたのですね」


 そのナイルさんの言葉に俺はコクリと頷く。


「じつは、魔力の回復の為にリーシャさんを連れて来たんです」

「ああ。そういうことですか。かなり長い間、リーシャ様は、異世界に行っていられましたからね」

「そういえば、ナイルさんも、うちの店の店員として働いている時は、それなりの長い間、異世界に滞在していましたよね?」

「まぁ、私は人間ですから。そこまでゴロウ様が住まう世界には拒否されていませんでしたから」

「なるほど……」


 そういえば、元の世界の姿から掛け離れれば掛け離れるほど肉体維持の為に魔力の消費量が比例するって、リーシャが言っていたな。


「――と、されますとリーシャ様は、此方の世界に戻ってきているのですか?」

「はい。今は、1時間程、席を外しています」

「……と、なると――。もしかしてエルフの森に?」

「そこは分かりませんが……」


 そこまでは俺も詳しくは聞いてない。

 だが、森の魔力と言っていたから、その可能性は否定できない。


「なるほど……。そうしますと丁度いいかも知れませんね」

「丁度いい?」

「はい。じつは、クレメンテ様と連絡が取れていないのです」

「それは……、大問題なのでは?」

「副族長のディアルーナ様とは、連絡が取れましたので、3日後には、此方に来られるとのことです」

「ディアルーナ?」

「はい。現在の族長クレメンテ様の妹に当たるとのことです」

「なるほど……。――と、なりますとハイエルフで?」

「いえ。エルフとのことです」

「エルフ!?」


 それって、淫魔じゃない本物のエルフか?

 

「はい。エルフ族の中でも、ハイエルフなのは、クレメンテ様とリーシャ様、あとは僅か数人ですので、大半はエルフとなります。ですから、副族長の方がエルフなのです」

「そういう意味ですか」

「それで、リーシャ様との仲はどうですか?」

「どうとは?」

「いえ。私が、ルイズ辺境伯領に戻ってきたこともあり、ゴロウ様の護衛も出来ておりませんでしたので、それでリーシャ様とはどうかと思いまして……、何せリーシャ様は、ゴロウ様に嫁ぐ為に異世界に行かれた訳ですから。あまりあれですと、ハイエルフ族が率いるエルフ族との仲が悪くなることもありますから……」

「あ……」


 なるほど、つまり辺境伯領にとってもエルフ族との関係は、俺とリーシャとの関係性が多いに影響するということか。

 

「まぁ、その辺は、今後の事次第ですね」

「つまり、まだ、雪音様からは、許可を――」


 俺は、ナイルさんの言葉に頷く。

 そんなに側室の話ばかりしていたら、雪音さんも良い顔はしないと思うし。


「そうなります」

「そうですか。まぁ、異世界では晩婚化というのはありますからね」

 

 そう理解を示してくれるナイルさん。

 随分と、地球というか日本の文化に染まってきたなと思う。


「副隊長、ゴロウ様より承諾を得ました!」

「そうか。それでは、今日より、異世界での行軍に備えて、すぐに準備をしてこい!」

「ハッ!」


 話が一段落ついたところで、メディーナが並んでいた兵士達の中から進み出て短く要件を伝え、それにナイルさんが同意したことで、すぐに隊列から離れて馬に乗り去っていく。


「あのナイルさん?」

「ゴロウ様。ノーマン様から伺いました。すでに、こちらからの人材を受け入れる準備は整っていると」

「そ、そうですね……」


 実際には人材を受け入れる準備は整っているが、異世界の常識を教える人間はいない。


「どうかされましたか?」

「じつは――、迎賓館の準備は出来ているのですが、異世界の常識についてはナイルさんと同じように習って頂ければと思っているんですよ」

「なるほど。それは――、たしかに……、分かりました! 私も、今日からゴロウ様の御自宅で寝泊まりしても?」

「あ、その点に関しては迎賓館を使って頂ければと思います。警護の意味合いも込めて、ルイーゼ王女殿下が異世界に行く前に館の過ごし方について学んでおいて遅いという事は無いと思いますので」

「なるほど……。――して、迎賓館から、ゴロウ様の御店までは、馬でどのくらいの距離なのですか?」

「そうですね……。30分もあれば――」

「分かりました。それでは、馬の用意が必要になりますね。そういえば、ゴロウ様の力で、馬を異世界に連れて行くことは可能なのでしょうか?」

「どうでしょうか?」


 その前に、無断で別の世界の馬なんて連れて行ったら村長とか都筑先生に怒られそうだ。

 

「つまり、分からないと?」

「――いえ。とりあえず、馬ではなく自転車を用意します」

「自転車? それは、もしかして桜様が乗られていた?」

「はい。ただ、あれは子供用なので大人用を用意しておきます」

「それは、中々に興味深い提案ですね」


 興味深々と言った様子でナイルさんが、笑顔を見せてくる。

 二人には、シティサイクルを用意すればいいだろう。

 

「もしかして、自転車に興味があったりしますか?」

「はい! ゴロウ様の世界は、こちらの世界にない様々なモノが溢れていますから! そうですか。自転車を!」


 何度も上機嫌で頷くナイルさんは、ハッ! と、すると、先ほど乗って来た馬から荷物を降ろし始める。


「もしかして、日本に持っていくための荷物ですか?」

「はい。主に衣類になります」

「なるほど……って!? ――ま、待ってください! と、とりあえず日本では、此方とは、季節は異なりますから、自分がナイルさんの衣類の購入代金は出しますので」

「そうですか?」

「はい。もうすぐ冬ですから。軽装だと死にます。主に寒さで――」

「それは、残念です」


 







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