第120話 東京都観光(3)

 外環自動車道から首都高に乗り換えたあと赤坂で車は首都高から降りる。

 そのあと一般道を走り霞が関方面へ。

 地下鉄日比谷近くのホテルのスィートルームに到着した頃には、日は沈みかけていた。


「おおっ、この部屋は立派だのう」


 どうやら、藤和さんが借りてくれたスィートルームは辺境伯の御眼鏡に叶ったようだ。

 俺は内心ホッとしていたところで、藤和さんからカードキーを渡される。

 カードキーの番号を見るに、どうやら隣にも部屋を借りているようで……。


「月山様は先にお部屋へ向かっておいてください。私の方から部屋の使い方をお伝えてしておきますので」


 一応、藤和さんには商談は全部自分にまかせてくださいと頼まれていたから黙って頷く。

 余計な事は口にしない方がいいだろう。

 部屋から出たあとは、藤和さんが俺達の為に借りた部屋にカードキーを使い入室したあとは、長時間、車に乗っていて疲れていたのでベッドの上で横になる。

 そこでふと俺は首を傾げる。


 何となくだが、俺の気のせいならいいんだが……。


「藤和さんの商談について全部任せて発言は俺に足手纏いになるから口を出すな! って意味にも捉えられないか?」


 ――いや、そんな事ないよな。藤和さんも俺が重要だと言っていたからな。


 くだらない事を考えた。

 少し仮眠でも取るとしよう。

 しばらくするとシャワーの音で俺は目を覚ます。

 

「これは、起こしてしまいましたか。申し訳ありません」

「いえ」


 パジャマ姿の藤和さんが隣のベッドに腰かけて謝罪してくる。

 別に謝ってくる必要はないんだが……。


「それより辺境伯達はどうでしたか?」

「そうですね。その辺も含めて月山様と話をしたいと思っていました」

「部屋が上手く使えないとか?」


 異世界の文明は、明らかに日本とは隔絶するほど遅れている。

 そうなると必然的に日本製品、強いて言えば電化製品なども使えない可能性が高い。


「部屋に関しましては、説明を一度しただけでご理解頂けましたのでご安心ください」

「そうですか……」


 特に問題は起きていないと――。

 その割には藤和さんの表情が何時になく真剣に見えて仕方ない。


「それでは何か問題でも?」

「はい。まず家令と偽って月山様の代理として辺境伯様と商談して来ましたが……、十中八九で私が家令ではないとバレていると見ていいでしょう」

「――え?」


 俺の演技は完璧だったはずなのに……。


「恐らくですが、月山様と私との会話を観察して結論に至ったと思います」

「なるほど……」


 それなら仕方ない、俺が一方的に悪くないなら仕方ない。


「それよりも、どうして辺境伯達は藤和さんが家令ではないと気が付いていた事を藤和さんは知ったんですか?」

「簡単な話です。月山様に先に部屋から出て行って頂いたあとの家令ごときに対する対応の仕方を見れば一目瞭然ですから」


 その言葉は確信を得ているように見える。


「それなら自分が商談をした方がいいですか?」

「いえ。辺境伯様は、私を代理として、そのまま商談に望まれると思います。部下の手前と月山様のことも考えて商談の代理変更はしてこないと思います。――ただ……」

「何かあったんですか?」


 浮かない表情の藤和さん。

 そんな彼が口を開く。


「思ったよりも、此方の文明に対して警戒感を抱かせてしまったようです」

「警戒感ですか?」


 以前に、国力を見せて交渉に臨むことは大事だと言うような事を言っていた気がするが、どうして問題だと思ったのか……。

 国力を必要以上に見せると良くない?

 いや――、そういう感じでは……。


「はい、何事にも時期が必要と言う事です」

「それは……」

「月山様もご存知かと思いますが商談において相手に必要以上に警戒心を持たれる事は深く考慮される可能性があると言う事です。そう致しますと色々と面倒になるのである程度は隙を見せておくことも重要なのですが……」

「――?」


 藤和さんが言い淀む。


「こう言っては何ですが……、予測していたよりもノーマン辺境伯様は優秀な方のようです。1を聞けば10を知ると言えばいいでしょうか」

「それって何か問題でも?」


 こちらの意図を少ない情報で判断できるという事は交渉事では短い時間で契約を結んだりできるのだから良いのではないのかと俺は思ってしまうのだが……。

 たとえば、俺とか商品の仕入れとか値段設定とか全部、雪音さんや藤和さんに丸投げしているが、そんな感じでは?


「…………いえ、何でもありません。それよりも、月山様は父親よりも母親に似ていると言われた事はありませんか?」

「よくあります。表裏がないと――」

「――なるほど、納得しました。それよりも月山様は、シャワーなどは?」

「疲れてしまって、まだ入ってないですね。今日は、藤和さん一人に負担をかけてしまったので先にシャワーとか使ってください」

「それではお言葉に甘えまして――」


 藤和さんがシャワーに入っている間に、俺は車の中で渡された予定表を確認していく。

 その項目に書かれている一文。


 ――静岡県御殿場市の東富士演習場への移動。


「警戒感って言っていたから、もしかしたら……、自衛隊を見せることは無いのかもしれないな……」


 軍事力なんて見せたら、余計に相手が委縮する事になりかねないし。

 しばらくしてから藤和さんがシャワーから出てきたあと、俺もシャワーを浴びた。

 室内に戻るとテーブルの上には食事が並べられている。


「食事を持ってきてくれるんですね」

「夕食はバイキングもありますが、あまり出歩かない方がいいと思いますので」

「そうですか……、それでは辺境伯のところも?」

「はい。ワンランク上の食事の手配をしておきました」


 俺は目の前に置かれているフランス料理のフルコースメニューを見て頷く。

 これよりもワンランク上の食事とか一体……。


「月山様、基本的に食事の傾向はナイフとフォークを利用する物となっていますのでご安心ください」

「そ、そうですか」


 俺は、別に――、そういうことを気にした訳ではないんだが……。

 それにしても、男二人で食べる食事というのは……。


「そういえば、藤和さんはご家族には何処まで話したんですか?」

「それは異世界の事を話したのか? と、言うことでしょうか?」


 俺は頷く。


「ことが事ですから、異世界については一切の説明をしていません」

「支払う金額だけでも……、このホテルとリムジンだけでかなりのお金が掛かっていますよね?」


 まぁ藤和さんは、事業に関しては俺よりも上だから大丈夫だと思うが……。

 ただ、かなりのお金を使っているのは明白な訳で……。

 一応は気になったりするわけだ。


「業務で利用するものです。ちょうど、以前から利用している銀行の担当者に少しお願いをしたら融通を利かせてくれましたので」

「なるほど……」


 俺は、ステーキ肉をナイフで切り口に運ぶ。

 味は至高と言っていいほど上手い!

 これよりも1ランク上の食事だと、どのレベルなのかすごく気になる。

 それと同時に、桜のことも気がかりだ。

 俺が居なくて寂しがっていないだろうか……。






 ――その夜、ノーマン辺境伯たちの部屋では。 


 藤和を部屋の外まで見送ったアロイスが戻ってくる。

 ノーマン辺境伯は、ソファーに座ったまま室内にいる部下の3人へと視線を向け――、


「まずは、今後の対応を含めて話し合おうとするかの」

「それでは何か飲み物を――」


 室内にいる人間の中では2番目に位の高い男爵家であるイリス家の当主――、アロイス・フォン・イリスが、冷蔵庫という物から飲み物を取り出す。

 人数分のグラスをテーブルの上に置いたところで、その動きが止まる。


「どうかしたのかの?」

「いえ――、蓋が……」

「ふむ……コルクではないと……」

 

 飲み物――、それはビールであり大瓶。

 アロイスが所持している茶色の瓶には、鋼板(スチール)が使われていて蓋がされている。

 本来なら栓抜きを使って開けるところであったが――、アロイス達は栓抜きというのを知らなかった。

 

「――ではアロイス様、私が魔法で……」

「無駄な魔法は使う必要はない。このくらいは――」


 瓶の首部分をアロイスが両手で――力任せに捩じ切る。

 そして泡が出る液体を、それぞれの器に満たしていく。

 

「ほう……エールか」

「そのようです」


 口にするがキレがある。

 エルム王国のエールとは次元が異なる旨さだと言うのが一口で分かる。


「これは……」

「何か?」

「うむ。飲んでみるといい」


 興味はあったのだろう。

 全員が異世界のエールに舌鼓を打ちながら目を見開いている。


「――さて」


 喉を全員が潤したところで、ノーマン辺境伯は短く言葉を紡ぐとグラスをテーブルの上に置いたあと手を組む。

 そして――、ソファーに深く腰を下ろしたあと3人に座るように目で指示をする。


「まずは、異世界に来てからのお主たちの率直な意見を聞きたいのう」

「それは、この世界についてということで宜しいのでしょうか?」

「うむ」


 3人が目で会話し頷く。

 どうやら、何か思うところがあったようだの。


「私の見立てですが――」


 まずは口火を切ったのはアロイスから。


「ふむ」

「この世界の建築基準は想像を絶しています。エルム王国だけでなく我々の世界を見渡しましても、この異世界の建物を再現する事は出来ないかと思われます」


 アロイスの言葉をノーマン辺境伯は静かに聞いたあと、キースを見る。


「魔法師部隊団長としては、どう見るかの?」

「はい。魔力が、存在しない世界と伺っておりましたが……、とても薄い微々たる物ですが魔力は存在しているようです。ただ――、この魔力量ですと……」

「魔法を使うまでは至らないと言ったところかの?」

「そうなります。ただ、魔力が無くとも生活には支障は無いように見られることから、魔力を使わない文明を築き上げたと考えられるかと――、実際に……」

「この部屋には魔力を使わずに動かす事が出来る魔道具が多く配置されているからのう」

「はい」


 キースが頷く。


「ノーマン様」

「リスタルテ、何かのう」

「この国には脆弱性な部分を見つけたのですが……」

「ふむ」

「この国には騎士団の姿が見受けられませんでした。あとは衛兵らしき者の姿も――、人口の割には異常です」

「それは、武器などを所持していないからという可能性もありそうですね」

「たしかに……」

 

 リスタルテが言葉を紡いだあとに、アロイスが疑問を呈する。


「キースは、どう思うかの?」

「建築物から魔法を使わない技術の発達など……、我々の世界とは常識が異なりすぎていて何と答えていいのか……」

「そうだのう。それでは儂から妙案があるのだが……」


 答えが出ない話し合いの場で――、


「まずは情報収集が必要かの。それに儂らが滞在している建物も石ではない何か特別な材質で壁なども作られているようだからのう」

「それは……、鉱物解析の魔法を使われたのですか?」

「うむ。儂らの居る建物には巨大な高純度の金属が使われておる」


 その言葉に反応したのはキース。


「金属ですか?」

「うむ」

「それは青銅でしょうか?」

「いや――青銅ではないのう」

「青銅でない……? それは一体……」

「星の金属が使われておる」

「星の金属ですか」


 最初に口を開いたのはアロイス。


「うむ。そうなる」

「それではノーマン様は、こちらの世界では星の金属が建物で使われていると……」

「うむ」

「……それは、あまりにも――」


 アロイスとノーマン辺境伯の話に割って入るかのようにキースが戸惑いの色を見せながら言葉を紡ぐが、最後まで口にすることはない。

 彼らの世界では鉄を精製する技術が存在していないからであった。

 そのために、宇宙空間から落ちてくる隕石を削りだし隕鉄として利用している。

 それも、青銅器が主流な世界では鉄の武器というだけで価値があり、それを利用して建造物を作り出している事に考えが追い付かないのであった。


「キース、儂の鉱石解析魔法を信用しておらんのかの?」

「そんなことは! ――ですが、これだけの建物に星の金属が使われているとしたら、それは途方もない量になる事は明白です」

「それだけではない」

「――え?」

「儂らが乗ってきた車という乗り物。あれにも星の金属に近い物が使われておる」

「――ま、待ってください! 私達の乗ってきた車ということは……」


 キースが額に手を当てながら動揺する気持ちを抑えて口を開く。


「私達が見て来た車という乗り物は他にも何百、何千と移動しているのを確認しました。そう致しますと……」

「うむ。この世界は、星の金属を作る術があると考えるのが妥当なところだの」


 ノーマン辺境伯の言葉にキースがソファーに倒れ込むかのように身体を預ける。

 まさしく、その表情は放心しているかのようで――。


「ノーマン様」

「どうかしたのかの?」


 緊張した面持ちでアロイスが口を開く。


「星の金属の量産が出来る技術があると言う事は、少なくとも私達の世界とは技術的に見ましたら、かなりの差があるかと思われます。これは脅威と言って過言ではないかと――。青銅製の武器と星の金属では比較にならないほど性能に差があります」

「そうなるのう。――だが……、アロイスは気が付いた点はないかの?」

「何をでしょうか?」

「この世界には帯剣している者が一人も居らんということに」

「「「――!」」」


 ノーマン辺境伯の言葉に、3人はハッ! と、した表情を見せる。


「それでは、この国は一体……」


 アロイスの呟き。

 それは全員の考えを端的に表した物であった。

 あまりにも文化や技術がかけ離れていて理解が出来ない。


「あとは――」


 ノーマン辺境伯は立ち上がり洗面台の方へと向かう。

 そこには蛇口があり、藤和が説明した通りに蛇口のハンドルを捻る。

 すると澄んだ水が出てくる。


「これは飲める水だと――、藤和という者は言っておったの。それに――、こうすれば沸かされた湯も出てくる。それも無尽蔵に――」


 その言葉に全員が無言になる。


「――以上の点から鑑みるに儂から言える点は一つ。この国の技術力は少なく見積もっても儂らの世界の千年以上は先を進んで居ると言う事になるの。それに、魔物が居ないことも駆逐済みだからという可能性も高いのう。これだけ技術力が進んでいるのなら納得できる」

「……それでは」

「うむ。おそらく儂らの……エルム王国が次元の境界を無理矢理に開けて攻めたとしても、滅ぼされるのは儂らの国になる」


 ノーマン辺境伯は、部屋の中を歩き――、カーテンを開ける。

 外に見えるのは巨大な建造物と、夜空を彩るかのような数多の星々の輝きに近い電気という灯り。


「戦いに不必要な建造物を見れば、その国の国力を推し量ることは出来る。これだけの――巨大な建築物を作り出す国家を相手への戦争は回避しなければならん。出来れば友好関係を築くのが最善になるかのう」


 全員が神妙な顔で頷く。


「あとは、明日に向かう場所で軍事力を見せると言っておったが――、儂としては、これだけの国力を見せられたあとでは頭が痛いのう。これは向こうに戻った際には――」

「王宮に直訴されると言う事でしょうか?」


 アロイスの言葉にノーマン辺境伯が否定するかのように頭を振る。


「いや――、こちらの世界に馬鹿な干渉をしないように、儂らも上手く立ち回り此方の世界の脅威を知らしめたほうがよい。丁度、エルム王国の軍事参謀のカルタス・フォン・クラウスの次女エメラスが来るのからの」

「そういえば姫将軍が来るという話がありましたか」

「うむ。その点を考慮に入れて立ち回る方がよかろう。アロイス、キース」


 二人の方を見て言葉をかけるノーマン辺境伯。


「辺境領に戻ったあと――、二人は、戦争の引き金となり得るルイーズ王女の身柄の護衛をするように。間違っても殺される事はあってはならん。下手をしなくても王国が亡ぶことになりかねないからの」


 表情を硬くした二人は頷く。


「リスタルテ、お主はゴロウの護衛。日本国という国が国力で武力制圧してくる可能性も考えられる。ゴロウの身に何かあれば――、それを口実に戦争を仕掛けてくる可能性も十分に考慮に入れる必要がある」

「それでは、この国との交渉をされるので?」

「……いや」


 ノーマン辺境伯がアロイスの問いかけを否定する。


「この国の本質が見えない。それに、技術力に差がありすぎる。あまりにも国力に差があれば、交渉の余地など存在せずに蹂躙されるからのう」

「それは……」

「――さて、困ったのう」


 ノーマン辺境伯の口元が釣り上がる。


「藤和という者から、譲歩を引き出す為の交渉をせねばな――。おそらく藤和も察しておろう。儂らが、この国に脅威を感じていることは」






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