第118話 東京都観光(1)
「ふむ……。領地の事もあるが、一週間ほどは余裕を見ておる」
「分かりました」
藤和さんは、頷くと雪音さんを連れて台所の方へと向かってしまう。
そして、すぐに戻ってくると、目で俺に訴えかけてくる。
何か言いたい事があるのかと辺境伯達から離れたところで――、
「月山様、とりあえず5日ほどかけて辺境伯様達に日本を案内したいと思っています」
「――え? そ、それって……」
桜と5日も離れるという事か?
俺が、そんなに離れて桜が寂しい思いをしないだろうか?
もしかしたら泣いてしまうかも知れない。
「それは……」
「桜ちゃんに関しては雪音さんより話をしてもらう形をとりましたので何とかなるかと思います。それよりも今は優先順位をつけませんと――。あくまでも、こちらの意志を決定されるのは月山様なので」
「……わ、わかりました」
今が大事な時期というのは分かる。
それでも――。
「藤和さん、お願いがあります」
「何でしょうか?」
「やはり桜には、自分から説明をしておきたいので何とか時間を作ってもらえませんか?」
俺の言葉に藤和さんが唇に人差し指を当て考える。
「分かりました。辺境伯様達を車まで案内したあとに、日本での振る舞い方を簡単に説明しておきますので、その間に桜ちゃんには説明してきてください。時間としては10分は稼げると思います」
「分かりました」
「それにしても、リムジンをチャーターするなんて、かなりお金が掛かったのでは?」
「先行投資です。月山様もご存知かと思いますが、文化が隔絶している場合、どんな商品でも莫大な富を生むことができます。その分、技術流出などの問題は生じてきますが、それを補って余りあるほどの商談ですので――」
なるほど……。
たしかに塩を売るだけで利益がすごかった。
それを踏まえればリムジンをレンタルするくらいの金額はすぐに取り戻せる……のか?
たしかリムジンって12時間で10万とか掛かるよな? つまり一日だと20万円。
5日だと……100万か!?
「藤和さん、自分が出しましょうか? 5日間利用すると、かなりの額が……」
「契約は10日行っています」
「10日!?」
……だ、大丈夫なのか?
それって……、200万円……。
「――し、支払いとかは……」
「特に問題はありません」
俺の質問が杞憂とばかりに藤和さんは問題ないと答えてくる。
さすがに此方から辺境伯との交渉を頼んだ手前、それだけのお金を――、将来的には利益が出るかも知れないという理由だけで出させるのは気が引けるんだが……。
「それでは月山様。ホテルに関しては、都内ホテルのスイートルームを一週間で予約してありますので、着替えの方のご用意もお願いします。辺境伯様達の着替えについては、私の方で用意しておきましたので」
「え? スイートルームですか?」
「はい。東京都内のスイートルームでは安い部類の20万円ほどの部屋になりますが……。本当は、一泊100万円の部屋が予約出来ればよかったのですが――」
「いえいえ、十分だと思いますが――」
「月山様。こちらの財力を見せつけるのも交渉をする上で必要なことです」
そこまで辺境伯は求めていないと思う。
俺が納得していないのを察したのか――。
「月山様、たとえ辺境伯様が求めていないとしてもお付きの方は、そうは取りませんので――、万全には万全を期した方がいいのです。それと出来れば私と一緒に居る時は、当主らしく何も言わずに構えておいてください。その方が、相手には良く思われますので」
「分かりました……」
なんか俺だと足を引っ張りそうな気がするが気のせいだよな?
まるで、俺に黙っていて欲しいみたいに聞こえるけど気のせいだよな?
「それでは、これ以上は時間を掛けてしまいますと先方に不審がられますので、私は辺境伯様達を車まで案内してきます。月山様は、桜ちゃんに説明してきてください」
藤和さんは、それだけ俺に告げると辺境伯達と少しだけ会話後、玄関の方へと向かってしまう。
「五郎さん。衣服を用意していますから、桜ちゃんへの説明をお願いします」
ボストンバッグに衣類を仕舞っている雪音さんが俺に話しかけてくる。
一日だけの予定だったのに、まさか泊りがけになるとは思っても見なかった。
妹が使っていた部屋に向かう。
部屋の扉は開いていて中を見ると桜は、和美ちゃんと一緒にゲームで遊んでいる。
もちろん、それは以前に和美ちゃんと一緒に遊んでいたゲームで、画面内では一方的に和美ちゃんのキャラがボコられている。
「あっ! おじちゃん」
「おっさん……」
和美ちゃんは涙目で、負けた腹いせなのか俺をキッ! と、怒りの視線を向けてくるが、そんな目で見られても正直、困る。
「桜、ちょっといいか?」
「うん」
ゲームコントローラーを置いた桜と一緒に居間の縁側まで。
そこで二人して座る。
「桜、大事な話がある」
「……だ、だいじな……はなし?」
「うん。俺は、一週間ほど家を留守にしないといけなくなった。桜から見たら曽祖父の人が異世界から来ているから、その人を観光ということで案内しないといけないんだ」
「……一週間も旅行一緒にいくの?」
「桜はお留守番になる」
ガーン! と、言う擬音が目で見えてしまうほど目を見開き表情が固まる桜。
ショックなのは分かる。
桜は、俺のことが大好きっ! だからな。
さて――、目に涙をたくさん貯めて! 「桜も一緒にいくの!」とか言ってくると想像してしまうと何と説明して納得させればいいのか考えてしまう。
目を大きく見開いたまま、桜は――、
「分かったの! 雪音お姉ちゃんと一緒にお留守番してるの!」
「……ん?」
俺は思わず首を傾げた。
「……さ、桜?」
「大丈夫なの! 桜、、まっているの!」
「そ……そ……そうか……」
「五郎さん」
俺と桜の話が終わったのを見計らうかのように雪音さんがボストンバッグを差し出してくる。
それを俺は呆然と受け取ったまま――、玄関から出た。
「……店の前ではなく母屋の方に面している道路にリムジンを持ってきたのか……」
「月山様、お待ちしていました」
「藤和さん……」
「どうかしましたか?」
「さ、桜が……桜が……」
いつも一緒に居たというのに、今日はやけにあっさりと俺が遠出する事に同意してくれたことに俺は……。
「子供が成長することは寂しいことなんですね」
「ちょっと何を言っているのかよく分からないです。それより辺境伯様達が待っていますので早く車に乗ってください」
「――あ、はい……」
感傷に浸っていたというのに、軽くスルーされた。
車のドアを開けて中に入る。
そこは一般の乗用車とは違い、大きなL字型のソファーに飲み物が置かれているカウンターだけでなくワインセラーまで置かれている。
「五郎、待っておったぞ」
そう辺境伯が話しかけてくる。
手にはワイングラスを持っていて口をつけている。
「すいません。お待たせしました」
「よい。それよりも、この馬車は馬が引かなくても走ると聞いた。それに涼しいのう」
「そうですね」
外とは別世界というほど車内はクーラーが効いていて涼しい。
「辺境伯様、いきなりワインを飲んでも大丈夫ですか?」
「馬車に乗っている時は何時も飲んでいる。それにワインは水と同じだからの」
「そ、そうですか……」
「それでは車が走り出しますので、お気をつけてください」
藤和さんが運転手に合図をするとゆっくりと車は走り出す。
「それでは、まず向かう先を説明させて頂きます。まず向かう先は、日本国の首都、東京となります」
「首都というと王都みたいなものかの?」
「はい。その認識で間違いありません」
辺境伯の質問に即答える藤和さん。
そして――、バッグの中から資料を取り出す。
「月山様は、こちらの資料になります」
渡された資料は、これからの予定表などが書かれた一覧。
3日で予定が組まれていることから、最初から一日で日本の説明をすることは考えていなかったようだ。
「ふむ……。藤和とやら」
「はい。何でしょうか?」
「お主は、儂ら世界の言語を知っておるのかの?」
その言葉に思わず隣に座っている辺境伯の資料を見るが――、そこには見た事の無い文字が書かれていて――、
「間違っているでしょうか?」
「…………」
自信ありげに言葉を紡ぐ藤和さん。
それに対して無言になる辺境伯。
「この明日の予定だが――、静岡県御殿場市の東富士演習場に行くと書かれておるが……、間違いないかの?」
「はい。その通りです」
「ふむ……。アロイス、どうかの?」
「問題なく読めます。それよりも……、言葉は通じることは分かっていましたが、まさか此方の言語を知っておられる方がいるとは……」
「ありがとうございます。全ては御当主様から伺っておりましたので――」
「なるほどのう」
辺境伯が俺の方を感心した目で見てくるが――、俺には異世界の文字など――、まったく読めないし理解もしていない。
そんな目で見られても困る。
ただ――、藤和さんが最初に俺に当主らしく振る舞うようにと言ってきたことを思い出す。
「いえいえ。やはり資料というのは分からない文字では仕方ないと思いましたので」
「なるほどのう」
「さすがはノーマン様の直系の血筋だけはあります」
そうキースさんが感嘆の声を上げる。
「貴族であるのなら当然だと思いますが――。ゴロウ様はたしか……、こちらの世界に関わってから数か月と伺っておりましたので……、それだけの短い期間で文字や文章を覚えて居られるとは、さすがはノーマン様の……」
辛辣なリスタルテさんも何度か頷く。
とりあえず、藤和さんの話に乗っかっておいて良かった。
ただ――、問題はどうやって異世界の言語で……、文章を構成したのか? その方法が分からないという……。
これからの予定について、藤和さんが説明をして俺が相槌を返す。
その繰り返しをすること1時間。
リムジンは、東北自動車道の入り口に差し掛かる。
辺境伯達は車の外の景色が物珍しかったらしく、話の途中から――、その注意力は外に向けられていた。
東北自動車道に乗った時点で、走る速度は速くなり4人の視線は外に釘付け。
俺は、立っていた藤和さんに近づく。
「藤和さん、どうやって異世界の言語をマスターしたんですか?」
「簡単な話です。市場のビデオを田口様より見せて貰った時に、異世界の文字については言語解析ソフトに入力済みでした。あとは音声になりますが、口の動きと言語の不一致が確認できましたので……。あとは――、月山様と馬車で辺境伯邸に向かっている間にデーターをとり整合性に掛けただけです。時間的には、かなりギリギリでしたが、アメリカで滞在している時に偶然にも縁ができたロンドン大学の言語学教授と親密にしていたのが功を奏しました」
「……」
思わず俺は無言になる。
じつは藤和さんは、すごい人なのでは? と……。
それでも俺は当主として冷静な表情は変えない。
そんな俺に説明するかのように藤和さんが口を開く。
「相手には、かなりインパクトを与える事が出来たと思います。それに、今回の辺境伯様との商談は当主である月山様の評価が高ければ高いほど有利ですので、相手の国の言語を知っているという事を伝えるだけで、相手を尊重し理解を示しているという事にもなりますので印象はずいぶんと変わりますから」
「そ、そうですね」
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