第92話 健康診断(3)

「月山さんも一緒に健康診断を受けられたらどうですか?」

「自分もですか?」

「はい。せっかく来られたのですから――、それに数日間入院されて検査する事になりますので全員で検査をした方が不審に思われないと思いますから」


 学生時代も会社に就職する時も健康診断を受けていて特に問題ないと言われていたから、何も問題ないと思うが――。

 不審に思われないようにするためには提案を飲んだ方がいいな。

 

「それでは全員分の健康診断をお願いできますか?」

「はい。それでは、すぐに手配致しますので。それと2日ほど当院に宿泊して頂くことになります」

「わかりました」


 話が一段落ついたところで、待ち合い場へ戻ると桜が目を覚ましていて俺の姿を見つけると一目散に駆け寄ってくる。


「おじちゃん! ここって、どこなの?」

「ここは病院だよ?」

「村の病院より、ずっと大きいの!」

「そうだな」

「――でも、桜はどこも体、おかしくないの!」

「今日は、健康診断で来たから」

「けんこーしんだん?」

「体のあちこちを弄って検査することだよ」

「いじるの! 桜をいじるの!?」


 桜が少し大きめの声で「きゃー」っていやいやしていると回りの診察を受けにきていた人達が俺を不審者でも見るような目で見てくる。


「桜違うから、弄るって言っても注射器で血を抜いたりバリウムを飲んでレントゲンを撮ったりするような検査だから」 


 桜の頭の上に手を置きながらキチンと説明しておく。

 すると桜が震えていることに気がつく。


「……ちゅ……ちゅうしゃきなの? いやーっ!」


 瞳からハイライトが消えた桜が、タターッと走って雪音さんに抱き着く。

 まったく……、桜は本当に注射が嫌いなんだな。

 とりあえず、雪音さんに話をしておくとしようか。

 これからの事もあるからな。


 桜をあやしている雪音さんに近づこうとしたところで後ろからガシッ! と、いきなり肩を掴まれた。


「ちょっと話を伺いたいんですが?」


 振り向くと、そこには警備員の男が二人ほど居て俺の肩を掴んできていた。


「――な、なんでしょうか?」

「いえ、ここでは何ですので少しそこまでご同行してもらえますか?」

「えっと……何故に?」

「少しだけ話を伺うだけですので」

「いや、ちょっと――、まっ――」


 ずるずると連れていかれた警備室。

 そこで俺と桜の関係を説明したところで、中々――、納得してもらえなかったが桜を連れてきた雪音さんのフォローもあり何とか解放された。


「まったく……」


 待ち合い場で、コーヒーを飲みながら俺は溜息をつく。

 

「桜と話していた内容に問題があったからっていきなりの尋問はどうかと思うんですよね」

「まぁ、月山さんの話し方も問題がありましたから」

「それを言われると痛いですね」


 最近では、桜も俺と打ち解けてきたのか変な言い回しの会話も増えてきた。

 普段は、田舎と言う事もあり周りには誰もいないから気にすることは無かったが、これからの桜の情操教育を考えると話し方も考えていかないといけないかも知れないな。




 ――病院で検査をするために、宿泊してから3日が経過。


 初日は、病院に宿泊すると言うことでテンションが高かった桜は、翌日には退屈になったのか俺のスマートフォンで『それゆけ! コンビニ』をしていた。


「昨日の注射は痛かったの」

「注射じゃなくて血を抜いただけだからな」

「同じなの!」


 俺の隣のベッドでゴロゴロしながら、足をバタつかせてスマートフォンでゲームをしている桜。

 本当に、最初に会った頃と違ってずいぶんと感情を現すようになった。

 それは、きっと素晴らしい事なのだろう。


 ちなみに部屋は二部屋借りている。

 一部屋は、俺と桜。

 もう一つの部屋には雪音さんと恵美さんが泊まっている。


「クリアしたの!」

「クリア?」

「うん!」


 桜が差し出してくるスマートフォンを受け取る。 

 そして画面上に表示されている数字を確認するが――。


「資本金171億円で、売上が3兆2千900億円で、店舗数8681店舗!?」


 一体、どうやってやったのか……。

 もしかしたら家の娘は商売人の才能があるのかも知れない。


「おじちゃん」

「――ん?」

「今日、帰るんだよね?」

「予定では、そうなっているな」


 一応、検査自体は昨日の時点で終わっている。

 血液検査を含む時間のかかる検査などは初日に行ったことから、今日中には結果を出しますと伊東医師は返答があったが――、


 ――コンコン


「はい」

「月山さん、先生がお呼びです。お帰りの準備をしてから第二診察室に来て下さいとの事です」

「分かりました。桜、帰る準備するぞ」

「うん!」


 荷物をカバンに詰めたあと、部屋から廊下に出たところで、雪音さんと恵美さんの姿を見かけた。


「おはようございます」

「月山さん、おはようございます。桜ちゃんも、おはようございます」

「おはようなの!」

「おはようございます」


 挨拶を交わしながら第2診察室に向かう。

 部屋に到着し――、ノックをしてから診察室に入ったところで、「朝早くからすみません」と、先に部屋に居た伊東医師が頭を下げてくる。

 

「いえ、こちらこそ! 無理を言ってしまって――」

「いえいえ、それでは――、まずは雪音さんの健康診断ですが雇用主の月山五郎さんと、雪音さん以外は部屋には入らないで貰えますか?」

「ふぇ?」


 桜が首を傾げるが――、何かを察してくれたのか、「それでは私は桜ちゃんと一緒に外で待っていますね」と、恵美さんが桜の手を引いて部屋から出ていってくれた。

 診察室内が静かになったところで、伊東医師が俺の方を意味ありげに見てきたところで茶封筒からレントゲンなどが同封された資料を取り出す。


「えっと、それでは――、まずは雪音さんからですが……」

「はい」

「雪音さんの症状は、筋萎縮性側索硬化症(通称ALS)と伺っていましたが、それと同じ症状が確認できました」

「そうですか」


 取り乱すこともなく雪音さんは坦々と事実だけを受け入れるかのように頷く。


「それでは、こちらの資料については月山さんにお渡しするという事で宜しいでしょうか?」

「はい」

「わかりました。それでは、一度――、部屋から出てもらえますか?」


 伊東医師の指示に大人しく従い雪音さんは部屋から出ていく、

 そしてドアが閉まったところで、「月山さん、これでいいでしょうか?」と、伊東医師が聞いてくる。


「十分です。それで、実際の症状は?」

「そうですね。都内の大学病院から手に入れたカルテを確認しつつ健康診断をしましたが、雪音さんは、まったくの健康体で在る事が確認できました」

「そうですか。良かったです」


 とりあえず、これで雪音さんの健康状態は問題ないと証明出来た。

 あとは、雪音さんに生きる意味を見出してもらえば何とかなる。


「あとは、どなたも健康状態ですのでご安心頂ければ幸いです」


 桜と恵美さんの健康診断の結果報告を受けたあと、俺達は病院から出る。

 久しぶりの病院の外。

 3日間、駐車していた車に乗りエンジンを掛ける。

 そして、桜をチャイルドシートに乗せたあと、俺が運転する車は結城村に向けて出発した。


  


 健康診断で仙台市の病院に行って戻ってきたあと――。


 何とか、病気が完治したことを伝えようと、その前段階である雪音さんがご自身の両親を殺したと思い込んでいる気持ちを何とかしようと思って考えてみたが、何の手段も講じる事が出来ず3日が経過していた。


「はぁ……」

「おじちゃん?」

「月山さん、どうかしましたか?」


 朝から、雪音さんが作ってくれた味噌汁を飲みつつ、これからのことをどうしようかと考えてしまう日々に思わず溜息をついてしまう。

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