第79話 商品の価格(2)
「そうだの……、五郎の父親は都会よりは高めの価格で商品を販売しておったの。まぁ、2時間もかけて買い物に行くとガソリン代もアレだからの」
「たしかに……」
車を運転して近隣の往復3時間コースのスーパーに買い物に行くくらいなら、時間とガソリン代を考えると多少高くても買い物客は来てくれるはずだ。
「月山様」
田口村長と話をしていた所で搬入の指揮をとっていた藤和さんが話しかけてくる。
「どうかしましたか?」
「商品の値段ですが」
「はい」
「立地などを考えますと、コンビニエンスストアと同じく定価販売で宜しいかと」
「うむ。それがいいかもしれんの。雪音は、どう思うかの?」
「消費者としては、安い方がいいと思いますけど……、商品登録を考えるのなら定価販売が楽だと思います」
完全に流れは、コンビニと同じ定価販売と同じ流れになってしまっている。
「それに人口300人の結城村ですと、周囲の村から購入をしにくるとしても値引き販売――、つまり薄利多売で利益を出すのは難しいと思われます」
「……そうですか」
たしかに、藤和さんの言っていることは一理ある。
「それに競合店が無いというのも強みです。競合店がある場合には、価格で勝負する事になりますが、結城村と近隣の村には中規模の店舗だと、ここしかありませんので」
「もしかして、藤和さんは近隣の――」
「はい。調べています。近隣の村の人口を全て計算に入れた場合には5000人ほどとなります。それらが全て顧客になるとは思えませんが、市街地に出る為の移動時間を考えると、この店舗を利用してくれる割合は非常に高いかと――」
「なら、なおさら商品の価格を下げた方が利用客が増えるのでは?」
「月山様、近隣の村には商品を販売している店がありましても、それはあくまでも雑貨店のレベルです。――ですが、月山雑貨店については雑貨店という名前のスーパーですので――、勝負になりません。大きな敷地と豊富な商品が並んでいるというのは、それだけ大きなメリットなのです」
「つまり、定価で多くの人に販売して利益を多くだす。――つまり、そういう事ですか?」
「そうなります」
「うむ。儂も、それでいいと思うのう。それに、利益があがれば結城村に納められる税金も――」
「な、なるほど……」
村長、一瞬だけ本音が出たぞ?
「月山さん。桜ちゃんも学校に上がるようになれば色々とお金が掛かります。積み立てをする上でも値引きは、あまりしないほうがいいかも知れません」
どうやら雪音さんも定価販売に賛成のようだ。
ただ、俺としては――。
「販売価格は、市街地のスーパーと同じ価格で行こうと思っています」
本当に顧客の要望を取り入れて販売をするのなら、価格は安くするべきだし、そうすれば多くの買い物客を捕まえることは出来るだろう。
問題は、安くしてしまった分――、利益が下がってしまう事だが、それは異世界との流通でプラスにすればいい。
買い物客が増えれば多めに塩を仕入れても、カモフラージュになるだろうし。
「分かりました。それでは、価格の方は幾らで入力しておきましょうか?」
「そうですね……。仕入れ値との兼ね合いもあるので、価格の方は自分で入れますので、それ以外の入力をお願いします」
「よろしくお願いします」
「月山様、少しいいでしょうか?」
話が一段落ついたところで、藤和さんが話しかけてくる。
まだ価格設定について何かあるのだろうか?
「別に構いませんが……」
藤和さんは、この場ではなく外で話をしたいのか店の外へと出る。
ひっきりなしに商品の搬入をしているドライバーや派遣から少し離れた位置――、真向かいのトイレの近くまで移動し、
「それで藤和さん、話というのは?」
誰にも聞かれたくない話なのだから、それなりのことだと思っていたのだが――、俺の言葉に藤和さんは少し迷った様子で口を開く。
「月山様、商品の販売に関しての話です」
「そのことでしたら、さきほども――」
「はい。月山様のお考えは伺いました」
そこで藤和さんは一端、口を閉ざすと小さく息を吸ったあと、俺を真っ直ぐに見てきた。
「今からお伝えする内容は、アドバイスに近い物ですが――、捉え方によれば批難に聞こえるかも知れません。――ですから、最初に謝罪しておきます」
その言葉には、どこか決意が含まれていて――、それでいて、どこか緊張感が見て取れる。
「月山様、安い価格で商品を販売する――。それは、顧客目線から見れば良い事でしょう。とても素晴らしいお考えかと思います」
どこか引っかかるような物の言い方。
俺は小さく頷くが――、
「月山様。もし月山様が、桜ちゃんとスーパーで買い物をするとします」
「――?」
「そのスーパーは、つねに顧客のことを考え原価ギリギリで営業をしていました。ですが、その内にやむを得ない事情で価格を上げたとします。月山様は、どう思われますか?」
「それは顧客目線から見たら、値上げをされるのは困ると思います。そのあとは別の店を探す可能性もあるかと――」
「――では、小売店が近くに無い場合は、どうしますか?」
「それは、少し遠くても安いところに行くと思いますが……」
「少量でも遠くに買いにいきますか?」
「それは……。少ない物を買うなら近くに店が無いと困りますね」
「そうですね。――なら、遠くに買い物に行く客が増えた場合、いざというときに店舗の売上が下がったことで近くの店舗が閉店していた場合、月山様はどう思われますか?」
「あっ!?」
「お気づきになられましたか? 商品の価格を安くする場合ですと消費者は何も言いません。――ですが! 商品の価格を高くする時、消費者が! その事実を受け入れるのは難しいのです。本来であるのでしたら、販売する商品の価格と言うのは店舗のオーナーの采配です。今回、月山様は店舗の経営は初めてという事でしたので、僭越ながら口を挟ませて頂きました」
「……」
「たしかに消費者、顧客を慮(おもんぱか)ることは大事です。――ですが、それ以上に店舗を継続して運営する事こそ、近隣の住民には一番大事なことなのではないでしょうか?」
「そうですね」
たしかに、藤和さんの言う通りだ。
「月山様。買い物難民というのを知っていますか?」
「たしか田舎で買い物をする場所がない住民のことを言うんでしたっけ?」
「はい。買い物難民には幾つかありますが、最近の主流は大型ディスカウントショップが地域密着型のショッピングモールを全て駆逐したあと、利益が上がらなくなれば撤退するという焼き畑商法ですね。これだと、店が一軒も残っていませんので後継者不足で閉鎖するよりも遥かに地域に与えるダメージは大きいとされています。つまり、小売店というのは、継続して営業することが何よりも求められるわけです。そして継続的に営業する為には、きちんとした利益を出す必要があるわけです」
「持続した営業……」
「はい。そこを踏まえて店舗の運営をしていく――、強いては商品価格の設定をされた方が好ましいかと思います。――あと、どうしても店をアピールしたいというのであれば、時折イベントで商品の価格を安くするという方法がありますので、その際には私も相談に乗らせて頂ければと思います」
「……わかりました。それでは藤和さん、お願いがあるのですが――」
「何でしょうか?」
「自分は、店舗の経営をした事がない素人です。――ですから、商品販売価格の相談に乗って頂けますか?」
「わかりました」
そう呟く藤和さんは笑顔を見せてきた。
そこでふと俺は気になる。
「――藤和さん」
「何でしょうか?」
「どうして、そこまで話をしてくるんですか?」
気に障ることがあれば、もしかしたらオーナーの一存で取引先との繋がりが無くなってしまう可能性があるのに、どうしてそこまで意見を言って来られるのか……。
――そこだけが腑に落ちない。
「決まっています。月山様には、私の娘と同じ年齢の子供が居るのですから」
「そうですね」
「はい。つい肩入れしたくなってしまうわけです。ただ――、やはり話をするのには覚悟が要りますね。小売店との契約が切れるのは問屋としても大変ですので――」
そう苦笑いしてくる。
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