第31話 桜の異変

 殆ど仮眠という形で睡眠をとった俺は、眠気に晒されながらも朝食を作っていた。

 ちなみに桜は、縁側に座ったまま外を見ている。

 

 今日の朝食は、インターネットで子供を育てている主婦の方々からアドバイスをもらった料理――、子供が好きだという朝食の一つ、ホットドッグを作っている。

 作り方は、ホットドッグ用のパンの真ん中に包丁で切れ込みを入れて、千切って洗ったレタスを間に敷き詰めたあと、上からソーセージを載せる。

 そして、トマトケチャップを掛けたあと、レンジで2分ほど温めて完成。


 中々の力作と言っていいだろう。


「桜、朝ごはんだぞ」

「…………うん」


 どこか元気がないように感じるが、気のせいではないよな……。

 二人で、ホットドッグを食べる。

 一応、何か問題を抱えていないか聞いておいた方がいいだろう。

  

「桜」


 桜がホットドッグを食べながら顔を上げてくる。


「何か気になることでもあったか?」


 とりあえず遠まわしに聞いてみるが、桜は無言で首を左右に振るだけ。

 どうして、桜が落ち込んでいるのか――、その原因が……、まったく分からない。


「今日は、朝食を食べたら出かけようと思う」

「……牛乳貰いにいくの?」

「――いや、今日は、牛乳は貰いにいかないな」

「……そうなの……」


 シュンとしてしまう桜。

 もしかしたらプリンが食べられないことに落ち込んでいるのかもしれない。

 それに桜は、プリンは幸せの味とも言っていたからな。


 ホットドッグを食べながら、和美ちゃんの祖父である根室正文さんが差し入れで持ってきてくれた牛乳を飲む。


「それじゃ、俺の用事が済んだら根室さんの家に行って見るとしよう」

「――! ほ、本当なの!?」


 桜が、ハッ! と、した表情をすると若干興奮気味に早口で確認をしてきた。

 そんなにプリンが食べたいのか……。

 

「ああ、本当だ。全部の用事が済んだら、根室さんの家に行くとしよう」

「うん!」


 満足げに頷く桜。

 そんな桜を見ながら、ふと壁に掛けておいた時計が目に入る。

 時刻は、午前9時を指し示していた。

 いつもなら、とっくに和美ちゃんが遊びにきている時間だが……、今日は珍しく来ていない。

 もしかしたら根室さんも、朝早くから遊びに行かないようにと注意をしたのかも知れないな。




 食事を摂ったあと、桜と一緒に目黒さんの家に向かう。

 理由は、宝飾品に使われている宝石を鑑定してもらうためだ。

 あまりにも飛びぬけた代物とかだと、質屋に持っていくと大騒ぎになる可能性があるかも知れないからだが……。


「月山です」

「ゴロウか? こんな朝早くから、どうかしたのか?」

「じつは、目黒さんに見て欲しい物がありまして……」

「見て欲しい物?」


 俺は、ノーマン辺境伯から塩の代金として受け取った宝石が取り付けられた宝飾品――、ネックレスや腕輪や指輪などを、袋から取り出す。


「これを見てもらえますか?」 


 宝石などが付けられている宝飾品を目黒さんへと手渡す。

 隣で座った桜などは「きれい……」と、女の子らしい感想を述べていたが――。

 

 腕輪や指輪――、そしてネックレスを受け取った目黒さんは宝石鑑定用ルーペで宝石を一目見た後、俺へ視線を向けてくる。

 

「まったく……、何て物を持ってくるのだ」


 呆れられた様子で、目黒さんは溜息交じりに語り掛けてきた。


「何か問題でもありましたか?」

「問題だらけだ。まずは、この琥珀が使われているネックレスだが――」


 正直、俺には宝石の知識などまったくと言っていいほどない。

 琥珀に何の問題があるのかすら想像もつかないが……。


「ゴロウ、お前は琥珀がどうやって作られるのか知っているか?」

「いえ……、鉱物と言う事は聞いたことがありますが……」

「まったく――、琥珀というのは樹脂の化石なのだ。つまり鉱石ではない」

「なるほど……」

「なるほどじゃない。琥珀が樹脂の化石であるという事は――、必然的に異世界の大気や土壌、さらに言えば微生物や虫などを内包している可能性もあるということだ」

「――あ……」


 その言葉に俺は思わず声を上げる。


 つまり、俺が持ってきた宝飾品の中には、琥珀があり……、その中には――。


「うむ。虫が入っている。儂は虫には詳しくはないが――、異世界から来た虫なのだ。もしだ! これを売った後に流通ルートに流れた場合、新種の虫だったらどうなると思う?」

「それは……、出どころを調べられる……、――ということでしょうか?」

「そうだ。つまり、この琥珀は手元に置いておくのは危険ということだ」

「たしかに……」

「それと、宝石に関してもだが――」

「宝石も何か問題でも?」

「問題だらけだ。たとえば、このエメラルド原石だが――、ネックレスに使われている物だが原石でも100カラットはある。価格としては最低でも数百万円だ」

「エメラルド? 翡翠ではなくて?」

「エメラルドの原石だ。こんな物を、質屋に持っていけば大問題になるぞ。先に、儂の所に持ってきてよかった。これからは、異世界の物を売る前には先に儂の所にもってくるように。いいな?」

「はい……」


 桜の目の前で、注意を受けた後は全ての宝飾品を目黒さんに確認してもらうが、その都度、目黒さんに強い視線を向けられた。

 そんな目で見られても、俺は宝石のことはまったく分からないのだ。

 宝石の原石が幾らで、どのくらいの価値があると言われても正直困る。


 1時間ほどして、全ての鑑定が終わったのか溜息交じりに目黒さんが宝飾品が入った袋を俺へと返してきた。


「とりあえず、全部で時価総額2億円と言ったところだな」 

「2億円……」


 すごい……、これを全部、売れば――、桜にも色々な服を買ってあげられるし新車を購入することもフォークリフトの新品も購入することが出来る。

 さらに冷凍ケースから冷蔵ケースまで買えるし自動販売機も……。


「それは、異世界に全部返しておけよ?」

「――はい……」

「そんな物を、捌けるルートなど儂でも持っておらん。それと宝石での支払いは、今後は遠慮してもらうように言っておくのだ。金や銀の売買取引ですら公安や税務署などが目を光らせているのだからな」

「わかりました……」


 たしかに目黒さんの言う通りだ。

 異世界へ繋がる店と言う事が国や自治体にバレたらどうなるか分かったものじゃない。

 それに……、異世界へ繋げるためには魔力が必要だ。


 下手をしたら、俺や桜は科学者たちにモルモットにされかねないし、結城村の皆にも迷惑がかかる。

 それなら、さっさと返した方がいいだろう。


「あと、こちらの金なんですが……」


 宝飾品に関してはお金に代えられない。

 あとは金に関してだが――。


「これなら問題はないな。こういう金だけの装飾品なら売ってしまっても問題ない」

「そうですか」

「あっ、目黒さん。こちらを――」


 金だけで作られている指輪を一つ――、鑑定料として目黒さんに渡す。

 俺から指輪を受け取った目黒さんは小さく頷くと――。


「そういえば、ゴロウ」

「はい?」

「一度、金を売りにいった店には二度と金を売りには行かないようにな。足がつくと困るからな」

「分かりました」


 目黒さんのアドバイスに頷く。

 やはり金の売買については、慎重を期した方が良さそうだ。


「ゴロウ、金の売買については仲買人を使うのは悪手だからな」

「それは……」


 たしかに目黒さんの言う通りだ。

 一人に任せたところで、必ず金の売買について問題が浮上してくる。

 これからの事を考えると、金の取引量は莫大な量になりかねない。

 そうなると……、金の流通に関しても考えていかないといけないだろう。

 



 目黒さんの家から出たあと、俺は根室さんの家へと向かう。

 理由は、桜と約束したからだ。

 夏休みが終わるまでは、まあ3週間近くある。

 今日は、珍しく和美ちゃんは来なかったが――、やはり毎日3キロの距離を歩くのは大変なのかも知れないな。



 



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