第6話 姪っ子の思いと気持ちと、父親の日誌
玄関を開けると姪っ子が熊のぬいぐるみを両手で抱きしめながら顏を臥せっている。
お腹でも痛いのか?
もしかしたら、クーラーをつけていたから体調を崩したのかもしれない。
「桜、どうかしたのか?」
「……」
俺の問いかけにまったく反応しない。
そんなに気分が優れないのか?
とりあえず、まずは病院に連れて行った方がいいな。
靴を脱いで玄関から上がり近づくと、桜が両手で抱きしめていた熊のぬいぐるみを落として走ってきた。
「お、おい……」
そのままじゃぶつかる。
桜は、そのまま俺の足元まで来ると両手でズボンを握りしめてきた。
小走りできた様子から、体調不良ではないようだが……。
「ひっく……、ひっく……」
――ん? 泣いている?
……どう……して……だ?
「どこか痛むのか?」
たしか子供と話すときは目線を同じ高さにするようにと書かれていた。
「……おじちゃん、……起きたら、……いなくて……」
その言葉にハッ! とする。
桜を引き取ってからと言うもの、意識した訳ではないが1LDKのアパートにずっと一緒に暮らしていた。
買い物だって、いつも一緒に出掛けていて、一人にすることはなかった。
「こんどは、おじちゃんがいなくなったと思って……、さくら……、嫌われて――、また一人になったとおもって……うぇぇぇぇぇん。さくら、いっしょうけんめい、べんきょーしておみせのてつだいするから、だから嫌わないで! りぴーたーとか勉強するから、さくらのこと捨てないで。きのう、みんなに聞いたの! いっぱい、いっぱい聞いたの! なにが欲しいのか聞いたの! いっぱい書いたの! だから……さくら、いい子にするからすてないで!」
「――ッ!?」
俺は馬鹿だ。
両親に死なれて死生観が理解出来ない状態で、顔も何も知らない人間の元に引き取られて、その人物が突然いなくなったら、子供がどう思うのかを考えずに安易に、桜に何も告げずに近かったとは言え家から出てしまった。
その結果、その結末がこれだ。
桜は、涙声で、目を真っ赤にして、必死に「捨てないで」と懇願してきている。
しかも、リピーターと言っていた。
昨日、桜がゲームをしていた時は、ゲームが好きなんだな――、としか思っていなかった。
――そうじゃない!
桜は、遊んでいたわけでなかった。
子供なりに必死に考えて、自分が捨てられないように嫌われないようにと行動していたのだろう。
それが、どれだけ不毛なことだったとしても……。
自分が使える人間だと、証明するために、家族に自分が必要だと思われたいためにゲームを通して経営を学ぼうとしたのだろう。
だから……、昨日は寄り合い所に着いてきて女性陣に何かを聞いてノートに何かを書いていたのか。
そして、だからこそ――、そのノートを大事に両手で抱えていたのだろう。
「昨日ね! 聞いたこと書いたノートなくしちゃたの! でも、でも、捨てないで! さくら、いい子にするから! いなくならないで!」
泣きながら俺のズボンを掴み、震えた体で訴えかけてくる姪っ子。
灰原が、言っていた。
妹が行方不明になってから、嫁ぎ先で桜は父方の祖父母から育児放棄されていた。
気を付けてはいた。
だが――、本質を理解していなかった。
「桜を嫌いになんてならない」
俺の言葉に、桜が恐る恐る俺を見てくる。
その瞳に色濃く見えるのは怯えと寂しさ。
何ていう目で見てくるんだ。
まるで、捨てられた子犬のように怯え切っている。
そんな風に、この子を変えてしまったのは大人なわけで――、そこには俺も含まれる。
「おじちゃんは、桜が大好きだよ。だから無理をしなくていいんだよ。笑っていてくれるだけで、それだけでいい」
声をかける。
だが、言葉だけで何でも解決できるほど世の中は甘くない。
だから、強く抱きしめる。
言葉よりも行動で示す。
「桜は良い子だ。だから、無理をしなくていい。どんなことがあっても、俺は桜を捨てたりはしないよ」
「…………ほんとう?」
「ああ、ほんとうだ」
即答する。
ここで迷って答えを留保するなんてことはナシだ。
「ううう……、うええええええん」
桜は、しばらく泣き続けると疲れたのか寝てしまう。
姪っ子を抱き上げると、俺が寝泊まりしている部屋の布団に寝かせる。
もちろん、横にはクマのぬいぐるみを置いて。
そのあとは車まで戻り、助手席に放り投げたノートを取って戻ってくる。
そして、寝ている桜の様子を時折、見ながらノートを広げて視線を落とす。
まねじめんと
みんながほしいもの
といれっとぺーぱー
むしよけ
さっちゅうざい
すこっぷ
せいせんおにく
てっしゅ
…………
……
書かれていた商品の数は200近い。
それが本当に必要かどうかは俺には分からないが、少なくとも、桜は必死に聞いて、そしてリサーチしたのだろう。
ノートには、ひらがなでびっしりと文字が書かれていた。
俺は、桜が大事に抱えていたノートを閉じる。
「俺もしっかりとしないとな……、大人として、子供をきちんと守れるように――」
そう心に決めたところで、俺は桜が寝ている横で、ノートパソコンを開く。
「まずは買い出しだな」
インターネットに繋いであるので周辺の地図だけではなく、ホームセンターやショッピングセンターの情報も見ることが出来る。
「場所と、チラシ内容は見れるんだけどな」
一人呟きながらも、どういう雑貨店にするのかというビジョンがいまいち浮かんでこない。
それに商品の価格も、どう決めればいいのか……。
自分たちの生活の糧を得る必要もあるし、結城村の住人にも納得してもらえる価格で商品を提供しなければならない。
「難しいな……」
安易に考えすぎていた。
考えれば考えるほど悪いイメージが浮かんでくる。
「お母さん……」
桜の寝言が聞こえてくる。
熊のぬいぐるみを抱いて寝ている桜を見て頭を振る。
「何を弱気になっているんだ」
俺は、姪っ子を――、きちんと守ると先ほど決めたばかりじゃないか。
インターネットの検索サイトの画面で、【個人店】【経営】と入力し検索をかける。
「コンビニエンスストアのフランチャイズ店募集?」
最初に出てきたのは、コンビニオーナーの募集と開店を応援しますという広告。
開業資金の援助や、開店・運営に関するノウハウも提供しますと書かれている。
「コンビニか……」
クリックすると加盟する際の金額が表示される。
「最低100万円か……。そんなに出せない」
やはり普通に雑貨店を経営した方がいい。
まずは、父親が経営していた頃の雑貨店の商品を購入して並べるのがいいだろうな。
「そういえば……、桜が聞いてきてくれた村の皆が欲しいリストには生鮮食品類、アイスクリームがあったな」
結城村から、スーパーがある近くの町までは車で2時間ほど掛かる。
そうなると生鮮食品類は別としてアイスクリームなどは溶けてしまう。
それに気軽に生鮮食品が購入できないというのは、食生活に於いてマイナス面になる。
――それなら……。
「生鮮食品は、保冷しないと駄目だったはず。そうなると冷蔵ケースか冷凍ケースが必要になるよな」
桜が調べてくれたノートを見ながら、それに見合う冷蔵ケースと冷凍ケースを見ていく。
俺の貯金は70万円。
失業保険が半年間もらえるとしても、仕入れの資金を考えれば、そんなにお金を使うわけにはいかない。
「そうなると中古だよな……」
出来ればショーケースとかが欲しいが……。
幅120センチ、高さ2メートル、奥行き60センチのショーケースが中古で10万円している。
思ったより……、ずっと高い……。
この際、2ドアの中古冷蔵庫なら?
「5000円くらいのが多数、販売しているな」
購入して並べるか?
――いや、さすがに、それはまずいよな……。
見栄えとかもあるし……。
俺でも雑貨店に来て家庭用の冷蔵庫で商品売ってたら、さすがに考えるし……。
「どうするか……」
思わず腕を組む。
それと同時に、ようやく親父の凄さが分かった。
親父は、若い時から一人で雑貨店を切り盛りして俺や妹を含む家族を養っていた。
それは本当に大変だったのだろう。
同じ立場になってようやく理解できた。
遅すぎるくらいだが……。
まずは、親父が雑貨店を経営していた頃の品揃えを目安に、商品と価格を揃えるとしよう。
そうと決まれば――。
親父の部屋に向かう。
いまは物置になっている。
積まれている段ボールの中には、束になっている大学ノートや印鑑などが納められている箱などがある。
その中から俺は大学ノートを取り出す。
大学ノートの表紙には、仕入れ先や、販売価格などが書かれている。
「これで間違いないな」
自分の部屋に戻る。
桜はまだ寝ていた。
壁に寄り掛かりながら、ビニールロープを切り纏められているノートを畳の上に並べる。
「こんな物もあるのか」
ノートの題名部分には【月山雑貨店の日誌】と書かれていた。
ページを捲ってみる。
そこには、色あせた文字で時系列が書かれている。
『3月11日』
待望の息子が生まれた。
これからは、家族を養うために工夫しなければならない。
『3月15日』
息子の名前は【五郎】と決まった。
これからは、稼がなくては――。
『6月22日』
売上が伸びない。
やはり、何か目玉となるような物がほしい。
『7月10日』
この世界の東京では自動販売機と言うのが設置され始めたようだ。
自動販売機は冷たい飲料水を常時販売出来る物のようだ。
自動販売機の設置業者に掛け合って月山雑貨店の目玉にしたい。
『4月6日』
結城村で、待望の自動販売機一号機が、月山雑貨店の敷地に設置された。
これは目玉商品になるだろう。
『5月3日』
第2子が誕生した。
娘の名前は『恵子』と決まった。
喜ばしいことに自動販売機2号機が月山雑貨店前の敷地内に設置された。
雑貨店の売り上げも順調に伸びている。
「親父の日記も兼ねているのか……」
書かれている日付は、親父が亡くなった年まで続いていた。
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