第27話-読書のお時間

 水を飲み、一息ついたところでマルさんが「続きを聞かせてもらおう」とドルチェさんとナルさんの背後に立つ。


「それで? ホド男爵があの襲撃に失敗したため、関係者を暗殺しろと執行部から依頼があったのかね?」

「そうだ」

「その執行部の上司とやらは何者だ?」

「俺たちはお互いの素性はしらないんだ。俺はナルと二人一組で動いてはいるが、他に誰が同じ部署の人間なのか、誰が上司なのかもわからない」


 ドルチェさんの説明によるとティエラ教会執行部という部署は教会内でもお互いの素性を知らないらしい。


 判明しているのは自分の上司のみ。

 その上司もコードネームで呼ぶようになっているため、ドルチェさんのような下位の人間は自分の上司が誰か見当もつかないそうだ。


「だが、こうなっちまってはここまでだ」

「そうですね。やっぱり今回の依頼は拒否すればよかったですね」


 二人は今回暗殺の依頼を受けるに当たり相当悩んだと告白した。

 先程もドルチェさんの口から聞いたことだが、執行部と言っても元々情報収集が主な任務だそうだ。

 暗殺や誘拐の命令に関しては、対象が教会に害を成すような悪人しか居なかったそうだ。



「あんたと少し話して、事前に聞かされていた話とは違っていたからな」

「もともとは貴女が悪人だから誘拐しろと言われたんですよ。それが会ってみると普通の善良そうなお嬢さんでしたし」


 ナルさんががっくりと項垂れたようにつぶやく姿をみて私はお腹がキュゥっと痛むのを覚えた。

 この二人はこの場で命を奪われるのを理解し、自分の選択が誤っていたと理解している。


「この後、ホド男爵の動きは?」

「そこまでは聞いてねぇ」

「そうか、ならばこれで終わりだ」


「――待ってください!」


 短刀を逆手にもって振り上げたマルさんに私はとっさに叫んだ。


「クリス嬢、まだなにか聞きたいことが?」

「その……逃してあげられませんか?」

「……意図をお聞かせ願えませんか?」


 私は確かにこの二人に二度も誘拐された。

 それでも彼らによってあの呪印から解放してもらったのも確かだ。


 それにさっきのナルさんの言葉ではないが、私もこの二人が「悪人」だとは思えない。ただ職務に忠実に従っただけの結果なんだろうと思う。


「それでも、我らの抜け道をも知られている。やはり解放するわけにはいきません」

「そんな!」


 私はその言葉に「それでも何とかならないか」という思いでマルさんへと視線を向ける。


「――だから、事件が解決するまで我らの監視下で働いてもらいます。どうせ彼らが帰ってこなくても死んだと思われるだけでしょう」

「あっ、ありがとうございます」


 逃がすわけにはいかない。

 だから手元で手駒として働いてもらう。

 ある意味、教会を裏切れと言っているようなものだが、私はマルさんの言葉に頭を下げ礼を言う。


「まってくれ」

「なんだね」


 しかしドルチェさんは、その判決に不服だと言わんばかりの声を上げる。


「それは流石に虫が良すぎる……伯爵とその家族を暗殺しようとしたんだぞ」

「自分の意志でか?」


「……それは違うが」

「ならばその伯爵に、沙汰を任せましょう」


「…………お父様」


 マルさんの言葉を受け、腕を組んで目をつむるお父様。

 私が最初に誘拐されたのも、お父様たちが殺されそうになりこの村で匿われていることも、今回の暗殺騒ぎも、言ってしまえば彼らが原因なのだ。


 仮にもこの国の伯爵であるお父様は、こういった時に甘い顔をすることは出来ないだろう。

 でも、それでもと――私はお父様へ「お願いします」という視線を向ける。


「わかった……では二人は今回の事件を解決するための情報を持ってくるのだ。その情報と引き換えに今回の罪を帳消しにすることを約束しよう」


「――お父様!! ありがとうございます」

「……わかりました。お言葉のままに」


 ◇◇◇


 翌日。

 少し仮眠して元気になったのか、リンがエアハルトを迎えにいくという。


 私もついていくと言ったけれど、リン一人なら数時間で着くらしい。

 以前この村へ来る時、洞穴を一日中歩いた事を考えると改めて凄い速度だなと思う。


「もし、まだ眠っていたら〜背負うか、引きずるかで帰ってくるよ〜」

「そこは背負ってあげて……?」

「エアハルト重いからな〜……でも仕方がないか〜」


 エアハルトが擦り下ろされない事を祈ろう……。


「じゃあ、リン気をつけてね」

「うん〜カリスもゆっくりしておくんよ〜」


「は〜い」


 この先の話はエアハルトが戻ってからという事になっている。

 ドルチェさんとナルさんは、他の建物で監視付きで仮眠を取っているそうだ。


 私はやることも無いので、リンが戻るまでお母様と二人で本を読みながら過ごす。


「針と糸でもあれば編み物でも教えてあげるのに」

「お母様、編み物できるんですか」

「そこまで上手じゃないけれどね」


 家でメイドに混じって料理をしたり家事をしているお母様の姿を覚えている。


 それに、魔法を教えてもらうこともあった。私の魔法に対する基礎知識が豊富なのは、自宅でお母様に教えてもらっていたためだ。

 他の貴族ではあまり考えられない事だと言うが、私にとってはそれが当たり前だった。


「今度、ぜひ教えてください」

「ふふ、そうね、家に帰ったら教えてあげるわ」


 お母様は古い冒険談が書かれているという本を読んでいる。

 私は、今度は普通の本を貸してとリンにお願いをして、子供向けの歴史書を借りて読んでいた。


 学園で習った歴史の話とは少し毛色が違うもので、太古の昔この世界にまだ神々が人々と一緒に住んでいた頃の話だった。

 はっきり言って創作物のファンタジー小説の様な中身だったが、これはこれで面白い。


(大地の神様が消えて昼が来なくなったとか、よく生き物は全滅しなかったのね……)


 その本で一番驚いたのは、そんな昔に発足したのがティエラ教会の前身だと書かれていたのだ。


(……これ信者を増やすための教会の本じゃないの?)


 真偽はどうあれそんな昔のことを知っている人は居ないだろうし、こういう本は面白半分に読むのが丁度いい。



 マルさんたちと会議を始めたお父様達はまだ戻ってこない。

 途中、ミケさんが持ってきてくれた昼食を頂いて「次は何を読もうかな」と考えていたところに、リンが戻ってきたと連絡があった。

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