第17話-洞穴の先には

「クリス……じゃないカリスさん、さっきは蹴っちまってすいませんでした」


 一通り話し終わったところで「ふぅ」と一息ついたタイミングで、ドルチェさんが改めて謝罪を伝えてきた。


 少し卑怯かなと思ったが、もし事件が解決しても三人のことは言わない代わりに、今回の事件を解決するための力になって欲しいと、逆に三人に頼んだ。

 それを聞いたエアハルトたちは「ぜひ協力させてくれ」とありがたい返事をしてくれた。


「よし、そうと決まればまずは情報収集だな」

「なら〜、一度スルツェイまでいく〜?」


「あそこはホド男爵の邸宅もある。なるべくなら近づかないほうがいいだろう」

「じゃあ〜、一度みんなで私の家にくる〜?」


 エアハルトとリンがとりあえずこの後どうするかという相談を始める。

 二人の様子を見ているとやっぱり幼馴染なんだなと思う。


(なんていうかツーカーの仲って感じがする……)


「リン、私が行ったら家族の人に迷惑が……」

「あ〜カリス? それは大丈夫だ」


 私が居ることでリンの家族や村の他の人達に迷惑がかかってしまわないかと思ったが、なぜかリンではなくエアハルトが問題ないと言う。

 けれど、隣のリンもいつもの様子で「気にしなくても大丈夫よ~」というので、本当に大丈夫なんだろう……そう思いたい。


「でもリンよ、あそこは門や壁沿いも兵士だらけだろ?」

「うふふ〜そこは大丈夫よ〜」

「壁? 兵士?」


 村の話だった気がするんだけれど、何やら似つかわしくない単語が聞こえて思わず聞き返してしまった。


 門があるのは大きな街ではよくあるし、壁も魔獣がよく出るような街では見かけることが多い。でもリンの住んでいるところは少人数の村だと聞いていたのだけれど。




「あぁ、こいつの種族は猫ほどじゃないけど絶滅危惧ってことで、同種属が集まってる村が国から自治区として認められているんだ」


 私のよく判らないという表情を見てエアハルトさんが説明してくれる。


「保護してもらっているってこと?」

「保護……保護か?」

「表向きはね〜」


 話を聞いていると希少種族だというから保護区のようなイメージだったけれど、どうも不思議な反応だった。


「で、どうやって村へ入るつもりなんだ?」

「んー……」


 二人は「あとは見たらわかる」といった反応で、エアハルトと村に向かう相談を続けている。

 リンはエアハルトの質問に無言で立ち上がると、ツカツカと壁に向かって歩き、おもむろに足で床板を蹴り上げた。


――バリバリバリッ


 床板が激しい音を立てて剥がれると、そこの地面に人が入れそうな穴がポッカリ空いていた。


「やっぱりあった〜掘り方的にナックさん家の穴かなぁ〜」


 兎は穴掘りが得意だと聞いたことがあるがまさか、兎のセリアンスロープもそうなのかな……。


「まさかそれ、あの村からここまで続いてるのか?」

「私たちが〜あんな村でじっとしてる訳ないじゃない〜うふふふ」


 リンが微笑みながらエアハルトに答えているが、聞いてる私としては先程から二人の会話の意味が全くわからない。


 そう思って隣を見ると、ドルチェさんとナルさんも同じようによく解らないと言う顔をしていた。


「他の人に言ったら大変なことになるから気をつけてねぇ〜」

「は、はい。わかりました」


 リンがくるりと振り返って、ドルチェとナルにとびきりの笑顔で言うが目が笑っていなかった。


 じゃぁ行こうかとリンが声をかけたところで、ふとドルチェさんが思い出したような表情をした。



「あ、そうだナル、カリスさんの腕を治してやってくれないか?」

「え? はい構いませんよ」


 なんでもナルさんは教会で修行して司祭になる予定だったけれど、ドルチェさんと出会って、色々と話しを聞いているうちに世界を飛び回ることに憧れて冒険者になったそうだ。


 回復魔法が使えるというだけで、あっちこっちのパーティーから引っ張りだこになっていると教えてくれた。




「【回復ヒーリング】」


 ぱぁぁっとナルの手が光り、私の左腕の傷が再生してゆく。

 自分で剥いだ手首の部分は少し傷が残ってしまったが、時折感じていた刺すような痛みがすっかり消えた。


「その残りの呪印、剥いどくか?」

「エアハルト?」


 エアハルトが腕を組みながら私にそう言ったのを聞いて、リンがジロリとエアハルトを睨みつけた。


「ま、待てリン、今ならナルが居るからすぐに傷は治せる」

「この種類の呪印は一部破損していると術者でも消せないんだ」

「……お願いできますか?」


 そういう事だそうだ。この手首側の残った部分も回復魔法が使えるナルさんが居れば、切ってしまっても直ぐに回復させてくれる。

 痛いのは怖いけれど、このままにしておくのも嫌だったので、お願いした。


「よしドルチェは昏睡魔法を。ナルは治療を頼む」

「わかりました」

「任せとけ」


 どうやら、ドルチェさんが私達をここにつれてくるときに使った昏睡魔法を使ってくれるということだった。

 ほんとよかった。多分普通に剣でこれを剥げと言われたら泣きわめいていたかも知れない。


 私は床板に寝転ぶと、リンが膝枕をしてくれた。


 リンがとても心配そうな表情で見下ろしてくるので、私は「だいじょうぶだよ」と微笑む。


 そして私はドルチェさんの魔法をなるべく心を空っぽにして受け入れた。



――――――――――――――――――――



「はー中は広いのね……」


 ドルチェさんの手に灯る【光灯ライト】の光が洞穴の中を照らす。

 そこは横並びでは少々きついが、大人が普通に歩けるほど綺麗な洞穴だった。


「これがリンの村へ通じてるなんて……」

「多分この辺一帯が〜、こんな通路だらけよ〜」


 私はドルチェさんの昏睡魔法で眠らされ、三十分ぐらいで目を覚ましたらしい。


 目が覚めたとき、掌側の手首にあった呪印はすっかり消えていた。

 手の甲側のものは時間が経ち過ぎていて、たとえもう一度皮を剥いでも、同じ傷が残った皮膚が再生してしまうらしい。


 ナルさんは謝ってくれたけれど、私としては感謝してもし足りない。


 なんというか、綺麗に呪印が消えた両手を見ていたら、心の枷が外れたような気分になってしまい、しばらくの間ほろほろと泣いてしまった。


◇◇◇


「あの、エアハルト……さん」

「エアハルトでいい」


 洞穴の中を縦一列で進む五人。

 先導するリンの後ろ姿を見ながら、私はエアハルトと世間話ぽいことをしながら歩き続ける。


「……エアハルトはリンの幼なじみなんですか?」

「あぁ、色々あってな。小さい時からちょくちょく一緒に遊んでた」


 色々あったというのがすごく気になる。


「さっき言ってた『表向きは保護されている』っていうのは……」

「あぁ、別に隠すようなことじゃないが、リンの種族は情報収集能力が半端なくてな。知っちゃいけない情報とかもかなり知ってて。それでな」


「それって閉じ込められているってことですか?」

「いや、国からひっきりなしに情報収集の仕事がくるし、申告すれば普通に外出はできる」


 つまり、リンたちの種族は知られちゃまずい情報を知りすぎているということだった。確かに相手の情報を握っているというのは、味方だと心強いけれど、敵に回ると厄介すぎる。



「なるほど……」

「まぁ村自体は普通だし、何も気にすることはないぞ」


――――――――――――――――――――


 途中何度か休憩を挟み、ナルさんに回復魔法をかけてもらいつつ、洞穴の終着点に到着した。


 体感時間的に一日以上歩いた気がする。

 リンは家族に説明をしてくると一時間ほど前に走っていった。


「この上?」

「そのようだ」


 洞穴の突き当たりに一本の縄梯子があった。

 そこから上に向かって穴が続いているが、先は真っ暗で何も見えない。


(この上がリンの村なんだ)


「ここで待ってろって事だから少し休憩するか」


 エアハルトが突き当たりの壁にもたれ掛かり足を投げ出して座った。

 その隣にドルチェとナルもあぐらをかいて座る。

 私も三人の前に座って一息ついた。


「あれから考えてたんだがよ」


 片手で額の汗を仰ぎながらドルチェが突然ボソッと溢す。


「……ガメイ伯爵はどこへ行ったんだ?」


 その言葉に六つの瞳が私の方へと注がれた。


「わからないんです……知り合いだと言う行商の人が言うには行方不明だと……」

「そうか……すまないことを聞いた」


「いえ、大丈夫です。それよりも、私は二人も探したいと思っているのですが……」

「あぁ、ホド男爵とやらとまとめて探してやる」


「ありがとうございます……」


 クリスとして両親であるガメイ伯爵と伯爵夫人の事を思い出す。

 会ったことがないのに、優しかった両親のことを思い出すと心が暖かくなるのは、私がクリスと同じ存在になっているからだろう。


 ただ両親かと言われると、私はやはり元の世界の両親のことを強く思い出してしまう。それこそ、もう会うことができない優しかった二人。


「……ぐすっ」


 日本での事を思い出してしまい、涙がポロッとこぼれてしまう。


「――エアハルトぉぉ!」

「――ぐえっ」


 その時怒声と共に、突如降ってきたリンの膝がエアハルトの頭に突き刺さった。


「またカリスを泣かしてる!」

「あっ、リンこれは違うの」


 私は慌てて足を振り上げようとしているリンを必死に止めた。

 今回は私が勝手に思い出して勝手に泣いただけなのだ。

 

 しかしリンの足にしがみつく私が見たのは、既に白目をむいて気絶しているエアハルトだった。

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