2-1 問題は複数襲い掛かる

 ファンダルの反乱について、少し疑問に思っていた点の聞き取りを行う。

 どうにも、ジェイの計画はもう少し先に行う予定だったらしい。だが、俺が来たことでファンダルが焦って行動を起こし、今しかないと慌てて決行したようだ。道理で、シヤとの連携が悪かったわけだな。


 大体の話が終わり、深く頷く。本題はここからだった。

 司令室内にいるジェイ、シヤを見る。エルペルトは後ろに立っていた。


「さて、では諸君らの力を借りたい。早急にだ」

「任せてくださいよ、セス司令。オレたちはあんたに恩がある。徹夜仕事だって喜んでやらせてもらいますよ」


 ジェイの言葉に、シヤも頷いている。

 頼もしいなと思い、頭を抱えている問題を打ち明けさせてもらうことにした。


「実は第三王子、ティグリス=カルトフェルン殿下がオリアス砦を視察しに来る」

「それは急ですね。いつごろですか?」

「十日後だ。それまでに兵の補充と訓練も行い、可能な限り形にしてもらいたい」

「無理です」


 ジェイは手を前に出し、ピシャリと言い切った。先ほどまでの頼もしさはまるで感じられない。


「そもそも、今は放置されていた砦の修繕と、周囲の調査を行っています。何年もやっていませんからね。攻め込まれたら、普通に壊れるし、地形が変わっているところを抜けられて、想定外の場所から狙われる可能性だってあります。割とヤバい状況なんですよ」

「……どうしよう」


 普通に弱気を口にすると、ジェイが渋い顔を見せる。情けない司令に困っているのかもしれない。

 ここは他の人の意見も聞こうと、シヤへ目を向けた。


「シヤ。君はどう思う?」

「当たり障りの無いことしか言えませんが、とりあえず修繕箇所のチェックを行い、見栄えだけ整えましょう。後にしっかりと修繕を行います」

「ふむ」

「調査の人手も減らし、最低限だけ調べさせます。視察を乗り切ることを最優先としましょう」

「増員については?」


 シヤは躊躇わず両手を上げた。策は無いようだ。

 現在、オリアス砦内の兵は百と少し。これから二百人以上増やすのは現実的じゃない。


「……とりあえず、数だけ増やすのはどうだ?」

「よく分からないやつらを雇って砦に入れるんですか?」

「10人ずつで組ませ、外を巡回させるのはどうだろう」

「あー、それは悪くないですね。山賊が出たことにして、警備を厚くしているとかいいましょうか。ん、いけそうだ!」


 ティグリス殿下の目を誤魔化せるとは思えないが、兵の錬度が低いと怒られるだけで済むかもしれない。

 十日後だけ凌げればいい。俺たちはそう思って話し合っていたのだが、シヤが本当に申し訳なさそうな顔で片手を上げた。

 当然、全員がシヤを見る。


「あの、後で申し上げようと思っていたのですが……」

「どうした」

「……現在、オリアス砦は財政難です! 人を雇う金など捻出できません!」


 意味が分からず、目を瞬かせる。


「いや、ファンダルが隠していた金があるだろう?」

「あるはずだと思っておりましたが、ファンダルは金の在処を吐いておりません! 見つかっていない以上、金は無いのと同じです!」


 もうやだと、顔を隠すのに時間はかからなかった。



 二人を仕事へ戻し、エルペルトの注いでくれたお茶を飲みながら考える。

砦内に残っている資財と、僅かな資金で足りない物を買い入れて修繕を行う。後は、兵たちが木を切り倒し、獣を狩って食材にする必要がある。

 次、いつになれば金が入るのかも分からない。

 なんとしてもファンダルに吐かせなければならないが、それはシヤたちに任せよう。恨みも多いらしく、中々厭らしい尋問を行っていると、ジェイが顔を青くしていたくらいだ。


 後十日で、金と兵と金と金と金をどうにかしなければならない。

 なにか良い手は無いかと指先で机を突いていると、エルペルトが言った。


「セス殿下。お忙しい中に申し訳ないのですが、少しお願いがございます」

「その言い方からして、今回の件には関係無さそうだな。まぁいい、とりあえず言ってくれ」


 一度、ファンダルの件を頭から追いやり、彼の話を聞くことにする。

 エルペルトは深々と一礼し、話を始めた。


「私一人でセス殿下の護衛をするのは、無理があると思っております。ですので、もう一人増やしたいと考えておりますがよろしいでしょうか?」

「うーん……。言っていることは分かるが、今は無理だな。兵を割くのも難しいし、人を雇う金も無い。視察が終わってからでもいいか?」


 確かに、エルペルトが一人で気を張っている状況には無理がある。なので、その提案は前向きに検討しようと思っていたのだが、エルペルトは笑顔で首を横に振った。


「兵も使いませんし、金も後で平気です。呼び寄せたいのは、私の娘ですから」

「娘? 娘も腕が立つのか?」

「えぇ、我が弟子の中でも上位の腕前です」


 彼が断言するほどだ、かなりの実力を持っているのだろう。

 よし、と手の平を叩いた。


「許可しよう。これで、頭数が一人増えたな。……待てよ? 弟子がいるのか? あぁいや、なんでもない。忘れてくれ」

「言う前にお気づきになられたようですが、先代剣聖の弟子がオリアス砦の兵になっている、という状況は危険です。戦力を集めているとしか思えませんからな」

「だよなぁ……。とりあえず、ジェイが連絡をとれる仲間に声を掛けてくれているらしいから、それで何人増えるかだな」


 俺の言葉にエルペルトが頷く。

 互いに良い手は浮かんでおらず、追い詰められているなと再認識することになった。



 そして、この対策が浮かばない状態のまま、三日を無駄にしてしまう。

 ゲッソリしていたのだが、今日は周囲の地形を実際に見ておいたほうが良いだろうということで、エルペルトと調査部隊と共に、山中を歩いていた。


「足元にお気を付けください」

「あぁ、分かった。……それにしても空気がうまいな!」


 引き篭もりだったが体力はそれなりにある。こんな風に山の中を歩くのは初めてで、若干テンションを上げながら進んでいた。

 ここには崖がある。あそこには水脈がある。地図を見ながら、そういった説明を聞いているだけで面白い。

 なんせオリアス砦は、もう二十年以上攻め込まれていない砦だ。先日、ファンダルのバカのせいで反乱はあったが、基本的には安全である。


 ホライアス王国側にも動きは見られないところから、ファンダルとの連絡がとれなくなり、中止したのだろうとジェイが言っていた。相手の危険意識の高さに救われたな。

 ピクニック気分のまま調査を行い、昼休憩となった。


「このまま何事もなく終わりそうだな」

「はい、セス殿下……?」


 話の途中でエルペルトは立ち上がり、薄く目を開いて森の先を見始めた。

 熊か虎でも出たか? こっちには先代剣聖がいるんだぞ! かかってこいや! できれば来ないで! くらいの気持ちでいたのだが、森から現れた小さな影に気付き、走り出した。


「セス殿下! お待ちください!」


 エルペルトの慌てた声を無視し、血塗れな少女の元へ走る。……だがすぐに追いつかれ、エルペルトが並走しながら話しかけて来た。


「先行するのは危険です」

「ぜぇ……ぜぇ……。いや、だって子供、血が……」

「私が先に確認してきます。殿下はゆっくり来てください」


 そう言い残し、エルペルトは風のような速さで駆けて行った。体力や足の速さではなく、そもそも同じ人間なのだろうか? と疑ってしまうほどの速さだった。


 俺が息を切らせながら辿り着くと、エルペルトは周囲を警戒しながら、少女の怪我を確認していた。距離を取らせないところから、一応敵などは近くにいないのだろう。

 少女へ近づき、屈んで笑顔を見せる。


「ど、どうしたのかな……はぁ……はぁ……。変質者みたいじゃない? 大丈夫?」

「普段と変わらぬ好青年です」


 エルペルトの言葉に、それは嘘だろと脳内でツッコミを入れていると、少女が俺の服を掴み、目を見開いて言った。


「――たすけて」


 なにから? と聞くよりも早く、少女の体が崩れ落ちる。慌てて支えたが、小さな寝息が聞こえて来た。体力の限界だったのだろう。

 少女を抱き上げ、エルペルトを見ながら言った。


「こんなの、助けるしかなくないか? また仕事が増えたぞ?」


 渋い顔の俺に対し、エルペルトは笑顔で言った。


「ご立派です、セス殿下」


 今度は深く、溜息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る