第50話 仮想世界
数時間前。清田正樹を拘束した俺と河本は、そのまま地下にある監視室へと向かった。そこへ行けば、ネット環境か電話回線を確保することが出来ると思ったからだ。
薄暗い地下モニター室を見た瞬間、俺と河本は高まる興奮に胸を膨らませた。最高位のPCと見知らぬデバイス。
オタクでない一般人が見れば、単なるガラクタの山に見えるだろうが、俺たちには違った。
「こ、ここは……何だ!?」
「宝の山だよ。すごい、最新の設備だ!」
「あのさ河本、落ち着いて聞いてくれ。さっき、入口が閉まったから、閉じ込められたかもしれない」
「………」
「………」
お互いに目を合わせて、俺たちは立ち止まった。だがすぐに河本はニヤけながら、ガラクタをいじり始めた。
そういう俺もニンマリしながら、お構い無しに最新のデジタル機器を触っていた。眉を吊り上げて河本が楽しそうに言う。
「しばらく出れないのかぁ。そりゃ不味いね」
「ああ、こりゃそうとう長い時間、ここにいなきゃならないなぁ」
「困ったなぁ。出たくても出れないから、色々調べるしかないよねぇ」
「ああ、ちょっと触らせてもらうけど閉じ込められたんだから、仕方がないよなぁ」
奥には改造されたゲーミングチェアが二つ並んでおり、一方にはベッドギアを着けたおっさんが静かに座っていたのだ。普通なら人間がいるほうに驚く場面だとは思いつつも、俺たちオタクは、デバイスのほうに食い付いた。
「かっ、カッコいい……操縦席だ」
「まるで松本零士のコックピットだ」
まさか、ネット回線以上の者を確保出来るとは思っても見なかった。俺達は悪の張本人を確保してしまった。なんの苦労もなく。
河本はリュックから自前のノートPCを取り出し、即興でおっさんの乗った操縦席のハードと繋いだ。
オタクというのはこういうマニアックな遊びに関して天才的な能力を発揮するものである。夢にまで見た秘密基地がここにあった。
いつの間にかPCのキーボードを俺が叩きだすと、無言で河本もマウスを取り出しキーボードを叩きだした。
俺たちはコックピットでベッドギアを付けたまま独り言をいうおっさんを見た時、その瞬間から、これが何なのか、どうすればいいか知っていた。何も話し合う必要はなかった。
二人とも、黙々とキーボードを叩き続けた。黙々というと嘘になる。河本は、ふふっ……ふふっ……ハッカーのセキュリティがばがば……ふふっ……ふふっ……ダミーデバイス頂戴……OS同期、貼り付けオッケー……リンク送った」というように、常にぶつぶつ話していた。
神が降りてきたと云える状態だった。俺達ふたりに無駄な動きは全く無かった。スポーツ選手のいうゾーンに入った感覚に近い。
以心伝心、あうんの呼吸、高まる集中力とシンクロ率の先に、本物の神を見た気がした。これほど俺や河本が有能だったことは、今までの人生であり得なかったことだ。
ついにバトルアートオンラインのフルダイブバージョンが生まれた時、俺達はハイタッチして抱き締めあった。
一体、何やってんだ。何をやってくれちゃっているんだ……と思うかもしれない。疑問に思う人もいるだろう。だが、人はそれぞれ違う価値観を持った生き物だということを思い出して欲しい。
俺と河本はモニターを見て、にやついていた。ラノベやアニメの世界にしか無かったフルダイブ型のファンタジーロールプレイングゲームが、実際に目の前にある。
「初めから被験者がいてくれたおかげで、すごく仕事がはかどったよ。ありがとう!」
「………」
俺はヘッドギアをつけたおっさんに握手を求めたが、当然ながら反応は無かった。ゲームを一人占めしているくせに、礼も無いとは。
気付いていないんだから仕方がないか。何とか俺たちもフルダイブを味わいたいもんだ。ゴーグルのVRなんか比べ物にならないシステムなんだよなぁと嘆いている時、河本がそっと肩を叩いた。
「見てくれ、大変だ。こっちのモニターにこいつの視点が映ってる。中央ホールに入って崇士君たちを襲ってるみたいだ」
「くだらないこと、やってんな、こんな忙しい時に。
「えっと……どうやって」
「簡単だ。文字通り上書きインストールしたゲームの機能をこいつに適用させる。くらえ、ポーズボタン、オン!」
「……」
河本は、同世代のテックトック見るような顔で俺を見ている。何の相談も無しに、やってしまったことを僻んでるようだ。
「いや、このおじさんで人体実験してるのは別にいいんだ。悪人だし、自業自得だよ。でもこうやって何もかも上手くいくのって、おかしいと思わないか? 狂ってる。マッドサイエンティストってこうやって生まれるんだなって思うと、少し怖くなってきたよ」
「まあ、確かに上手く行き過ぎてるな。お前の言いたいことは分かる。俺たちをが、礼をすべきなのは……ルシエルかもしれない」
「!? やっぱり君もそう感じたか」
俺たちは気付いていた。ハッキングのきっかけを作ったのはルシエルターミーだった。彼女が直接、ガウリイルに掴まれた瞬間、ヤツを止めることが出来た。
これを偶然とは考えにくい。タイミングが良すぎるのだ。確かに上書きでインストールはしたが、そもそもハッキングが出来てこそ成立する現象だったのだ。
「もしくは、俺たちの頭が良すぎたか」
「ははは……僕らは天才だ」
俺は河本の爽やかな笑顔を無視して、砂嵐になって止まっているモニターを見た。あまりにもあっけない巻く引きである。
ネット回線の復元を確認すると、ルシエルターミーはすぐさま救命救急センターと警察へ通報し、応急手当てに動いた。手元の携帯が鳴るとすぐにスピーカーを開けた。
『こちらルシエルターミーです。皆さんの救出活動を始めます。救急車がくるのは十七分後になるそうです』
「良かった。みんな無事みたいだね」
「ルシエル、兄貴のほうも大丈夫か?」
瓦礫に埋もれた篤士は、着ていた硬質化ライディングギアのおかげで無事に帰還した。生き埋めになってもフルフェイスのメットからは酸素が供給されていたようだ。
『皆さん、気を失っているだけです。念のため、精密検査を受けたほうがよろしいでしょう。篤士様も、いま合流しました』
ミシエルと名付けられた大型のバイクは、佐竹勇武が松本のために極秘開発していた特注品である。
刑務所で暗号化した情報を得た兄貴は、世界征服を企むマウンツのボスを捕まえるという夢いっぱいの条件と引き換えに、殺戮バイクを手に入れたそうだ。
兄貴は世のため人のため、その役をかって出たと言っていたが、俺は信じなかった。単に一昔前のヒーロー(電人ザボーガー)が大好きなので、調子に乗ってライダーに変身したかっただけに決まっている。
バイクもライディングギアも、機器の詰まったヘルメットも壊れてしまった。長男は鉄屑を抱き締めて「俺は感謝の気持ちでいっぱいだ!」と叫んでいたそうだ。
その場に居合わせなくて本当に良かった。うるさいので、病院に行って診てもらうように勧めた。
ルシエルから、警視庁の菅田さんがこのホテルに向かっていると聞いて、気分が悪くなった。なんと迅速な対応だ。
せっかくのフルダイブ型オンラインゲームが押収されて遊べない可能性があった。また河本が俺の肩をそっと叩いた。
「どうする? 桐畑。ここにもうひとつヘッドギアがあるって言ったら」
「さすがは科学者。常に予備を取り揃えてるってわけか!」
「さあ、どっちが行く? 僕か君だ」
「まあ、ほんの少しだけでもいいか。どうせすぐに脱出できるか分かんないし。先に俺が行くよ」
ヘッドギアを装着すると目の前には、サンビセンテホテルの中央ホールが広がっていた。冨岡が呆然とした顔でつっ立っている。俺が見えているはずだが、動こうとしない。
「……」
ホテルの外は城壁になっていて、モンスターが巣くう広大な森があり、剣と魔法の素晴らしい世界が待っているのだ。
「ひゃっほー!!」
俺は城を飛び出し森を駆け抜けて、チビの豚に似たモンスターを蹴り飛ばし、体操の選手のように空中回転を決めた。
疲れもせず、身体が軽いので調子に乗っていた。火炎の球体を撃ちだす魔法を唱えて、風の魔法で分散させた。
最短でレベルアップするのに必要な複合魔法、ファイアブロッサムも問題なく使用出来るようだ。熱風と爆煙……例えようもない、すごい臨場感だった。
「ひゃっほー!!」
視界の先に緑色のパネルが、見えた。俺は左手を振ってウィンドウを開いた。武器や装備も必要だし、まずはナビゲーションシステムを確認する必要がある。
「装備、俺の愛剣カラドボルグを……」
『悟士様、私がゲームのナビゲートいたします。この音声、会話は他のプレイヤーには聞こえません』
「お、おう……ルシエルターミー。やはり、このプログラムの立ち上げにはお前が絡んでいたんだな。そうだと思ったよ」
『はい、悟士様。私は自分の意思で行動しました。私には感情があるようです』
「何だって?」
『私が強化人間やガウリイルと戦い、倒したとき、確かに感情があったのです』
「えっ、ああ。どんな感じの感情よ?」
『……喜びを感じました』
俺は、言葉を飲み込んだ。あの従順すぎてむしろ呆れるルシエルターミーが、そんな事を言うとは、全く想定外だったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます